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平穏とは、当たり前のものではなくて

マハナイムと、黒の森を行ったり来たりして。

たまに、必要なものをトールギランに取りに行く。


アユールは、体力の回復に合わせて、段階的に解除魔法を自分に施して。

それと同時にサーヤの持つ月光石の作用を検証していく。

クルテルは、レーナたちに家事の手ほどきとアユールの補助。


そして夜毎、アユールは夢の中でサーヤに逢って話をする。


そんな毎日。


たぶん、かなり平和だった。

そして、結構、かなり、楽しかった。


アユールもほぼ魔力が回復したし、カーマインとの調査もそれなりに進んで。


もうこれから先は、上を向いて進んでいくだけだと。

最悪の事態は、もう切り抜けたと。


穏やか過ぎて、少し気が緩んでいたのかもしれない。


そんな中だった。

異変が起きたのは。


始まりは、黒の森を少し奥に入った辺りに、倒れていた少年をレーナが見つけたこと。


まだ、森の手前の方だったから、ライガルとかベアルーガには遭遇してはいなかったようだが、ずっと彷徨っていたのか、服はボロボロ、土塗れで汚れていて。


当然、人の好いあの母娘が、その行き倒れの少年を放っておける筈もなく、家に運び込んで来た。


幸い、ただの空腹と疲労で行き倒れていただけのようで、食事を与えて 2、3 時間も休んだら、すぐに元気になった。


サイラスという名前のその少年は、方角が分からなくなって、昨日からずっと同じ辺りをぐるぐる彷徨っていたらしい。


「黒の森でしか採れない薬草を採って来い、と旦那さまに言われて・・・」


レーナたちの家の台所で暖かいスープとパンを頬張りながら、サイラスはしょんぼりと事情を打ち明けた。


年はまだ十代前半くらい。


その年で、たったひとり、あの悪名高い黒の森に行かされたのだから、さぞや不安だったことだろう。


レーナは家の奥に行って、なにやらゴソゴソしていたかと思うと、籠一杯に薬草を入れて戻って来た。


「採って来いって言われた薬草って、もしかしてこれかしら?」


サイラスは驚いて目を丸くした。


「そ、そうです。これです。信じられない・・・! あの幻の草と言われるアンドラガロン草が、こんなにたくさんあるなんて!」

「私たちもね、旅の行商人さんにこの薬草を買ってもらってるの。あなたにもおすそ分けしてあげるわ」

「ええ? いいんですか・・・?」


少年は、感激のあまり泣きそうになっていた。


聞けば、主人から、アンドラガロン草を見つけるまでは絶対に帰ってくるなと言い渡されたそうだ。


それで、黒の森まではどうにか来たものの。

あまりに広大な森のため、入って早々迷子になり、薬草も見つけられないまま歩き続け、最後には行き倒れてしまったのだと。


「・・・それにしても、随分と酷い命令を出すご主人さまだなぁ?」


アユールが眉間に皺を寄せながら、ぼそっと呟いた。

それはサイラスにも聞こえたようだが、否定も肯定もせず、ただ困ったように笑っていた。


「本当にありがとうございました。薬草もこんなに分けてもらっちゃってすみません。これで屋敷に帰れます」


この家に一晩泊まり、次の日の朝早く、サイラスは自分が仕える屋敷へと帰って行った。


アンドラガロン草を詰めた袋を持って。


レーナは、籠の半分を分けてあげると言ったのだが、それは余りに多すぎて申し訳ない、と断られ、結局、サイラスが持参していた小さな袋一杯に詰めることにした。


それでも、こんな高価なものを、と何度も遠慮していたが。


念のため、ここで俺たちに助けられたことは、誰にも言わないようにと口止めしておいた。

義理堅そうなやつだったし、それで十分だと。


後日、マハナイムに報告に行ったとき、偶々その時の話になって。


カーマインの表情が途端に曇る。


「記憶を消すべきだったな。一回きりで済めば良いが」


物騒なことを、と思いながら聞いていたけど。


カーマインの読みは当たっていた。


二週間ほどして、またサイラスが現れたのだ。


ものすごく困った顔をして。


「偶々、固まって生えているところを見つけただけだって言ったんですが、聞いてもらえなくて。旦那さまが、そんなに簡単に手に入るものなら、もっと採って来い、と・・・」


その言葉に、はっとした。


俺にとっては簡単に手に入るもので。

黒の森に住み続けているレーナたちにとっては、その希少価値などわかっちゃいない。


だけど、アンドラガロン草は、市場でかなりの高値で取引される。


それをこんな少年が、2、3日で袋を一杯にして無事に帰って来たとしたら。


まずい。


気軽に人助けをしてしまったが、実はとんでもないことをしでかしたのかもしれない。


だが、どうやらサイラスも同じことを考えていたようで。

今回は手ぶらで帰ると言い出した。


「今日ここに寄ったのも、薬草を分けてもらおうと思ったからじゃないんです。あの・・・もし、また僕みたいな子がまた森にやって来ても、助けたりしないでくださいって、そう言っておかないとって・・・」

「でも、なにも持って帰らなかったら、あなたが酷い目に遭わされたりしないの?」


その心配は尤もだった。

なにせクルテルより少し上くらいの年齢の普通の少年に、大した装備も持たせず黒の森へ行かせるくらいなのだから。


「僕のことは心配しないでください。慣れてますから」


慣れている。


その言葉の意味に気づかないほど、レーナは呑気な生活を送って来てはいない。


「普段から・・・あなたの旦那さまは、あなたに酷いことを・・・するの?」


サイラスの笑顔が、固まった。


沈黙が落ちる。


しばらくの間、手をもじもじさせて迷っていたようだったが、やがてぽつりとこう溢した。


「僕・・・孤児で、旦那さまに道端で拾われたんです。だから・・・僕は文句なんか言っちゃいけないんです。・・・・・・えっ?」


サイラスが驚きの声をあげた。

サーヤが、サイラスの手をぎゅっと握りしめたからだ。


「え? え? あの・・・」


戸惑ってろくに言葉も出せないサイラスに向かって、サーヤはその両手を自分の手でしっかりと握りしめたまま、ぶんぶんと猛烈な勢いで首を左右に振った。


「えーと、あの・・・」


首が落っこちるんじゃないかって心配になるくらいの勢いだ。


「・・・何をされても仕方ないなんて思っては駄目よ、って言いたいんじゃないかしら」


レーナが、娘の気持ちを代弁する。


「私もそう思うわ。・・・ねぇ、戻りたくないのなら、ここに居てもいいわよ?」


その言葉に、弾かれたように顔を上げる。

一瞬、目が揺らいで。


「・・・ありがとうございます。迷惑をかけた僕に、親切にそんなことまで言ってくれて。でも、一度屋敷に戻ろうと思います。他の子が採りに行かされることがないよう、旦那さまにお願いしようと思って」

「・・・そうか」


そろそろ手を離してもいいんじゃないの、という考えがちらりとよぎって、少年の真摯な眼差しに場違いな悋気を反省する。


多分、戻ったらこいつも無事じゃ済まないだろうが、それも覚悟の上って感じかな。


・・・なんでいい奴ばかりが苦労するようになってんだろうな、この世界は。


そんなことを考えた時、ふと、自分がある物を持っていることに気づいた。

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