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アユールは怒らせるものではありません

このまま黙って見捨てるわけにはいかない。


急いで逃げろと知らせてよこした少年の声が、アユールの頭の中で何度も何度も鳴り響く。


声が途切れ途切れだったのは。

多分、魔道具のせいでも遠距離のせいでもない。


早く行ってやらないと。

手遅れになる前に。


・・・あいつは助けなんて期待してないだろうけど。


「慣れてますから」

「文句なんか言っちゃいけないんです」

「いつものことですので」


たった二回、会っただけ。

大して話もしてないのに。


そんなことばかり言っていた記憶しかないなんて。


困ったように笑って、嫌な役目は自分から引き受けて、他人のことばかり気遣って。


・・・ふざけんなよ。

お前は、そういう目に遭っていいヤツじゃないだろ。


持たせた魔道具から、位置を探知できるはず。

まずはそこに飛んで・・・。


「どうした。凄まじい怒気が出ているぞ」

「・・・叔父貴」


まずは外に出ようと屋敷の入り口まで出てきたところで叔父が待ち構えていた。


「行くのか」

「ああ」

「お前が生きてると、サルマンたちに知られてしまうかもしれんぞ」

「構わないさ。どうせ、いつかは決着をつける相手だ」

「・・・レナライア王妃とその娘に関する情報が、そこから漏れる恐れがあっても?」

「・・・あんただったら見殺しにするのか? あいつは、身の危険があると知っていながらわざわざ戻って、レーナたちの持つ薬草を狙う奴らのことを知らせてくれた真っ正直な奴なんだぞ」

「まさか」

「たとえ叔父貴が反対しようと・・・って、え?」


呆けた声に、カーマインはく、と喉を鳴らした。


「ただの確認だ。・・・行って来い」


そう言うと、アユールからの返事も待たず、くるりと背を向けて中へ入っていった。


その背中を見つめながら、アユールは、ぽりぽりと頭を掻いき、この偏屈野郎めと文句を言った。


意識を集中する。


渡した魔道具の気配を探る。


どこだ、どこだ、どこだ。


サイラスは眠ってしまったのだろうか。

声が聞こえない。

それとも、まさか・・・。


頭を振り、最悪の予想を頭から消す。


余計なことを考えるな。探れ。


・・・と、そのとき。

微かに気配を感じた。


これだ。サイラスだ。


場所は・・・? よし。


小さな声で詠唱する。

光で覆われ、そしてアユールは飛んだ。


「え? ええ? ア、アユール、さん・・・?」


聞き覚えのある声。

成功だ。


「大丈夫か、サイラス。迎えに来たぞ」


その言葉に、サイラスがぽかんとする。


「む、かえ・・・?」


くそ、思った通りだ。


体中傷だらけで、あちこちに青痣が出来ている。

唇を切ったのか、口元にも薄らと血が滲んでいて。


「よく頑張ったな」


その言葉に、サイラスは目を微かに見開く。


「いえ、そ・・・んな。僕は・・・こんなの・・・」

「・・・慣れてるなんて言うな」

「え?」

「もうそんなこと言うな。慣れなくていいんだ」

「・・・」

「サイラス。俺たちな、叔父貴のとこに転がり込んだんだ。お前も一緒に・・・帰ろう」

「か、え・・・る」


確認するように、同じ言葉を呟く。

サイラスの目に、うっすらと涙が浮かぶ。


「レーナも、サーヤも、クルテルも、お前が帰って来るの待ってるぞ」

「・・・」

「叔父貴はとんでもなく偏屈だがな、中身は俺みたいに優しい男だから安心していい」

「は、い・・」

「中年の従者もいてな。やたら礼儀正しくて子ども好きだ。子ども扱いされても怒るなよ」

「は・・・い」

「もう誰も、お前のことを殴ったり叩いたりしないから。・・・だから安心しろ。もう無理に笑わなくていいんだ」


「はい・・・!」


サイラスは、ぽろぽろと大粒の涙を溢しながら、やっとで答えた。


アユールが困った顔をしてサイラスの頭を撫でる。


「俺な、うまい慰め方、知らないんだよ。困っちゃうからさ、あまり泣いてくれるな。これじゃ俺がいじめたみたいじゃないか」

「すみ、ません。・・でも、これは・・・嬉し泣きです・・。だ、から・・今だけ、泣かせてください」


そう言って、わあわあと声を上げて泣き出した。


「おいおい、そんな大きな声を出したら、見張りとかが来ちゃうんじゃないか?」


サイラスは、ひっくひっくと息を乱しながらも、言葉を返す。


「泣い、ても・・・叫んでも、誰も・・来ません。今まで、も、来たこと、ない、ですし・・扉の・・外に・・鍵が、かかってて、旦那さま、しか・・・開けられない、し・・」

「・・・とことん腐ってるな、お前のご主人は。・・・まぁ、そんな奴とも今日でおさらばだと思えば、少しは気も楽になるが」

「はい」


そのとき、ふと、ある考えが浮かび、アユールは意地の悪い笑みを浮かべた。


「ア、アユール、さん?」

「・・・丁度いい。帰る前に、お前を可愛がってくれた礼をして行かないとな」

「え・・・あの・・・?」


サイラスが意味を問う間もなく、アユールは小さな声で何かを呟きながら右手を軽く振り上げる。


刹那、悠に1オルギュイはあろうかと言うほどの大岩が上空に現れ、屋敷の上から凄まじい音を立てて落ちて来た。


「うわぁぁぁっ!」


凄まじく大きな音と振動。

それに耐えきれず、思わず目を瞑ったサイラスは、静寂が訪れてしばらく経ってから、ようやく目を開けた。


「え・・・? うそ・・・」


サイラスは自分の目が信じられなかった。


屋敷の真ん中部分を中心に、建物が崩れ落ちていて。

残っていた数名の屋敷の者たちが、声も出せずに腰を抜かしている。


「あー、ちょっとだけスッキリした。よし、じゃあ、行くか」


そう言うと、サイラスの手を掴んで小声で詠唱する。


半壊した屋敷を前にして、ただただ呆然とするだけの屋敷の者たちをそこに残し、アユールとサイラスは光と共にマハナイムへと飛んだ。


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