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第一話 小銃

三話で完結します。


 



 引き金を引いた。

 反動が小銃を揺らし、肩に伝わる。

 吐き出された5.56ミリ弾が『標的』の脳幹を貫いた。


 三倍率のスコープ越しに血と脳漿の飛沫が舞う。

 標的が力なく崩れ、アスファルトに沈んだ。

 銃口の向きを変え、更にもう一体を射抜く。


 周囲にこれ以上の標的がいないことを確認し、小銃を肩に掛けた。

 そのままゆっくり歩き出す。

 今日のノルマは終わった。


 街は静かに佇んでいる。

 鳥の囀りと呻き声だけが響く。

 気が狂いそうなほど静かだった。


 横転した車。

 歩道に茂る雑草。

 半ば液体と化した腐乱死体を貪るカラス。

 世界は終末の様相を呈している。


 全ては七月のあの日に終わった。

「変異型狂犬病」と呼ばれた感染症によって。

  政府は機能を停止、自衛隊を始めとする実力機関も統制を失って四散した。


 それからの生活は困難を極めた。

 特に『仲間』を失ってからは。

 今では小銃を手にひたすら標的を狩っている。

 来るべき時に備えて――。


 小銃を撫でる。

 未だほんのりと熱を帯びている。

 確かな手触りが心を奮わせる。

 人間とは違い、銃はどこにも行かない。

 依存にも似た安心感がそこにはあった。


 小銃は自衛隊で制式採用されていたものだ。

 89式自動小銃の後継として開発され、高い拡張性と近代的なデザインが特徴。

 独自にスコープとバイポッド、減音器を搭載し、中距離狙撃仕様に仕上げてある。


 専用の狙撃銃と比べて射程は劣るが、十分だった。

 何も訓練を積んだ狙撃兵と戦う訳ではない。

 殺すべき標的は『歩く屍』なのだ。

 彼等には知能がほとんどなく、ましてや武器を使うこともない。


『保有者』

 かつての政府は変異型狂犬病の感染者をそう名付けた。

 保有者は人を襲い、そして食う。

 彼等に噛まれれば漏れなく仲間入り。

 いわゆるゾンビのイメージそのものだった。



 呻き声が近くで響いた。

 反射的に銃を構える。

 コンビニの前にそれはいた。


 肌は極端に白く、目は虚ろで生気がない。

 鼻と口からはボタボタと血が垂れていた。

 更に左腕は手首から先が千切れ、変色した肉と汚れた骨が覗く。

 それだけの傷を負いながら、全く苦しむ様子を見せない。

 ――保有者だ。


 その保有者は店員の制服を纏っている。

 店舗の脇に積まれた箱を掴むような仕草を続けていた。

 片手が欠損しているため、それが成功することはない。

 それでも狂ったように動き続ける。


 保有者に理性はない。

 しかし、生前の記憶を僅かに残した個体が存在する。

 この店員もその類だった。



 スコープを覗く。

 報われない作業を続ける屍に三発叩き込む。

 減音器に抑え込まれた銃声が静かに響いた。


 少年はそっと息を吐くと、家に向かうべく再び歩き出した。



 拠点である家はバリケードに囲まれている。

 立て掛けた梯子を使い、庭に入った。


 靴を履いたまま玄関に上がる。

 万が一保有者が侵入してきた時に備え、常に靴を履くようにしていた。


 全てのシャッターを閉めているため、一階は暗い。

 小銃を担いだまま二階の自室へ向かう。


 部屋は物で溢れていた。

 漫画や小説、新書で床が見えない。

『がっこうぐらし!』や『アリスインデッドリースクール』といった終末ものばかりが並んでいる。

 新書も変異型狂犬病について考察したものばかりだ。


 少年は小銃をガンラックに掛けると、机の前に座った。

 机の本棚には埃を被った教科書が並んでいる。


 おもむろにナイフを取り出すと、机に今日殺した保有者と同じ数の線を刻んだ。

 刻まれた線は無数にあり、机を覆わんとしている。

 今まで少年が殺してきた屍は数えきれない。


 ナイフを置き、引き出しを開ける。

 そこには一枚の写真と拳銃が置かれていた。


 写真には少年と少女が写っている。

 不愛想な表情を浮かべる少年とは違い、少女は満面の笑みを浮かべていた。

 八重歯をちらりと覗かせた、人好きするような笑顔。

 健康的に焼けた肌と淡い茶色のショートヘアーと相まって活発な印象を与える。


 少女はかつて行動を共にした『仲間』だった。

 恋愛感情でも友情でもない特別な感情を伴う相棒。

 パンデミック当日、共に学校を脱出し、それから一か月生活した。


 たった一か月といえど、彼女が少年に与えた影響は多大だった。

 靴を履いたまま生活することはゾンビ好きの少女の発案だ。

 終末作品を読んで現実の参考にすることも同様だった。

 何より、消えない感情を残している。


 拳銃に手を伸ばす。

 SIGP230。

 通常のモデルと異なり、日本警察用に改修が施されたJPモデルだ。

 警察官の死体から回収して以来、彼女の愛銃だった。


 銃の冷たい感触が少年の指先を刺す。

 この銃を撃ったことは一度もない。

 少女の遺品であるこれを使うことはどうしても躊躇われた。


 少年はそっとP230を仕舞い、布団に身体を投げ込んだ。








ここまで読んでいただきありがとうございます。

残り二話分もどうぞよろしくお願いします。


それでは、1月10日に最終巻発売を迎える『がっこうぐらし!』に最上の敬意と感謝を込めて。

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