痕跡
アユールとクルテルが調査を始めて何日か経った後のこと。
アユールの達した結論はこうだった。
「どうも術式の形式に、妙な点が多い。この術は、言葉封じではない、全くの別物だ。・・・しかも、サルマンがサーヤにかけた元々の術に、誰かが手を加えた跡がある事がわかった」
その言葉に、サーヤはもちろん、レーナも首を傾げる。
「誰かが手を・・・? それは・・・どういうこと?」
前髪を無造作に掻き上げながら、アユールは説明を始めた。
「どうにも普通のやり方で追跡できないのでな、少々時間はかかるが、術式の形跡を細かく調べてみたんだ。そしたら、サーヤにかけられた術の形式が、言葉封じとは違う別の術であるという事が分かったんだが・・・不思議なことに、なぜか、その術に『軽減』の痕跡があったんだ」
「軽減?」
「ああ、つまり、今のサーヤは、サルマンの術を軽くしたものにかかってるって感じかな。・・・サルマンが最初にサーヤにかけようとした術は、もっと、とんでもなくヤバいやつだったって事さ」
レーナが、一気に青ざめる。
「それは・・・つまり・・・」
「ああ、声どころか、命まで奪う術だよ。・・・・大方これもシリルの命令だろうがな。シリルとサルマンは、あんたに術をかけて、王城から追い出そうとしたんじゃない。お腹の子どもが確実に死ぬような術を施そうとしたんだ。まったく、どんだけ頭がイカれてんだ、あいつらは」
生まれる前に、私を殺すつもりで・・・。
そのとき、母さんが私の肩に手を回して、ぎゅっと抱きしめた。
母さんの手が震えてる。
・・・私よりも、母さんの方が怖がってるみたい。
そうだよね。
まだ会ったこともない人たちの話を聞いていても、正直、私にはピンと来なくて。
殺そうとした、なんて言われても、まだ実感がわかない。
だって、私は生まれたときから、森の近くで穏やかに平和に暮らせていた。
王宮も、王宮魔法使いも、見たことがない。
でも、実際に王宮に住んでいた母さんは、その時に攻撃までされて。
きっと、母さんにとっては、怖くて、生々しい現実で。
・・・辛かったよね、母さん。
なんだか悲しくなって、母さんの背中にそっと手を回す。
そんなサーヤたちの様子を見て、少し気まずそうな顔をしたアユールは、少しでも話題を明るい方に持っていこうとしたのだろうか、術そのものではなく軽減の方に話を移した。
「・・・あー、それでな、レナライア王妃。この術には軽減の跡があるんだ。術を軽くする魔法をかけた痕跡が」
「え・・・」
「サルマンがそんなことをするわけがない。それだったら最初からこんな大がかりな魔法をかけようとはしないからな。恐らく、陰で動いた人物がいるんだ。・・・あんたとサーヤの命を助けるために」
「・・・っ」
息を呑むレーナに、アユールが鋭い視線を投げかける。
「・・・心当たりは、あるか?」
「突然言われても・・はっきり、これだって人は・・・分からないわ」
少しの間の後、レーナが答えた。
そこへクルテルが口を挟む。
「それ、国王が誰かを差し向けた、とかじゃないんですか? 師匠」
「あー、それはどうだろうな」
そう言いながら、考え込むときの癖なのか、また前髪を、がしがしと掻いて。
「国王はな、あのイカれ王妃と違って、性格は捻じ曲がっちゃいないんだが、いかんせん、気が弱くてなぁ。・・・あんたを王宮に召し入れた時だけは、王も珍しく自分の意思を通したんだが、結局その後はシリルに好き放題やられっぱなしだったようだし・・・」
「ええー、そんな、男のくせに情けない。自分の都合でレーナさんを第二王妃にしたんでしょう?」
「まぁ、そんだけレーナが好きだったって事なんだろうが、それ以上にシリルが話の通じない女でもあったんだろうよ」
そこまで静かにアユールとクルテルの話を聞いていたレーナは、ぽつりと呟いた。
「・・・陛下は、頑張ろうとされましたよ。・・・最初は」
その表情は、とても、とても、哀しげで。
アユールもクルテルも、まずい事を言ってしまったと、慌てて口を閉じた。