70.白い霧。
ガルロイとルイ、そしてシャイルは、ジェラルドの奇襲部隊の後に続き門から飛び出した。部隊を離れる間際、まだ遠くにいるボルドビア軍の姿に視線を向けたガルロイは、彼らが真っ向から突撃すると見せかけて、巧妙に陣営を変えつつあることに気付いた。
(罠だ!)
ガルロイは先頭を走るジェラルドの元へと駆けた。
「! 団長?」
「ガルロイ殿?!」
背後から困惑するルイとシャイルの声が聞こえる。
だが、今はその声に応じる余裕はまったくなかった。
「ジェラルド卿!」
ガルロイは騎乗したままジェラルドの横へと馬を寄せる。
「奴らは陣営が整っていないように見せかけて我々を誘い込むつもりです。このままでは、この隊は敵の陣営に一気に呑み込まれてしまいます!」
「! やはり、そうか……」
すぐさまジェラルドが片手を上げる。
「全員、止まれ!」
制止を命じるジェラルドの声に、奇襲部隊が進軍を止めた。
だが、ボルドビア軍は悟られたことに気付くと、すぐさま攻撃に転じてきた。
「くっ! 敵の動きが早い!」
ジェラルドの声に焦りが滲む。すでに奇襲部隊を反転させ砦へ引き返しているが、このままでは最悪の場合、開いた門の中へ敵も雪崩れ込んで来る可能性があった。
「!」
突然、ガルロイを含め、奇襲部隊が乗っている馬達が速度を落とした。どの馬も落ち着きがなくなりぶるぶると頭を振ったり、棹立ちになったりするものまでもいる。何かを感じ取っているのだ。乗っている者達の不安が分かるのかもしれない。
「ジェラルド様! 馬達が酷く怯えています!」
騎士達に動揺が走る。このままではすぐにボルドビア軍に追いつかれてしまうだろう。一歩も動かなくなってしまった馬達に、もう駄目だとこの場にいた全員が思った。
ボルドビア軍は歓声を上げて、ジェラルドの率いる騎士達に向かって容赦なく襲い掛かってきた。
その時、真っ白な霧が森の中から溢れ出て来る。その様子は、まるで襲い掛かってくるボルドビア軍からベルンシュタインの騎士達を庇うかのように見えた。
一瞬で敵の姿が見えなくなる。
「! 何だ?! この霧は……?!」
「団長!」
「ルイ! 動くな!」
辺りを真っ白な霧に覆われ、方向さえまったく分からなくなっていた。馬達だけでなく騎士達も、敵に襲われる恐怖から今度は得体のしれない不安に襲われる。普通の霧では無い事をガルロイ達も感じ取っていたからだ。
だが、どうやら動揺しているのはガルロイ達だけではなかった。霧の向こうからボルドビア兵達が酷く怯えるざわめきがもれ聞こえてくる。
ジェラルドは声を張り上げた。
「全員、動くな! この霧の中では無暗に動くと怪我だけではずまないぞ!」
ガルロイ達が息を詰める中、森の方から霧が徐々に薄れはじめる。
「! あ、あれは……?!」
恐らくこの場にいた者だけでなく、砦から奇襲部隊の姿を見守っているすべての者達が驚愕していたに違いない。
ボルドビア軍にとっては正面、ガルロイ達を守るように忽然と姿を現したのは、十数騎の騎馬隊の姿だった。彼らが乗るすべての白い馬達には額に金色の一本の螺旋状の筋のついた角がある。
「……森の精霊──」
誰かが呟く。その声は畏怖で震えていた。それは当然のことであった。
ベルンシュタイン国の民にとっては伝説であり、崇拝する存在。他国では神と同等の存在だからだ。
崇め奉る存在が今、まさに目の前に忽然と姿を現したのだ。精霊達は皆、自ら不思議な光を放っているように見える。彼らの恐れさえ抱くほどの美しく眩い姿にガルロイ達は言葉を失い、ただ見惚れた。
だが、一方のボルドビア軍にとっては、恐怖でしかなかった。ほんの少し前まで異形のもの達の襲撃を受けたばかりだ。再び陣形は崩れ始め、大混乱に陥りはじめた。
さらに、追い打ちをかけるように、砦の方から歓喜に沸き返る叫び声が上がったのだ。
「あれを見ろ!」
「あれは援軍だ! 国王軍が駆けつけて来てくれたぞ!」
ベルンシュタイン国の王都の方角に国王軍の旗を掲げた隊列がこちらへ向かって来る。こうなってはボルドビア軍に勝ち目はない。撤退を余儀なくされたボルドビア軍の兵達は、規律など完全に無視して我先にと逃げ始めた。
這う這うの体で逃げていくボルドビア軍の姿を目の端に捉えながらも、ガルロイ達は追撃するどころかまったく動けずにいた。森の精霊達の中から明らかに他の者達とはかけ離れた存在感を放つ者が一人、ゆっくりと進み出てきたのだ。
その者は、金の額飾りを付け、脛と腕には金色の防具を付けていた。彼が纏う白いマントの下には戦闘には不似合いな柔らかそうな風合いの白い衣装が見える。
ガルロイ達を見つめる瞳は目に焼き付くような瑠璃色。
精霊王
ガルロイは直感でそう感じた。
(間違いであるはずがない)
畏怖しながらもこの世のものでない究極の美しさに目を奪われる
「!」
ふいに精霊王の背後から影のように黒い馬が一騎姿を現した。ガルロイはさらに目を見開く。その馬に乗っているのは、ガルロイが良く見知った人物、クロウだったのだ。彼の前には青い衣装を纏う金色の髪の少女が座っている。
「リ、リリア……」
シャイルが声を震わせる。
「動いている……。 無事だったんだ! やっぱり、クロウが……! 姫様!!」
隣で歓喜するルイの涙に濡れた声を聞きながら、ガルロイの目からも熱い雫溢れ、頬を伝っていく。ガルロイは流れ落ちる涙を拭うこともせず目の前の奇跡に心を震わせていた。
読んでくださりありがとうございます。やっとリリアとクロウが出てきました。主人公って誰だっけ?と思えるほど出てこなかったですね。すみません。ここまで読み続けてくださった皆様には感謝しかないです。本当にありがとうございます。どうか終わりまでお付き合いいただけると嬉しいです。宜しくお願いします。




