シリルという人 その2
「ど、ど、どういうことですか? 婚約者って。じゃあ、なぜシリルが王妃になってるんですか?」
サーヤもクルテルも驚いて目がまん丸になっている。
「私が19歳なって、もうすぐ結婚っていう時に、陛下が外交でアッサライア国に行かれたことがあったの。そしたらその国の姫に見初められてしまって」
「・・・はあ?」
「帰国してすぐの事だったわ。アッサライア国から、協定と称して、その姫と陛下との縁談が舞い込んできてね」
「・・・なんですか、それ?」
「断ったら侵略するくらいの勢いで、縁談を突きつけられてしまったの。ほら、アッサライアって、軍事大国でしょう? 逆らったら、ひとたまりもないって事で王城内は、もう大騒ぎで」
話の先がうすうす予想できたのか、しかめ面でクルテルが質問してきた。
「あの〜、もしかして、そのアッサライアの姫って・・・」
「そう、それがシリルだったのよ」
クルテルもサーヤも、その言葉に思い切り脱力した。
「うわぁ、軍事大国の姫が、一目惚れした挙句、無理やり縁談持ちかけて結婚迫るとか、怖すぎるでしょう・・・」
「本当よね。一国の存亡がかかってるし、陛下も辛い決断だったと思うわ。婚約者がいるって言って、なんとか断ろうとしたんだけど、全然聞いてもらえなくて、結局、押し切られる形で・・・ね」
「はあああ・・・」
もう、クルテルは返す言葉もないらしい。
「婚約者だった私を第二王妃に据える形で、シリルを第一王妃に迎えることが決まったんだけど、彼女にしてみたら私は嫉妬の対象でしかなくて」
「・・・それで初対面でヴィーネを頭からかけられた、という訳ですか」
レーナは、少し寂しげに笑って、そうなの、と頷いた。
「さっきも言ったけど、陛下は最初、何とか主導権を握ろうと努力されたわ。その頃は、まだサルマンの態度も普通だった。・・・でも、陛下はもともと気の強い方ではなかったし、シリルはとんでもなく我儘で強烈な性格だったし・・・」
「そうだとしても・・・」
「ええ、そうね。それでも陛下には最後まで頑張っていただきたかったわ。・・・でも、私が先に子どもを身篭って、ますますシリルの態度がおかしくなってしまって・・・。最後には、もう手がつけられなくなってしまってね」
「・・・」
「気がついた時には、誰も彼女に逆らえなくなっていったわ。サルマンもシリルの言いなりに動くようになって、陛下も、高官たちも、兵士たちも・・・結局、みんな諦めてしまったの」
淡々と何の感情も込めずに話すレーナが、かえって痛々しくて。
たった一年の王宮での結婚生活が、レーナにとって苦痛でしかなかった事が、その表情から伝わってきて。
「・・・だから、私は王宮で独りきりだった、誰も助けてなんかくれなかった、そう思っていたのよ。・・・今までは」
そう言うと、にっこりと笑って、クルテルの頭に手を置いた。
そして、そのハシバミ色の柔らかい巻き毛を、優しく撫でて。
「あ、あの、レーナさん・・・?」
「・・・だから、ありがとう。あなたたちのおかげよ。あなたとアユールさんがここに来てくれなかったら・・・私は、自分を守ってくれた人がいたことすら知らないままだった。今、ここに、こうしていられるのは、その人のおかげだって気づけもしなかった」
レーナの指先はあかぎれでボロボロで、着ている服もとても質素で。
王宮にいたときのような贅沢も、豪華な住まいも、もう手の届かないもので。
「王宮にいたとき、私は独りじゃなかったって、教えてくれた。今は・・・そのことがなにより嬉しいの」
でも、その笑顔には。
幻の王妃、レナライアとしてかつてあった自尊心が、輝くように表れていた。
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