出会い その1
『黒の森』の上空に光が煌めいた。
瞬間、それまで鳥数羽のみが飛んでいたはずの空に、どこからか一人の男が現れて。
そしてそのまま、男は重力に従って空から地面へと落ちていく。
あと、数オルギュイで地面と衝突するーーーそのとき、男の唇が微かに動いた。
刹那、風が巻き起こり、男の体がふわりと浮いて。
そのまま、ゆっくりと地面に落ちていった。
その男はアユール・サリタス。
ここ、バンテラン王国一の魔法使いの名である。
地面に横たわったまま、しばらく動くことも出来なかったアユールだが、やがて大きく息を吐くと、よろよろと立ち上がる。
アユールの意識は朦朧としていた。
方向もわからず森を彷徨う足取りには力がなく、何度もふらつき、躓く。
奥深いことで有名な、あの黒の森に『飛んだ』ことすら、気づかないほどに。
それほどまでに、今、アユールの微かな意識は、生きることに集中していた。
それほどまでに、今、アユールは、危険な状態にあった。
俺としたことが。
迂闊だった。
あんな手口に、まんまと引っかかるとは。
くそ。
欲と欺瞞と虚栄心の塊が。
よくもあんな小賢しい真似を。
・・・ああ。
息が苦しい。
胸が焼けるように熱い。
足に力が・・・入らない。
木の根に足を取られてよろけながらも、力を振り絞って、ゆっくり、ゆっくり、歩を進めていく。
目も霞んできて、周りがよく見えない。
飛んだ先が森の中らしい、ということだけは、手先の感覚でわかったものの、どの地方のどこの森かも謎のまま。
自分がどこに歩を進めているのさえも。
追手は撒いたようだが、自分まで迷子になっては意味がない。
家に戻れなければ、解除魔法も薬草の調合もできないのだから。
くそっ・・・。せめてクルテルがいれば・・・!
今のアユールの状態は、体の奥底に、ほんの僅かな活力が残っているだけで、クルテルを喚ぶほどの力はない。
声を送ることすら、できないだろう。
目まいが更にひどくなる。
脚が縺れる。
段々と、足を動かすことも、それどころか立っていることすら、難しくなって。
アユールは側の木に体を預け、そのまま、ずるずると滑り落ちるように地面に腰を下ろした。
はぁ、と大きく息を吐く。
手足の感覚も鈍くなってきた。
霞む視界の中、必死で周囲の状況確認を試みる。
首を動かす力もなく、ただぐるりと目だけで見回して。
それでも、かろうじて視界が捉えたのは、ぼんやりと四方を覆う黒い影だけ。
恐らくそれは巨大な木々の葉影であり、アユールに何の手がかりも与えない。
せめて場所がわかれば・・・。
ここは一体、どこなんだ。
王都からは、なんとか脱出できたようだが。
・・・ダメだ、もう体が動かない。
アユールの口から小さな呟きが漏れる。
「・・・くそ」
そのとき、前方から木々の枝がぶつかり合う大きな音が聞こえた。
続くのは重たげな足音。
・・・何か、来る。
懸命に目を凝らしても、映す光景は、もう、かなりぼやけていて。
何か黒っぽい大きな塊が、ぼんやりと遠くに見えるだけ。
その塊が、ゆっくりとこちらに近づいて来た。
グルルルルル、と唸り声が聞こえてくる。
・・・巨獣か。
かなり大きいようだが、・・・ライガルか、それともベアルーガか・・・?
頭は冷静に動いても、体はもう、逃げるどころか、腕一本、動かすこともできなくて。
一歩、その塊が近づく気配がする。
また一歩。
体が重い。手足まで痺れてきた・・・。
唸り声がさらに大きくなる。
もう、防御する力もない。
・・・ここまでか。
アユールが死を覚悟したそのとき、ぼやけた視界の中に別の何かが飛び込んできた。