手に入れたもの、失ったもの
「もう出て来ていいぞ、クルテル」
その声に、森の奥から彼の一番弟子が現れる。
隠れていた時どこかに座りこんでらしく、ズボンのお尻の辺りをぱんぱんと叩きながら。
「あの商人さんとお知り合いだったんですね、師匠」
「・・・お前、ずっとそこで話聞いてたんだろ? 今更しらじらしいことを言わなくていい」
アユールに嫌味を言われても、この弟子はまったく堪えることはなく。
「では、言い方を変えます。あの商人さんは、師匠の叔父上さまに仕える従者の方だったんですね」
クルテルの面の皮の厚さに、アユールが渋面になる。
「・・・ああ、聞き覚えのある声だったから、もしやと思って待ち伏せたんだが、まさか本当にランドルフだったとはな」
「・・・先ほど従者の方からお聞きした話、レーナさんたちにも話すんですか?」
前髪を掻き上げながら、アユールはうーんと考え込む。
「教えてやりたいとこだがなぁ・・・」
「そうですか。命の恩人が誰か分かったら嬉しいと思うんですが。・・・やっぱり、当人の承諾無しに勝手に伝えちゃうのは良くないですよねぇ・・・」
一緒になって考え込むクルテルだったが、ふと、ある事に気づいて。
「でも、これって、普通に喜ばれ、感謝される話ですよね。なんで叔父上さまは口止めなんかされたんでしょう?」
「・・・だよなぁ。別に、ここまでして隠し通そうとする必要はないと思うんだが・・・」
クルテルの問いにまったくの同意見だったアユールは、頭を掻きながら、ぼそりと呟いた。
「その叔父上さまって、どんな方なんですか? 実はものすごく恥ずかしがり屋さん、とか?」
「いや、そんな性格じゃないな。叔父貴の恥ずかしがる姿なんて、もしあれば拝ませてもらいたいくらいだ。そんなにしょっちゅう会ってたわけでもないが、もの静かで冷静で、かなり頭が切れる人だったな。禁呪に軽減魔法を施せるくらいだから、魔法使いとしての実力だって、かなりの・・・」
そこで、ぷつりと言葉が途切れる。
今にもこぼれ落ちそうなくらいに、目を大きく見開いて。
「・・・師匠?」
「いや、まさか・・・あれは・・・」
何かに気づいたのだろうか。
髪を掻き上げていた手がぴたりと止まり、呆然とした顔をして。
怪訝そうな目を向けるクルテルに、アユールは独り言のように呟いた。
「クルテル。叔父貴は・・・カーマインは、目が見えない」
「・・・はい?」
クルテルが、意味がわからないと目を丸くする。
「叔父上さまは目がご不自由、と。はい、わかりました。ですが、それが何か?」
「そうじゃない。もともと目が悪かったわけじゃないんだ。前は普通に見えてたんだ」
「・・・はぁ」
「俺もまだ小さかったし、理由も聞かされてなかったから、てっきり事故とか病気とかで、後天的に視力を失ったのかと思い込んでたんだが」
何か匂わすような話し方に、クルテルが首を傾げて続きを促す。
「・・・そうじゃなかったってことですか?」
「ランドルフから話を聞いた今となると、いろいろと符合するんだよ。例えば、伯父貴の目が見えなくなった時期、とか」
「それは、いつだったんですか?」
「確か、13か14年前くらいだ。・・・わかるだろ?」
「・・・レーナさんが王城からいなくなったあたりですね? じゃあ、叔父上さまが王城に仕えていた頃、もしくはその前後に、視力を失ったってことですか?」
アユールが重々しく頷く。
「ああ、多分、あの頃だ。確かめたこともないし、あの頃の俺はまだ6つか7つくらいのガキだったし、叔父貴はレナライア王妃の事件について話すことはなかったし・・・」
「でも、それが、助けたことを口止めするのと何の関係が・・・」
「大ありだ」
アユールが、クルテルの言葉を遮る。
「もし、サルマンのかけた『亡失』の術を軽減させる代償として、叔父貴が視力を失ったとしたら?」
「え・・・」
その言葉の意味を悟り、クルテルが言葉を失くす。
「ま、さか・・・」
「禁術に抵抗して軽減魔法をかけたんだ。亡失の呪いの一部を受けてしまったとしてもおかしい話じゃない」
「・・・」
「叔父貴は無駄なことをするような人じゃない。あれだけ固く口止めをするからには、それだけの理由があるはずだ。そして、その理由が・・・」
「・・・レーナさんたちを助ける代わりに、視力を失ったことを知られないようにする・・・ため・・・」
アユールは、重々しく頷いた。
「・・・くそ」
そして、苦々しげな表情で前髪を掻き上げる。
「そ、んな・・・」
「そりゃあ、隠したくもなるよな。・・・もし、自分たちを助けたせいで、呪いの一部を被って視力を失ったと知ったら・・・あの優しすぎる母娘は、苦しむに決まってるからな」




