独りじゃないだろ
「独りじゃ、なかった・・・?」
レーナは、ぽつりと呟いた。
その言葉に対して、アユールは大きく頷いて。
「そうだ。どこの誰かは知らん。あんたが、そいつを直接知ってるかどうかもわからん。だが、それでも、だ。それでも、そいつは、あんたの側にいた。あんたの味方だったんだ」
「・・・」
「こんなえげつない禁術に。シリルとサルマンに。あんたのために立ち向かってくれた奴がいたんだよ。そうだろ? 今、こうやってあんたは、サーヤと無事に暮らせてる。・・・サーヤは、今も生きてるじゃないか。それが、なによりの証拠だろう?」
「あ・・・」
レーナはしばらく呆然として。
そして、ようやく師匠の言わんとしていることの意味が呑み込めたようで。
ゆっくりと、絞り出すように話し始めた。
「そう、・・・そうよね。あの人たちから、たまたまうまく逃げ出せたなんて・・・どう考えたって、そんなのおかしいのにね」
自嘲気味にそう言うと、その時のことを思い出したのか、どこかぼんやりとした目になって。
「不思議に思うことが・・・なかったわけじゃないの。でも思い出すのも辛かったし、私・・・軽減の魔法とか、なんにも知らなかったから。だから、偶然って言葉でお終いにしてた」
「・・・そうか」
「毎日を生きていくのが精一杯で、誰かが助けてくれてたなんて、・・・守ろうとしてくれてたなんて、思いもしなくて」
「まぁ、どれだけの偶然が重なろうと、亡失がたまたま軽減されることはあり得ないな」
にやりと笑いながら、アユールは言った。
「良かったじゃないか。強い味方がいて。その誰かさんは、恐らく相当な実力者のはずだぞ」
アユールの言葉に、レーナが頷いた。
「・・・それに、そいつは今もあんたらを守っている」
「・・・? 今も・・・?」
「ああ、軽減魔法と一緒に保護魔法もかけられているんだ。サーヤと・・・あんたに」
「・・・保護魔法? 私たち・・に?」
その言葉にクルテルもピンときたようで。
「あ。・・・動物たちがサーヤさんたちを襲わないのって・・・」
「ご明察。そいつのかけた保護の効果だ」
いまいち話についていけない様子の二人に、アユールが更に説明を加える。
「あんた、サルマンに攻撃された後、気を失ったんだろ?」
「え、ええ・・・。必死で逃げようと走って・・・でも、どんどん気分が悪くなっていって、それから後の記憶が・・・なくて」
「恐らく、その時だろう。そいつがあんたをサルマンから匿い、軽減魔法を施した」
アユールは前髪を掻き上げながら、言葉を続ける。
「王城からあんたを逃がしたのも、恐らくそいつだ。保護魔法を付与してから、黒の森へと送り出したんだろう。恐らく従魔か、催眠を施した獣に命じて」
「え・・・」
「さすがのサルマンも、あの『黒の森』に幻の王妃が住み着くとは考えもしないだろうからな」
「そ・・・んな、こと、私なんにも・・・知らなくて・・」
アユールは優しく二人に笑いかける。
「強力な味方がいて、良かったな」
レーナは黙って頷いた。
「・・・それに、今は、そのどっかの誰かさんだけじゃない。俺もクルテルもいるしな。・・・だろ?」
「アユールさん・・・」
「そうですよ、レーナさん」
クルテルが進み出た。
「僕たちに出来ることなら何でもしますよ。なんと言っても、レーナさんはサーヤさんのお母さんで、そのサーヤさんは師匠の命の恩人なんですからね」
「クルテルくん・・・」
と、そこでアユールは、じとりとクルテルを睨みつけて。
「おい、クルテル。その言い方をなんとかしろ。・・・どうも引っかかる」
「え~? だって本当の事じゃないですか。ライガルの目の前で、力尽きて気を失っちゃった人が、なに言ってるんですか」
「・・・俺は王国一の魔法使いなんだぞ。プライドってもんがあるんだ」
「そういうプライドは要らないですから。捨てちゃってください」
「クルテル、お前なぁ・・・」
話が逸れまくったことも気付かず、仲良く揉めている師弟の姿に、レーナも先ほどまでの緊張が程よく解けて柔らかい笑顔が浮かぶ。
そしてそんな母の様子に、サーヤも安堵して。
その時。
サーヤは心から思ったのだ。
もしも言葉が出せるなら。
もしもこの口が音を発せるなら。
ありがとうと、言いたいと。
今は出来なくても。
いつか呪いが解けた日には、必ず。
必ず、伝えるの。
自分の言葉で。
アユールさんに。
クルテルくんに。
そして、名前も顔も知らない、どこかの命の恩人に。
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