シリルという人 その1
それから。
とうとうアユールの体力の限界が来て、今日はここでお開きという事になって。
アユールはベッドに倒れ込むなり、深い眠りについた。
「無理させちゃったわね・・・」
レーナが心配そうに呟いた。
サーヤもベッドのそばに座り込んで、アユールの寝顔を眺めている。
「気にしないでください。周りが止めて聞く人じゃありませんから」
起きた時にすぐ飲めるように、と、ベッド脇の小さな棚に薬湯とコップを準備しながらクルテルは答えた。
ずっとアユールの補助で忙しかったから、さぞや疲れているだろうに、クルテルはとても嬉しそうな顔をしていて。
レーナの方を、くるりと向くと、笑いながらこう言った。
「でも・・・良かったですね。レーナさん」
「え?」
「誰か分からないけど・・・味方がいて」
レーナは、クルテルの言葉に目を見張って。
それから、花のように微笑んだ。
「ふふ、本当ね。いつか・・・その人に、お礼を言いたいわ」
幻の妃を思い出させるような美しい笑顔に、クルテルの頬が朱に染まる。
「うわ。・・・レーナさんって、ときどき急にお姫さまみたいになりますよね」
「それはそうよ。元お姫さまだもの」
サーヤの柔らかい栗色の髪を優しく撫でながら、小さな声でぽつりと言葉を継いだ。
「本当だったら、この子もお姫さまなのよね」
きょとんと母を見上げるサーヤを愛おしそうに見つめて。
「・・・でも、そうじゃなくて良かったわ」
サーヤは、レーナの言葉に笑って、こくこくと頷く。
レーナも嬉しそうに笑みを返す。
「ここで、・・・あの人たちがいない所で、この子を育てられて・・・本当に良かった」
そう言って、腕の中にぎゅっとサーヤを抱きしめると、その柔らかい髪に頰を寄せた。
その様子を眺めながら、クルテルは少し聞きづらそうにレーナに問いかけた。
「僕は噂でしか知らないんですけど、・・・シリル王妃って、そんなに怖い人だったんですか?」
「・・・」
「あ、すみま・・・」
「いいのよ、大丈夫。もう会うこともない人なのに・・・まだこんなに怖がってるなんてダメね」
慌てて謝ろうとしたクルテルを止めて、レーナは自嘲気味に笑んだ。
サーヤが母の顔を心配そうに見上げている。
「そうね。・・・私は、最初からひどく嫌われてたから・・・初対面の挨拶も、最後まで言わせてもらえなかったわ」
「言わせてもらえなかった?」
「挨拶の途中で、ヴィ―ネを頭からかけられちゃって」
「え?」
「髪もドレスもびしょ濡れになっちゃったから、すぐに退出を命じられたのよね」
「はあ~。強烈ですね」
さっぱり理解できないという風に、クルテルが頭をぶんぶん降ると、サーヤも同感だったのか、しかめ面で同じように頭を振って。
そんな二人の仕草に、レーナはくすくすと笑って。
「プライドの高い人だから、きっと、どうしても許せなかったんでしょうね。私のこと」
「自分の他に王妃がいることがですか? でも、第一王妃と第二王妃じゃ立場も違いますし、後から妃になった人をとやかく言う必要はないと思いますが」
クルテルの言葉に、少しレーナは考え込んで。
それから、サーヤの顔を見てまた考え込んで。
「・・・そうね。もう色々と素性がばれちゃったことだし、この話も聞いてもらおうかしら」
「え? ええ? ・・・なんか怖いんですけど」
「大丈夫よ。クルテルくんの年だったら知らないだろうけど、ひと昔前の人たちはみんな知っている話だから」
「えええ? じゃあ、師匠だったら、知ってるようなことですか? 今21歳なんですけど」
「う~ん、そうね。小さいときに耳にしてるかもしれないわ。後になってシリルが情報規制をかけたから、今はもう、その話を口にしちゃいけないことになってるのよね」
「ええええ? なに、それ、怖い・・・。・・・あの、一体どんな話なんですか?」
レーナはふふっと笑うと、あなたもよく聞いててね、と横で目を瞬かせているサーヤに言った。
「実はね、私と陛下は小さい頃に婚約を交わしててね」
「えええええ?」
「本当よ。たしか5歳くらいの時だったかな、前国王陛下の命で決められてね。私が20歳になったら、陛下と結婚することが決まっていたの」




