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王都へ  作者: 待宵月
72/73

72.精霊の国。

 シュティルは両腕でしっかりとリリアを抱き締めた。

 だが、不意に顔を上げる。


「……君も、そこにいるのだな? クロウ」


 リリアの背後、霧の中に向かってシュティルが問う。真っ白な霧を切り裂くように黒い人影が現れた。髪まで黒く、まるで影が人型を取ったような姿の青年クロウだ。

 クロウはシュティルに目礼する。

 シュティルは腕の中のリリアに視線を戻した。


「……リリア。後は私達に任せて、このままクロウと共に城へ戻りなさい」


 リリアがふるふると首を振る。


「シュティル国王、このまま悠長に進んでいては間に合わない」


 リリアの代わりにクロウが口を開いた。


「陛下に対し、何と無礼な!」


 ユーリックが怒りを露わにする。クロウはそんな彼を一瞥し、シュティルへ視線を戻した。


「本当の事だ。おまえの主は分かっていると思うが?」


 男達の間にピリリととした緊迫した空気が流れる。


「……そうだな。だが、飛んで行くわけにはいくまい」


 静かにシュティルは応じ、苦笑する。


「陛下!」


 ユーリックが顔色を無くす。


「奪われたものは取り戻さねばならない」


 つまり砦は落とされる事は避けられないという事だった。


「お義父様」


 リリアが腕の中でシュティルを見上げていた。真っ直ぐな緑の瞳がシュティルを射抜く。


「精霊の国を通れば早く砦に着くことができます」

「精霊の国……?!」


 リリアの思いもよらぬ言葉に、ユーリックだけでなくシュティルまでもが呆然と言葉を繰り返した。


「精霊の国に……」


 行けるはずがないと言いかけて、シュティルは言葉を濁した。リリアの目が冗談などで言っていない事がわかったからだ。


「心配しないでください。精霊が導いてくれます!」


 リリアはシュティルの躊躇する理由が分かっているのだろう。さらに言い募る。

 だが、あまりに信じがたい内容に、さすがのシュティルもすぐには言葉が出ない。と、その時、霧が少し薄くなった先に立派な角を持つ牡鹿が現れた。まるでリリア達を待っているかのようにこちらをじっと見つめている。隣にいたユーリックのほうがすぐに反応し、悲鳴のような声を上げた。


「陛下! なりません! 精霊の国など! 恐ろしすぎます!」


 リリアは顔を曇らせたが、縋るようにシュティルの胸元に縋る。


「私を信じてください! これしか方法がありません! 敵に気付かれずに東の砦の少し離れた東側へ出る事ができるのです!」

「……リリア、精霊の国を通れば、どのくらいで砦へ到着するのだい?」

「半刻もかかりません」

「半刻……?!」

「はい。私とクロウは精霊の国を通って来ました。そして、無事にここにいます!」

「そうか。分かった」

「陛下!!」

「ただ、気をつけなくてはならない事はあります。精霊の国を通る間は兵達に必ず私たちの通った後をついて来てくるように、絶対に道を外れないように伝えてください」


 ユーリックは可哀そうなほど蒼ざめている。常識ではありえない事なのだから仕方がないのだろう。

 一方のシュティルはすでに冷静さを取り戻していた。やはり精霊の末裔であることも一因であるのかもしれない。

 それよりも何よりも、彼らには悠長に考えている暇などなかった。


「ユーリック。全兵へ私の後を遅れないようについて来るよう厳命を出せ。すぐに出発する」

「……承知いたしました」


 さすがシュティルの右腕の男である。ユーリックはすぐに各隊長達のところへ向かった。


「お義父様、ジェラルドが私を逃す為に負傷しました。私が砦にいる間、彼は意識がありませんでした。意識が戻っても、きっと自分を責めるのではないかと心配なのです。どうか彼を救ってください」

「分かった。心配しなくともよい」

「ありがとうございます。お義父様」


 もう一度、シュティルはリリアをしっかりと抱きしめた。


「陛下! 準備が整いました」

「では、出発する!」


 シュティルはリリアを見下ろす。


「リリア、案内を頼む」

「はい。お義父様」


 すでに騎乗していたクロウがシュティルから離れたリリアの体を掬い上げた。

 馬上のリリアを見上げるシュティルの瞳が揺れた。彼の第六感が警鐘を鳴らす。


(リリアは手の届くところにいる。だが、この嫌な胸騒ぎは何だ?)


 シュティルは無意識に胸元を握り締める。

 だが、今はリリアの義父という立場でなく、この国の王として判断せねばならなかった。


読んでくださりありがとうございます。

待っていてくださったみなさん、大変お待たせいたしました。感謝いたします。

楽しんで頂けると嬉しいです。

これからもどうぞよろしくお願いします。

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