優しさの証
「ええ、頑張ろうとされたわ。でも・・・」
レーナは、どこか遠くを見るような眼差しで言葉を継いだ。
その声は、ひどく掠れていて。
「・・・でも、陛下は諦めてしまわれたから」
サーヤを抱く腕に力が籠る。
そんな母を、サーヤも、ぎゅっと抱きしめ返す。
「だから、その軽減という魔法で私を助けてくれた人が王宮にいたとしても・・・それは陛下ではないでしょう」
部屋の中が、シーンと静まり返った。
レーナはそのまま黙り込んでしまったし、サーヤはもともと話せないし、アユールとクルテルはもう汗ダラダラで、目を泳がせているし。
サーヤは、母の腕の中で、母が呟いた言葉を思い返す。
そうか。
王さまは、母さんを守ることを諦めてしまったんだ。
母さんは、王さまに守ってもらえなかったんだ。
・・・王さまに、守ってもらいたかったのに。
黒の森で、ライガルから私をかばおうとしてくれた、アユールさんみたいに。
体がもう全然動かないのに、それでも気を失う瞬間まで、私を抱きかかえて守ろうとしてくれた、アユールさんみたいに。
守りたいっていう気持ちを、王さまから貰いたかったんだ。
それが、出来ても出来なくても。
そう思ってくれたら、それだけで良かったんだ。
・・・それだけで良かったのに、ね。
・・・王さまは、どうして、諦めちゃったのかな。
王さまは、母さんと結婚した人なのに。
王さまは、・・・私の、父さんなのに。
母さん。
・・・がっかりしたよね。
信じて、結婚したのに。
「サ、サーヤ?」
あれ? どうしたの。
「おい、どうした?」
「サーヤさん? 大丈夫ですか?」
みんな、なん、で、そんな・・・慌ててるの?
アユールさんが慌ててる。
クルテルくんの目が、丸く大きくなって。
母さんは、私を強く抱きしめて。
私の顔を、それはそれは優しく撫でてくれた。
さっきまでの、哀しそうな表情は消えている。
ああ、母さんが、私を見て笑ってる。
笑ってる。
私の大好きな、満開のリリアのような、母さんの笑顔。
・・・良かった。
「私なら大丈夫だから。・・・だから、泣かないで・・サーヤ」
え?
私、泣い、て・・・?
手を自分の頬に当てると、そこは、びっしょりと濡れていて。
自分でも気づかなかった。けど。
母さんの胸の中で、私は、ぼろぼろぽろぽろ、涙を溢していた。
慌てて、母さんの顔を見る。
違うの、母さん。
怖くて泣いてるんじゃないの。
母さんが、悲しかったんじゃないかって、そう思っただけなの。
でも、母さんは。
なぜかいつも、私の気持ちなんてお見通しで。
「大丈夫よ、サーヤ。私にはあなたがいるもの。・・・あなたがいたから、私は頑張れたんだもの」
そう言って、母さんはわたしをきゅっと抱きしめて。
・・・うん、知ってる。
知ってるよ、母さん。
王さまが、母さんを助けてくれなくても。
怖そうな王妃さまが、意地悪してきても。
サルマンとかいう魔法使いが、攻撃を仕掛けても。
王宮から追い出されても。
母さんは、私を育ててくれた。
ここで、私を守ることを選んでくれた。
母さん。大好き。
私が今、ここで生きていることが、母さんの優しさの証なの。