年貢の納め時がやってきました
どうやら俺には剣の才能がないらしい。
20年ただひたすら剣を振り続けてきたのだが、努力では超えられない壁というのはどこにでも存在するようだ。
この20年人の倍、いや、八倍ぐらいは剣の鍛錬に費やしてきた自信がある。
雨の日も風の日も素振りを欠かさなかったし、毎日魔物を切り続けてきた。
それなのに、才能という一言だけで自分の限界を決められてしまうなんて。
「…さん。コウエンさん!」
「おお、すまない。少し意識がそれていたようだ。」
「お気持ちはお察ししますが…それでも、これからの人生を左右する決断ですからしっかりと聞いていてください。」
「すまないな、シュルカ。もう一度説明を頼む。」
シュルカは、俺のような初級職のものですら無下にしない良い神官だ。
持ち前の愛嬌と人見知りしない性格から村人たちからの人気も厚い。
今ではシュルカに会うために転職を繰り返す輩もいるとか噂を聞いた覚えがある。
「全く。では、もう一度始めから説明しますよ。今度こそよく聞いてくださいね。」
シュルカは何度も言い聞かせるように俺に言う。これではどちらが年上なのかわかったもんじゃないな。
「コウエンさん。あなたは初級剣士の熟練度を12回限界突破し、初級剣士マスターの称号を与えられました。そうですね?」
シュルカは、再度確認するように聞き、俺は一つ頷いて返事を返す。
「初級剣士マスターというのは私も初めて聞きましたし、どんなものなのか想像もつきませんがどんな職業にもマスターは存在しています。そのどれもが熟練度を限界突破し、それ以上の限界突破が不可能なところまで至った証とされています。」
「おお。」
思わず感嘆の言葉を漏らしてしまった。
そして続いてよくもまぁ、初級剣士なんていう初級職に20年もつき続けたなぁと笑ってしまった。
「自分のことなんですから、笑ってる場合じゃありません。初級職のマスターなんてものはこれまでの歴史上あり得ないんですからね。もちろん12回限界突破するのも普通不可能なんですから。」
それもそのはず、限界突破というのは一回毎に必要経験値が跳ね上がる。10回を超えたあたりからは信じられない経験値を要求されたものだ。
「わかっている。説明を続けてくれ。」
「本当にわかってるんですかね。はぁ。」
シュルカは溜息を吐き何を言っても無駄だと感じたのか諦めた様子で説明を続けてくれた。
「それでですね、マスターの称号を冠するとそれ以上は決して熟練度が上昇しないんです。なので、もう諦めて転職しませんか?残念ながら剣士系職業は一切啓示がありませんがその他は有望なんですから。お家柄、剣士系にこだわるのは分かりますがここまでやったんです。剣士を諦めたって誰も文句なんて言いませんよ。」
俺の家系は代々国に使える騎士の家系である。それも、ただの平騎士ではなく師団長や騎士団長など挙句には剣聖も輩出している名門中の名門なのだ。しかも俺はその直系であり、ご先祖様はこのヴェイルン王国の最初の総騎士団長と来たもんだ。その上総騎士団長様の血が濃かったのか子孫は全員剣の使い手なのである。
「もう、32歳ですよ。それに、公爵家だってここ10年はコウエンさんに手紙すら送ってこなくなったじゃないですか。」
「そうだな。最後の手紙なんて、勘当通知みたいなものだったしな。」
「それは…」
シュルカは悲しそうな顔を浮かべて黙ってしまう。
俺なんかのために悲しんでくれて親身に相談に乗ってくれて本当にいい子だ。
実際最後の手紙が来た時落ち込んだ俺を励ましてくれたのもまだ10歳になったばっかりのシュルカだった。
あの時は、本当に自暴自棄になりかけてすんでのところで踏みとどまれたのだ。
俺も最初は期待されていた。
剣の覚えがよくすぐに初級剣士を卒業しゆくゆくは次代の剣聖ともてはやされていた。
しかし何年たっても初級剣士のままですぐに弟や妹たちに追い抜かされ名家の恥だと散々な言われようだった。
そんな恥を隠すため修行という名目でこの地に飛ばされたのだ。
今では弟のフェルナンドは剣聖、妹のユーベルは剣姫で王国でも重用されている。
「シュルカ。何から何まで本当にありがとう。」
感傷に浸っているからか口を突いたのは感謝の言葉だった。
シュルカは突然の事で目を大きく見開いて驚いている。
「突然どうしたのよ。もう。恥ずかしいからやめてってば。」
シュルカは俺の方をバシバシと叩きさっきまでの威厳のある神官様がどこかへ行ってしまったようである。
シュルカは公私の区別をつけるため口調を変えているのだ。これが素のシュルカである。
「おい、口調が戻ってるぞ。」
そういうとシュルカはハッとなりゴホンと一つ咳払いし、居住まいを正した。
「失礼しました。それで話を戻しますが、コウエンさん転職しましょう。それが神のお導きなのだと思います。それに、私もお手伝いしますから。」
シュルカの最後の言葉は擦り切れるようなか細い声で俺のことを親身に考える優しくも悲しい言葉に感じられた。
俺は目を閉じて考える。今までの鍛錬の日々。それはまさに人生そのものだった。それが苦ではなかったし、日々成長を感じそれが楽しくもあった。
家に縛られていたわけではなく剣そのものが好きだった。
30超えて転職なんて、普通どの神官もいい顔してやってはくれないだろう。
シュルカに終わらせて貰うのも、これもまた人生なのだろう。
「そうだな。シュルカの言う通りだ。新しい人生を初めてみるか。」
「コウエンさん。」
シュルカは感極まったようで頬を雫が撫でていた。
「シュルカがいなければこんな事を考えなかっただろうしな。シュルカに人生を任せてみるよ。」
こうして俺は転職する。