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第七話 騒音のお札

 翌朝、窓から差し込む光で僕は目が覚めた。

 

 シェラはもう起きているらしく、階下からは美味しそうな香りが漂ってくる。


「はふ……」


 ぐっと前足を突き出して背中を伸ばして、欠伸をこぼす。クッションの下から二つの箱を引っ張り出して少し眺めたあと、僕は部屋を出た。


「おはよう」

「ん、ふあ……。今日は起きたか」


 階段を下りると、シェラが竈の前で立っていた。頭だけをこちらに向けて、欠伸と共ににっこりとほほ笑む。これだけ見てみると、どこかの神話に出てくる聖女みたいだ。


 けれどど、昨日と同じ服装のままで、盛大に皺が付いている。銀色の髪はジャングルか鳥の巣みたいに散乱していて、青い瞳は今にも閉じそうだった。


「なんていうか……台無し……」

「どうかした?」


 本人はいたって能天気なものだ。すこしだけ首を傾げて、不思議そうに僕を見ている。


「はい、朝ごはん」

「ありがと!」


 出てきたのは、分厚いベーコンとこの前夕食に食べたのと同じスープだった。パチパチと弾ける油に、自然と目が輝く。


「おいしい!」

「ふふ、口に付いてるぞ」


 シェラの作る料理は、本当においしい。まだこの世界で口にしたのが彼女の料理だけだけど、前世の記憶も含めるならかなりの上位にランクインするおいしさだ。


「そうだオウカ。今日は店番はいいから、神殿へ行きなさい」


 ふとシェラが木匙を置いて、口を開いた。


「うん、なんで?」

「まずはその力について、巫女に調べてもらったほうが良い。扱い方が分からないままでは危険だろう?」

「うーん、分かった」


 僕が頷くと、シェラは懐からいくつかの硬貨を取り出した。歪な円形の錆びた金属だ。


「調査料だよ」

「ありがとう」

「大丈夫、ちゃんと給料から天引きしておく」


 シェラは白い歯を見せて笑った。


 朝ご飯を食べた後、水球の魔法で器を洗って、僕は店を出た。


「それじゃ、いってきます」

「神殿は大通りを広場に向かって進めばすぐだからね」


 硬貨の入った巾着を首から提げて通りへと出ると、ドアを開けてくれたシェラは心配そうに細い眉を寄せていた。


「うん、大丈夫。ちゃんと行けるよ」

「そうか。気を付けてね」


 僕が細い通りを抜けるまで、シェラの視線はなくならなかった。


 大通りに出ると、薄暗い路地裏の様相から一転して、眩しく活気にあふれていた。左右には露店が並んで、色とりどりの人外たちが重い思いの方向へ歩みを進めている。

 僕はさっきシェラに教えてもらった通り、街の中心にある大広場に頭を向けた。

 人混みの中を歩く時、子猫の小さな体は便利だ。大柄な種族が通れないような隙間でもするすると走り抜けて、結果素早く移動できる。


 ものの数分で、神殿のある大広場までたどり着いた。活況は増し、増えた密度はぐっと熱気を醸している。広場の向こう側に、大きな白い神殿の荘厳な建物が見えた。

 石畳の上をとっとこ走って神殿へ続く大階段の前までやってくると、階段の高さが右から左に行くにつれて高くなっているのに気付いた。一番右はつるりとした凹凸のないスロープになっていて、左端は僕が後ろ足で立って背伸びしても届かないくらい高い。

 これも、たくさんの種族が共存する迷宮街ならではなんだろうね。


 爪を少しだけ立てて階段を駆け上る。六本の太い柱に支えられた、屋根の下まで登り切ると、眼下には広大な街並みが広がっていた。


「おおー!」


 大広場を中心にして、三つの大通りが放射状に延びていて、そこから無数の路地が枝分かれしている。そして、街の端はぐるりと崖で覆われて、崖はある高さから色を変えて空になっていた。


 ひとしきり街の様子を楽しんだ後、エントランスに入る。ここにも多くの魔獣たちが詰めかけて、ざわざわと騒々しかった。

 列に並んで待っていると、ほどなくして受付にたどり着いた。ミリカさんと同じ服装のお姉さんが、白い石造りのカウンターごしに僕を見下ろした。


「神殿へようこそ。ご用件はなんでしょうか?」

「すみません。僕の持ってる力について調べてほしいんですけど」

「そうでしたか。おめでとうございます。審判の儀の時に担当した神官は誰でしょう?」

「ミリカさんです」

「分かりました。 ……では、この札を持ってお待ちください」


 いくつかの質問のあと、お姉さんが身を乗り出して、一枚の白い札を手渡してくれた。それを口で受け取って、一旦床に置いて前足で抑える。


「お客様の順番が来ますと、その札が光って震えて触れている人にだけ聞こえるようにけたたましい音を立てます。そうしたら、札を三回叩いて下さい。部屋番号が表示されますので、そちらへ向かってください」

「わ、分かりました」


 何が何でも絶対に知らせてくれる不思議な札らしい。


 僕はそれを大事に加えて、壁際のソファへ移動した。


 神殿の壁際には、ソファがずらりと並んでいて、テーブルも揃っている。片隅には軽食を売ってる売店もあるらしくて、神殿自体に用もない人も休憩がてら立ち寄っているみたいだ。日陰な上に入口が大きいから、涼しい風が入ってくるらしく、寝ている魔物も多く見かけた。


 トカゲみたいな赤い鱗の大きな魔物と、もっと大きな熊みたいな魔物の間に丁度いいスペースがあったから、そこに潜り込む。熊さんのふわふわの肩にトカゲさんが頭を乗せて、トカゲさんのひんやりしてそうな頭に熊さんの頭が載っていた。


「なんか、この密閉感が落ち着くなぁ」


 いわゆる香箱座りで待機する。


「ふぁ……」


 薄暗くて涼しい狭い場所で落ち着いたせいか、だんだんと瞼が重くなってきた。この人数だと呼ばれるのも先だろうと思って、僕は眠気に身を任せることにした。


「うあああっ!?」

「ふにゃっ!!?」

「痛ってぇ!」


 眠りに落ちたとたん、頭上の雄叫びで飛び起きた。

 慌ててソファから飛び降りて状況を把握する。


 トカゲさんが申し訳なさそうに、頬っぺたを抑える熊さんに頭を下げていた。そんなトカゲさんの手には光って震える白い札が握られていた。

 つまり、トカゲさんの持ってた札が役割をはたして、その音でトカゲさんが飛び起きた結果、熊さんの頬っぺたにトカゲさんの尖った背びれが刺さったらしい。なんという連続コンボ。下手すると僕なんか、押しつぶされていたかもしれない。


 幸い、熊さんもそこまで怒っているわけではないらしく、穏便にすみそうだった。


 トカゲさんが尻尾を引きずって神殿の奥へと向かった後、僕と熊さんは座り直して、またこっくりこっくりと船をこぎ始めた。




「ふにゃあああ!」

「ひっ!?」


 今度は真横で雷が落ちたかのような大きな音で目が覚めた。慌てて周囲を見渡せば、さっきの熊さんが驚きに満ちた表情で僕を見下ろしていた。

 ふと足元へ視線を落とすと、光って震える白い札。

 ポンポンポンと三回叩くと、部屋番号らしい数字が表れた。


「……呼ばれてるみたいだな」

「……ごめんなさい」

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