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避難

予想は的中した。


いや、サイラスの話した人物像からして、これは予想などではなく、確信だったのだろう、


サイラスの旦那さまとやらが、金のなる木を諦める筈がない、と。


『アユール・・・さん。・・・アユールさん』


サイラスの声が届いたのは、夜もだいぶ更けてから。


『どこか・・に、隠れて・・ください。・・・屋敷の者たちが・・・そちらに向かって・・ます』

『なんだと?』

『すみません・・・。あの時・・誰か・・僕の後を尾けてた・・みたいで・・・』


一度横になった体を、がばっと起こし、手早く支度する。

サイラスと通心(つうしん)をしながら、クルテルに口頭でレーナたちを起こすよう指示を出す。


『サイラス、お前は無事か? 今どこにいる?』

『僕は大丈夫・・です。・・・仕置き部屋に・・閉じ込め・・られましたが・・・いつものことですので』


魔道具だけでは少々力が足りないのか、サイラスの声が途切れ途切れにしか聞こえない。


いや、違う。

これは魔力不足じゃなく・・・。


部屋を出ると、すでにクルテルの知らせを受けたレーナ母娘がそこにいて、慌ただしく身の回りの品を袋に詰め込んでいる。


「用意が出来たら言ってくれ。旦那さまとやらが差し向けた奴らが来る前に、ここから逃げないとな。飛ぶしかない」

「飛ぶって、どこに飛ぶんですか? トールギランですか?」

「いや、あそこは駄目だ。あの場所はサルマンたちに知られている。レーナたちが見つかりでもしたら面倒なことになる」

「じゃあ・・・」

「マハナイムだ。マハナイムに飛ぶ」

「え・・・? でもあそこは・・・」

「他に当てがない。叔父貴には潔く諦めてもらおう」

「アユールさん、荷物の用意が出来たわ」


もともとが質素に暮らして来た母娘は、まとめた荷物もすっきりとしたものだった。


「よし、クルテル、月光石を持て。準備ができ次第、詠唱を頼む」

「師匠。あの、叔父上さまには・・・」

「事後報告で構わない。とりあえず押し掛けちまえ」

「ええ〜。いいんですかね・・・」

「あの頑固野郎にはこれくらいで丁度いいんだ。レーナ、サーヤ。俺たちにしっかり捕まってろよ」

「え、ええ・・・」


レーナがクルテルの手を握る。

サーヤもこくりと頷き、アユールにぎゅっとしがみついた。


クルテルの詠唱と共に彼らの体を覆った光は、やがてその姿と共に闇に消えた。



「これは、これは、また珍しい顔ぶれで・・・」


ランドルフの顔は引き攣っていた。


「・・・え? ランドルさん? ランドルさんよね?」

「・・・ランドルフと申します」

「え? ランドルさん、ですよね」

「ランドルフとお呼びください」

「? ランドルさんのそっくりさん?」

「はい、そういうことでお願いします」


サーヤとふたりで、なるほど、という顔をしている。


・・・こういう性格だから、あんな王宮(とこ)であんな目にあってもこんなままなんだろうな・・・。

母娘でこんなに騙されやすくて大丈夫か。


こいつら、叔父貴が陰でずっと助け続けてこなかったら、即行で死んでたよな。


こんなことを、ただぼんやりと考え続けていたのは、きっと逃避だったのだろう。


なぜなら、目の前の叔父貴の圧が、それはもう物凄かったから。


「・・・仕方ないだろ。他に行くところがなかったんだから」


ぼそりと言い訳する。

カーマインは、はぁと大きく息を吐き出すと、まぁいい、と呟いた。


「なんとかなるだろう。14年前に数週間王宮で仕えていただけの私だ。恐らく記憶にも残っていまい。・・・お前が余計なことを言わなければ、の話だが」


そう言って、くい、と眼鏡のブリッジを指で押し上げると、レーナたちの待つ応接室へと歩いて行った。


「・・・フェイク眼鏡をかけたまま会うつもりかよ。そこまでして眼が見えないことを隠したいのかねえ」


そう独り言ち、カーマインの後に続いて応接室へと入った。


「まぁ、あなたがアユールさんの叔父さまの・・・」

「はじめまして。カーマイン・サリタスと申します。以前、甥が大変世話になったそうで、ありがとうございました」

「いえいえ、そんな。こちらこそ突然押しかけてしまって・・・」

「甥から事情は聞きました。大変でしたね。こんな所ですが、どうぞごゆっくりお過ごしください」

「ありがとうございます。助かります」


レーナの横でサーヤもにこにこしたり、一生懸命頷いたりしている。

・・・が当然、カーマインがそれに気づく筈もなく。


レーナの言葉にのみ反応している。


あ、二人とも、なんか微妙な顔してる。


・・・これ、目が見えないって、結構さっさとバレちゃうんじゃないか?

ていうか、バレなかった場合、叔父貴が嫌な奴として認定されちゃうんじゃないか?


うーん、・・・そっちの方が、まずくないか?


どうなるかと見ていたら、忠実なるランドルフが現れて、さり気なくサーヤの存在をアピールした。


「レーナさま、・・・サーヤさまも。どうぞこちらにお座りください。今お茶をお持ちしますので」

「え、ええ。すみません」


たぶん本人も、口のきけないサーヤ相手にこの方法はあまりよろしくないと悟ったのだろう。

席に着いたふたりに、こんなことを言い出した。


「・・・実は、私は大変な弱視でして。こうして眼鏡をかけて、やっと手元の書籍の文字が見えるか見えないかという程度なのです。甥から伺いましたが、レーナさんのお嬢さんは身振りで意思を伝達されるそうですね。身振りに気付かずに嫌な思いをさせることもあるかもしれませんが、どうかご容赦ください」


おっと、軌道修正か。


「ま・・あ、そうなんですか。こちらこそ気を遣わせてしまいましたね。どうか気になさらないでください。カーマインさんが見えてらっしゃらないときは、私からサーヤの言おうとしてることをお伝えしますから」

「・・・ご配慮に感謝します」


たぶん最初から目が見えないと言った方が、話が簡単だったろうに。

無理に隠そうとしてフェイク眼鏡なんかかけるから、そんな苦しい言い訳をする羽目になるんだよ。

はーか。ばーか。


まぁ、俺としては、叔父貴が何者なのか、さっさとバレちまった方がいいと思ってるけどな。

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