亡失
「・・・それじゃあ、軽減を施したのが誰かっていうのは、ひとまず置いといて、サルマンがかけた元々の術は何だったかっていう話に戻るが」
そこまで言うと、師匠は頭をがしがし掻きながら、うーん、と唸り出して。
レーナさんとサーヤさんの顔をちらちら見ながら、言い淀んでいるから、恐らく、また泣かれたらどうしよう、などと心配しているのだろう。
口は悪いけど、けっこう優しいからなぁ、師匠は。
・・・でも、うーん、うーん、と唸りながら頭を掻きむしっている姿は、ちょっと変な人にしか見えませんけどね。
ほら、サーヤさんも、レーナさんも、この人どうしたの?って顔してますよ。
しょうがない、話に水を向けてあげますね。
「・・・確か、古めかしい術式だったんですよね? 術名も見当がついたんですか?」
「あ、ああ」
あ、ホッとしてる。
もう、師匠なんだから、もっとしっかりしてくださいよ。
こほん、と一つ、咳払いをして。
師匠は重々しく口を開いた。
「最終確認はこれからだが、恐らくこの判断で間違いないと思う。これは・・・『亡失』魔法だ」
「ぼっ、亡失ですか!」
「ぼうしつ?」
驚く僕に対し、レーナさんは、意味がわからず、そのままオウム返し。
サーヤさんも、同じく目を丸くして、首を傾げている。
あー、そうですよね。何だろう、それ、ってなりますよね。
当たり前だけど、事の深刻さを理解できたのは、師匠と僕だけで。
このふたりは、きっと、自分たちがどれだけラッキーだったかなんて、思ってもいないんだろうな。
亡失の魔法をかけられて、生き残れたなんて。
「・・・『亡失』は、禁術の一つとされ、その方法は秘されてから数百年以上は経つと言われている」
「禁術・・・使ってはいけないってことね?」
「まぁ、要はそういう事だ」
「一体、どういう術なんですか?」
「・・・時間をかけて、徐々に身体の機能を奪っていく術だ。そうやってひとつひとつ奪っていった後、最後に心の臓の機能が奪われて、呼吸が止まって死ぬ。相手を苦しめながら殺す、えげつない呪術だ」
「身体の機能を・・・ひとつひとつ、奪っていく・・・」
レーナさんは、腕の中にいるサーヤさんの顔を覗き込む。
「じゃあ、この子が話せないのは・・」
「ああ、亡失の第一段階の作用だろう」
「第一・・・段階」
「そうだ。本当だったら、そこから更に様々な機能が失われていった筈だ。そして・・最後には、死ぬ」
レーナさんは、きゅっと唇を噛んだ。
「じゃあ、この子は・・・まだ運が良かったって、・・・そういうことなの・・?」
「・・・さっきも言ったろう? ヤバイ術だって。そもそも、亡失が禁術とされる理由は、術そのものの恐ろしさだけにあるわけじゃない。その術の強さにもある」
「術の・・・強さ?」
「呪いの力が大きすぎて、阻止することが不可能なんだ」
「え・・・?」
「普通だったら、亡失をかけられた時点で、成す術はない。その人物の数年後の死が確定するんだ」
「確、定・・・」
「ああ、確実に死ぬ」
レーナさんは、かなりショックを受けたようだった。
サーヤさんは、どこまで話を理解しているのだろう。
何だかものすごくぼんやりしている。
話の内容が大きすぎて、いまいちピンと来てないのかもしれない。
それもしょうがない。
今まで、ここで親子二人きり、平和に穏やかに暮らしていたんだもの。
突然、王宮魔法使いだ、亡失だ、と言われたって、現実味はないよなぁ。
対して、レーナさんは。
攻撃を受けた経験があるからか、過敏なまでに反応する。
よほど恐ろしい記憶なんだろう。
王宮でサルマンに狙われたことが。
嫉妬だか何だか知らないけど、シリル王妃も考えることが怖いよ。
でも。レーナさん。
怖がってばかりじゃいけません。
勝てるものも勝てなくなってしまいます。
そうですよね? 師匠。
そのとき、師匠がレーナさんの肩を、ぽん、と叩いた。
「さっき、俺が言ったこと、もう忘れたか?」
「・・・え?」
「サーヤはこうして生きているだろう?」
「あ・・・」
「そんな恐ろしくて強力な術が、第一段階で止まっているだろう?」
「・・・ええ」
「だったら、そんな顔をするな」
アユールの言葉に、レーナが目を見張る。
「誰だか知らないが、軽減魔法を使ってまで、あんたとサーヤを守ろうとした奴が、あの王宮には確かにいたんだ。・・・あんたは、あの時、王宮で決して独りじゃなかったんだよ」