職業は身体に馴染ませないといけないそうです
ブックマークつくだけで死ぬほど嬉しいです。
評価なんかしてもらえたら死にます。
感想いただけたら空ぐらいなら飛べる気がします。
「転職ってのは随分あっさりなんだな。」
俺は初めての転職だったので何か凄い儀式でもあるのかと期待していたのだがそんな事はなく淡々とことは進んだ。
「現実なんてこんなものですよ。」
シュルカは笑いながらそう言い話を続けた。
「転職自体は完了しましたが、新たな職業が体に馴染むまで時間がかかりますので明日まではスキルなども使えませんので、狩など行かないでくださいね。」
「なんだか、治療を受けた後の気分だな。」
俺は説明を受け思わず笑ってしまった。
「笑い事じゃないです。転職後は1番無防備な状態なんですから、本当にダメですからね。」
シュルカは俺の性格をよく知っているから余計心配なのだろう。
流石の俺もそこまで無茶なことをするタイプではないぞ。たぶん…
「今日は私とお祝いをしましょう。新しい人生のスタートです。」
シュルカはそう言いながら愛らしい笑顔を向けてくる。
あんなにちっちゃかったシュルカも立派になったもんだ。
「もー。ちゃんと聞いてますか?」
「ああ、聞いてるよ。それじゃあいつもの銀橋亭でいいか?何時に仕事終わるんだ?」
「5時には終わると思いますので、6時に集合にしましょうか。」
俺は「了解」と一言だけ告げ、神殿を後にした。
ーーーーーーーーーー
俺は1人、銀橋亭前で佇んでいる。
シュルカと夕食の予約を控えているからである。
この街はそれほど大きい街ではないので大体人が集まる酒場といえば固定されているのだ。
何軒かある酒場の中でもここ、銀橋亭は高級志向で毎晩冒険者が呑んだくれるような酒場ではない。
東の国を発祥とする生もの中心の料理にザシキと呼ばれる靴を脱ぎ椅子に座らないでテーブルを囲む部屋があり全てが個室になっている。
その異様な雰囲気からかドレスコードがあるわけではないのに、必然とそれなりの身なりで皆来るようになった。
俺も今日はわざわざ倉庫の奥から一張羅を引っ張り出してきたのだ。
一張羅は実家から最後の手付金と言わんばかりの高級貴族服で、今まで一度もきたことなぞなかったがここに来て役に立つとは思っていなかった。
「ごめん。まったー?」
「いや、今きたところだよ。いつもより一段と綺麗じゃないか。」
シュルカも今日はいつもの神官服ではなくワンピース型のドレスを着ている。
白を基調にしていて、いつもと違う雰囲気から大人の女性を感じさせる。
「コウエンさんいっつもの服もいいけど、この格好も似合ってるね。」
「こんな服一生着ることなどないと思っていたんだがな。」
俺はフッと少し笑ってしまった。
「でも、似合ってるからそれでいいじゃん。とにかく早く中にはいろ?」
シュルカの一言にそれもそうかと思い店の中に入って行った。
店員に一つの個室に案内され、注文を聞かれた。
「今日はお祝いなんだから好きなだけ食べていいよ。お会計は私が持つから。私もたくさん食べるからね。」
シュルカはそう言うと今日のオススメと書かれたものを次から次へと注文していく。
「じゃあ今日はお言葉に甘えさせてもらうとするか。」
俺も気になったものを注文していった。
食事とともに時間が進みアルコールも入りシュルカも俺も饒舌になっていく。
話題は過去の話からさらには今までどれだけ俺のことを心配したかなど、どんどん話は広がっていく。
シュルカは今この街でただ1人の神官で普段は休みなどとれないのだが今日は王都の友達に頼み込み明日明後日と二日間休みをもらったらしい。
そのためか今日はいつもよりもペースが早い。
「コウにいちゃんのばかああああ。本当に、本当に心配したんだからね。いっつも1人で森の奥深くまで進んでいつか帰ってこなくなっちゃうんじゃないかって。」
今は説教モードに入ったようで今までの行いに対して怒っているのだ。
呼び方も最近は出なくなっていた呼び方に戻りまるで昔に戻ったようだ。
「シュカ。飲みすぎだ。大丈夫か?」
「飲みすぎてません。まだまだこれからだよ。やっと転職したんだからこれを祝わずにはいられないのっ。」
そう言うと次は号泣しだした。
「うえーーん。コウにいちゃんの努力がやっと報われたんだね。剣士じゃないけどこれから他の冒険者にもバカにされなくて済むんだね。」
本当に感情の起伏が激しい子だと思う一方ここまで慕われていたのだと改めて感じ、少し照れてしまう。
「私が神官だから出ないのかと思って、私の力が足りないから職業が出ないのかなってコウにいちゃんごめんね。」
そんな思いで今までやっていたとは知らなかった。
これはシュカのせいなどではなく俺の才能がないのが悪いのにシュカをここまで追い込んでいたなんて。
謝るのはむしろ俺の方だ。
「シュカ。俺はシュカが神官でよかったよ。職業が出ないのは俺の才能がないだけなんだ。むしろ、今日こうやって踏ん切りをつけることができたのはシュカがいつも励ましてくれたからだ。今日になるまで他の冒険者には馬鹿にされ続けてきた。諦めろと言われてきた。でもシュカだけはマスターを獲得するまで諦めろとは言わなかった。それに支えられて今までこれたんだ。」
俺もどうやらかなり酒が回っているようだ。こんな話する気ではなかったのにな。
シュカは顔を真っ赤にして、すぐにまたその大きな目に涙を浮かべ号泣する。
「本当に、本当にごめんね。」
なぜかわからないがシュカは謝り続ける。しかし、さっきまでの思いつめた顔ではなくどこか解放されたような顔で泣いていた。
だから俺はそっと彼女の頭を撫でてやる。
昔からシュカが泣いた時は頭を撫でてやるのが習慣になっているのだ。
シュカも撫でられているうちにおれの胸に頭を押し付けていた。
次第に泣き止んだかと思えば、すぐに寝息が聞こえて来た。
「やっぱりまだまだお子様だよ。」
そんな姿を見ると微笑ましくなり笑顔になってしまう。
シュカをおんぶし、出口に向かうと辺りはすっかり真っ暗になってしまったようで少しひんやりとした。
お会計を済ましシュルカの家へと歩く。
背中からはスウスウと可愛らしい寝息が聞こえてくる。時々「コウにいちゃん」と寝言が聞こえるのがさらに微笑ましい。
辺りはすでに人気がなく、ところどころ家に火が灯っているだけだ。
シュルカの家の前に着くと鍵を開けベッドに寝かせてやる。
気持ち良さそうな寝顔を見て頭を撫で、出て行こうとした時シュルカに腕を掴まれた、
「起こしてしまったか?」
「コウにいちゃん。私、コウにいちゃんの事が好きだよ。」
「ああ、俺もシュカの事が好きだよ。」
シュカは俺の腕をぎゅっと握りしめ、小声で何か言ったきがした。
「何か言ったか?」
「ううん。なんでもない。」
「そうか。なら、また明日だな。」
「そうだね。おやすみなさい。」
「ああ、おやすみ。」
そして俺は一人、帰路につく。
火照った体にはひんやりとした夜の風が心地よかった。
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私はコウにいちゃんに悪いことをした。
これは、私のエゴであり、罪でもある。
1人の人の未来を消してしまったのだ。
神官にはあるまじき行為であり、また人としてもいけないことをしている自覚はある。
それでも私はこの道を選んだ。
本当は一つだけ剣士系職業があった。
しかしそれは、コウにいちゃんを人ならざるものに変えてしまうものだった。
それでも、彼なら迷わずその道を選んだだろう。
そんな想いから私はその未来を伝えなかった。
私は一生をかけて贖罪し続ける事にした。
大好きなコウにいちゃんに一つ嘘をついた。
その想いが私を締め付けると同時にこれからも一緒に居られる事に安堵してしまう。
私、本当は悪い神官なんだよ。