最強の味方
叔父の挑発的な言葉に、アユールの眉がぴくりと動く。
「・・・それじゃ、早速、本題に入らせてもらうが」
そう言って、ヴィ―ネの入ったグラスを持ち上げて、光に翳しながらくるりと回す。
「叔父貴の目が見えなくなった理由とは、なんだ?」
その言葉に、横のクルテルが、ジュルベリー水で咽かける。
アユールが、さりげなくその背中をさするが、クルテルは少し苦しそうに咳込んで、自分の師匠を睨んだ。
対するカーマインは、全く動じることもなく、静かにヴィ―ネを飲み干してから口を開いた。
「・・・もう粗方の見当はついているのだろう。それを何故わざわざ聞くのだ?」
「じゃあ、俺のつけた見当が当たりだってことでいいんだな?」
「勝手に思っていればいいだろう」
そう言うと、ランドルフが注いだ二杯目に口をつける。
やはり話す気はないようだ。
アユールは、はぁ、と大きなため息を吐く。
「当人の許可も無く、ペラペラ喋るのはどうかと思ったんでな。まぁ、勝手にしていいってんなら、そうさせてもらうよ。レーナは、命の恩人が誰だか知りたがってたしな」
アユールの言葉に、カーマインが眉根を寄せる。
「レーナはな、王城で孤立無援だったと思ってたそうだ。自分の夫である国王からも守ってもらえず、シリルに目の敵にされて、独りきりだったと。だから、助けてくれた人に礼を言いたいんだとさ」
「・・・何を馬鹿なことを・・・」
「そうだそうだ、なにも許可なんか、もらう必要なかったんだ。よし、そうと決まれば帰るぞ。クルテル、準備しろ」
「え? ええ?」
慌てるクルテルの首根っこを掴んで席を立ち上がろうとしたアユールに、カーマインが待て、と声をかける。
額に手を当て、これ見よがしに大きなため息を吐いてから、カーマインは言った。
「・・・何を考えている」
「お? 知りたいか?」
相手は目が見えていないというのに、その顔には挑発的な笑みが浮かんでいる。
「別に知りたくもないのだが・・・。アユール。・・・お前、何を私にさせるつもりだ?」
首を横に振りながら、以下にも不機嫌そうに答える叔父に、アユールは不敵に笑う。
「させるつもりとは人聞きが悪い。お願いしたいんだよ。亡失魔法を軽減させるだけの実力を持つ叔父貴に、助力と協力を」
「・・・なに?」
アユールの声が、一段低くなる。
「俺に、貴方からの助力と協力をお願いしたい」
カーマインの表情から、一切の感情が消えて。
手にしていたグラスを、ことり、と置くと、目の前でゆっくりと手を組んだ。
「・・・なるほど。私がお前に、ね。それで、その助力と協力とやらは、あのふたりの一件が関係しているわけか」
「話が速くて助かる」
そう言うと、アユールは、一度立ち上がりかけた椅子に、どかっと座り直した。
「単刀直入に言う。・・・叔父貴、俺はサーヤの声を取り戻したいんだ」
カーマインは、手を組んだまま、眉だけをぴくりと動かした。
「俺はあいつと約束したんだ」
「・・・約束?」
「ああ、必ず声を取り戻して、あいつの母親に聞かせてやると」
「・・・」
「そして、あいつの母親にうれし涙を流させてやると」
クルテルは、自身にとっては初めて耳にする約束の話に、不思議そうな顔をしてアユールを見上げる。
夢の中での約束だ。
四六時中、俺と一緒にいたお前でも、知らない話だよな。
そう思いながら、アユールは悪戯っぽく笑った。
だが、その言葉に対するカーマインの反応は冷たくいもので。
「出来もしない約束をするほど、お前は愚かだったか」
そう一言、言い捨てただけだった。
「・・・出来もしないと何故わかる?」
「お前が解こうとしているのは、『亡失』だぞ。最大禁呪の一つに数えられる邪悪な魔法だ。考えなしに手を出したとて、命を失って終わるだけだ」
あくまでも無表情のまま、カーマインは冷たく言い放つ。
だが、アユールがそれで諦める筈もない。
「だからなんだ」
「・・・なに?」
低く唸るようなアユールの言葉に、カーマインの顔に少しの驚きが表れる。
「だからなんだって言ったんだよ! 『命を失って終わるだけ』だと? 考えなしに手を出して、視力を失った男がそれを言うのかよ? じゃあ、あんたは、手を出したことを後悔してるって言うのかよ?」
「・・・」
「答えろよ! カーマイン・サリタス! あんたは、レナライア王妃を、そのお腹の子を助けたことを、そのために視力を失ったことを後悔してんのか? あんたは、その程度の男なのかよ?」
「馬鹿な・・・。後悔などする筈がなかろう」
「だったら!」
アユールは、ぐっと手を握りしめる。
「・・・だったら、俺の言いたいことぐらいわかるだろう? 亡失魔法に手を出して、命を失うことになったとしても、・・・俺は後悔だけは絶対にしない」
「・・・」
広間に落ちる沈黙。
その後しばらくは、誰も言葉を発しようとはせず。
そして、ついに。
静寂を破ったのは、カーマインだった。
「・・・なるほど、お前は本当に愚かだったのだな」
溜息と共に呟いた。
「なんだと?」
「『命を失うことになっても後悔しない』などと、おかしなことを言いよって。そもそも、命を失えば後悔することも出来んだろうが」
「あ・・・」
途端に顔が赤くなるアユールに、カーマインは、くく、と喉を鳴らす。
「だが、安心しろ、アユール。私がお前の側に付くからには、そう簡単に死ぬ筈がないからな」




