レベル高すぎクルテルくん
クルテルがやって来てから、二週間。
アユールは立って外を歩けるくらいまでに体力が回復した。
「やっと外の空気を吸いに行けるようになりましたね、師匠」
「ああ、まだ多少ふらつくがな」
クルテルは、礼儀正しいだけじゃなく、薬草関係の知識も豊富で。
アユールの話だと、魔法の術式そのものは、まだ勉強中とのことだったが、とにかく知識が幅広い。
そして気遣いも細やかで、家事もたくさん手伝ってくれる。
正直、クルテルが来てくれて、レーナとサーヤは大助かりで。
レーナは生まれが貴族の令嬢だから、この家に住むことになるまでは家事などしたこともなかったし。
当然、やり方を教えてくれる人もいなかった。
なんとか親子二人で生きてはきたものの、家事が上手か下手かと問われれば、当然、上手な部類に入るはずもなく。
基本、食事は野菜や果物をそのまま食べるか、軽く茹でるか、魚だったらそのまま焼くか。
とにかくシンプルに尽きる。
クルテルは、そんなレーナとサーヤに、美味しい料理をいろいろと教えてくれるのだ。
それに、しっかり者のクルテルは、世話になったお礼だと言って色々と差し入れてくれる。
しかもどうやって手に入れるのか、毎日、手渡してくれるのだ。
時に食べ物、時に衣服、時に衛生品、時に消耗品、と贈り物も変化に富んでいて、森の小屋でずっと質素に暮らしていたサーヤたちにとっては、有り難すぎるものだった。
元々、嫌な顔ひとつせず寝たきりだったアユールの面倒を見ていたレーナたちだ。
別に贈り物などしなくても、(貧しいながらに)喜んでクルテルのことも受け入れるわけだが、やはり、ふたりの台所事情を察したのだろうか、クルテルはせっせと贈り物を渡し続けるのだ。
これで10歳というのが不思議なくらい、クルテルは出来すぎな子どもで。
アユールの仕込みなのか、もともと出来が良いのか、その辺は分からないが、弟子嫌いで通っている(らしい)アユールの、唯一の弟子に認められただけのことはあるのだろう。
「術って、薬を飲んでも治せるものなのね。知らなかったわ」
レーナがクルテルの持ってきた薬瓶を、ひとつ手に取りながら、不思議そうに呟いた。
サーヤも、薬草ひとつひとつを観察しながら首を傾げている。
王宮にいたとはいえ、別に術に関する知識があるわけではない。
ここに住むようになってから、多少の薬草の知識は商人から教わって知ったものの、二人の知識とは違って初歩的なものだ。
だから、アユールとクルテルのふたりが、やることなすこと珍しくてしょうがなくて。
ついつい、ヒナのようにふたりの後ろをくっついて歩いてしまうのだ。
「薬草で治す、というのは語弊があるな。基本的に、術の解除方法は術式の錬成経路を逆に辿ることにある。それが確実な解除の方法だ。だが、術で奪われた力を、薬湯で少しずつ回復させることは可能だ。かなり時間がかかるがな。俺の場合は、複数の攻撃を受けたせいで、体力をも術力も、ほぼ根こそぎ奪われてしまったからな。まずは薬でそっちを回復させる必要があったって訳だ」
れんせいけいろをぎゃく・・・。うばわれたちからをやくとうで・・・。
母の顔をちらりと見る。
ニコニコと笑って聞いているが、きっと私と同じで、意味はほとんどわかってないと思う。
「あんな指一本動かせない状態では、解除魔法を発動させたと同時に術力が枯渇して俺が死ぬことになってしまう。そういう時にはまず・・・って、おい。お前ら絶対、意味わかってないだろう」
あ、バレた。えへへ。
アユールは、ふう、と大きなため息を吐いて、別に無理して聞かなくてもいいのに、とぶつぶつ言って。
それから。
「まぁ、とにかくだ。薬湯だけでは、体力を多少回復させることは出来ても、術からは解放出来ないってことだ」
そう言うと、おもむろに立ち上がって。
アユールは、う~ん、と伸びをする。
肩や腕をぐるぐる回して。
体の動きや感触を、ひとつひとつ確かめていく。
「うむ、少し体力も戻ってきたから、ちょっと動いてみるか」
「何をするつもりなの? アユールさん」
「解除魔法だ。受けた術を逆に辿って解除する、つまり、逆錬成だな。まぁ、今回、俺が受けた複数の術を全部解除するには、何回か解除を重ねないといけないから、今日で全部元通り、とはならないが」
扉を開けようとノブに手を置いたところで、くるり、とサーヤの方に顔を向けて。
一言、ぽつり。
「お前ら、見たかったら見ててもいいぞ」
その言葉に、クルテルが、じと目になって。
「・・・見ててほしいって、素直に言えばいいのに」
そう言って、さっきのアユールさんに負けないくらい大きなため息を吐いた。




