出会い その2
わぁ、今日も空が青くてきれい。
サーヤは眩しそうに空を見上げると、いそいそとカゴを手にした。
「あら、どうしたの? カゴなんて持って。さてはジュルベリーを摘みに行くのね?」
母、レーナの声に、振り向いてこくこくと頷く。
「サーヤが森の中でも心配ないのは分かってるけど、気をつけて行ってらっしゃい。滅多にないことだけど、密猟者が出たことだってあるんだから。あまり遅くならないようにしてね」
こくん、と再び首を縦に振る。
見送る母に手を振って応え、どんどんと森の奥へと向かう。
大きなカゴを手に、足取りも軽く。
どこまでも続くかのように見える大きくて広い森も、サーヤにとっては、慣れ親しんだ裏庭と同じ。
黒の森と呼ばれる、大きな森林地帯の入り口近く。
そこに、ぽつんと立っている小さな家にサーヤは住んでいる。
生まれた時から、ずっと母とふたり、ここで暮らしてきた。
だからサーヤにとっては、この広大な黒の森も、ただの庭のようなものなのだ。
ここしか世界を知らないけれど、サーヤは森が大好きで。
太陽の光が木々に射し込み、緑の葉っぱはキラキラと光る宝石のよう。
おいしい木の実、甘い果実、きれいな花、ちょっと苦いけどよく効く薬草、香りの良い木の芽。
動物たちも、獰猛な巨獣でさえ、サーヤには優しい。
髪を、頬をなぞる風は、清々しい香りを含んでいる。
曲線を描きながら流れていく川の流れは、さやさやと心地よい音をたてて。
色鮮やかな鳥たちが、空を切るように飛んでいく。
大小さまざまの動物たちが、のびのびと遊び跳ね回る。
森の中は、サーヤの好きなものでいっぱいだから。
特に今の季節にしか採れないジュルベリーは、甘酸っぱくて、食感がプチプチして、みずみずしくて、サーヤの大、大、大好物で。
この時期は、毎日のように森に摘みに行くのがサーヤの楽しみなのだ。
大好きな森。
大好きな動物たち。
大好きな風景。
大好きな母さん。
そして、声の出ない私。
それが、私の世界。
ずっと変わらない、小さな、でも優しい私の世界。
木漏れ日を浴びながら、まだ、何も知らない私は、ジュルベリーのことで頭をいっぱいにして、どんどん森の奥へと進む。
今日もいつもと同じ日のはずだった。
いつもと何も変わらない日常のはずだった。
今日この日から、私の中のなにもかもが変わってしまうなんて、思ってもいなかった。
今日は、私があなたと出会えた日で。
私があなたに恋をした日。
◇◇◇
ふふ、たくさん採れちゃった。
嬉しくて、何度もカゴの中を覗きこむ。
中にあるのは、大好きな大好きなジュルベリー。
カゴが満杯になるほど摘んでから、やっと辺りの風景が目に入って。
夢中になりすぎて、いつもよりもずっと奥の方まで来たことに気づく。
うわ、
こんなとこまで来るの、ずいぶん久しぶりだな。
きょろきょろと辺りを見回して、少しの違和感を感じる。
あれ? なんか、いつもより、静か?
ぐるりと辺りを見回す。
・・・動物たちがいない。
いつもなら森の中で出会うはずのファルラビトやスカレル、ラルクーンの姿がない。
なんで今まで気がつかなかったんだろ。
隠れてるのかな。・・・それとも、何かあった?
少し不安になって、カゴをギュッと抱きしめる。
・・・もしかして、密猟者、とか?
出掛けの母の言葉が、脳裏をよぎる。
嫌な予感に、背を汗が伝う。
それを振り払うように、軽く首を横に振って。
まさかね。
そのとき、遠くで草木を踏む音がした。
緊張で、思わず体が固まる。
息を止めて耳をすますと。
また、カサッ、と音がして。
なんだろう。足音?
それにしては、ずいぶんゆっくりと動いてるけど。
・・・小さな動物では、なさそう、かな。
そのとき、サーヤの耳に届いた、小さな呟き声。
「・・・くそ」
サーヤは思わず、その場で固まる。
人だ。人がいる。
男の人の声。
どうしよう。
なんでこんな森の奥に人がいるの?
さっきまで、ただの想像でしかなかったものが、急に現実味を帯びてサーヤに襲いかかる。
密猟者だったら。
密猟者が獲物を探してるところだったら。
ちょっとでも音をたてれば・・・撃たれる。
静かにしないと。
動いちゃ、ダメ。
走って逃げたくなる衝動を押さえ込む。
息をするのも怖い。
胸がドキドキして苦しい。
なのに、また。
今度は、別方向から音がして。
草木の擦れる音。重たい足音。
こちらの動きはけっこう速い。
今度はなに・・・?
なにが来るの・・・?
ほどなく、木々の隙間、そして重なり合う枝葉の向こうから現れたのは、大きな獣の姿。
濃茶色のふさふさした長い鬣と大きくて鋭い牙。
・・・ライガルだ。
グルルルルと唸り声をあげながら、ライガルが進んで行く方向は、さっき男の人の声が聞こえた、まさにその方角で。
サーヤは頭が真っ白になった。
ライガル。
ダメ。
そっちは危ないの。
密猟者に、撃たれちゃうよ。
サーヤはジュルベリーの入ったカゴを草の上に置くと、ライガルのいる方向に走った。