65.誰にも奪われないように。
自分の内なる精霊の暴走を止めたリリアは……。
まるで幻であったかのように、異形のものがキンッと高く澄んだ音を響かせながら次々と姿を消していく。
リリアが内なる精霊の暴走を食い止めた証だ。
クロウはリリアが乗る異形のものの下で、彼女の身を心配しながら幻想的なその様子を食い入るように見つめていた。
異形のほとんどのものが消えた後、最後にリリアがいる異形のものも他と違わず光が弾けたようにキラキラと煌めきながら消えてゆき、彼女の小さな体が宙に投げ出された。真っ逆さまに落ちてくるリリアの体を無謀にも受け止めようと、クロウは駆け出していた。
「リリア!」
クロウは大地にしっかりと立つと、両腕を大きく広げた。不思議な事に、心はとても静かだった。リリアがクロウを見つめている。彼女の手がクロウへ伸ばされた。
「クロウ!」
リリアがクロウの名を呼ぶ。
その途端、リリアの体がふわりと浮いた。まるで雪のようにゆっくりとクロウのところへ舞い降りて来る。自分の腕の中に戻ってきたリリアをクロウは抱きしめた。その存在を確かめるように強く。彼女の温もりが夢でないと教えてくれる。
「リリア……」
突然、轟音とともに突風が森を吹き抜けて行く。咄嗟にリリアの体を庇うようにクロウはうずくまり、瞼を閉じる。風は飛ばされるのではないかと危惧するほどの強さだった。風が止み、クロウは目を開け、驚く。
いつのまにか、森を焼き尽くすほどの炎が消えていたのだ。
「リリア?」
だが、クロウは悠長に驚いている暇など無かった。疲労のせいか、リリアは意識を失っていた。クロウは辺りに鋭い視線を向ける。今は悠長に驚いている暇など無かった。異形のものが消え、さらに炎が消えた今、次に恐ろしいのは敵兵だ。
異形のものに襲われ、どれほどのボルドビア兵が残っているのかは分からないが、意識を失ったリリアを腕に抱きながら戦う事は避けたかった。
「シェーン!」
クロウは愛馬の名を叫んだ。
すぐに嬉しそうな嘶きが聞こえ、彼の髪と同じ色の黒毛の美しい馬が駆け寄ってくる。クロウはシェーンの背にリリアを乗せ、自分もすぐに飛び乗る。
そして、黒曜石のような瞳を空に向けた。いつの間にか空一面を覆っていた重い雲が消え、凍ったような月が辺りを静かに照らしている。
(どこへ向かう?)
腕の中でぐったりと目を閉じているリリアを見つめる。
「リリアが望むままに……」
クロウは砦へと馬首をめぐらす。
だが、すぐにクロウは動きを止めた。その表情は酷く険しい。鋭い眼差しを前方に向ける。
炎で焼かれ、黒く焼け焦げた木々が乱立する中、空気が揺れ騎影がゆっくりと姿を現した。月光の下、照らしだされたのは、額に一本の金色の角が生えた白馬に乗った男の姿だった。純白のマントを纏い、白く柔らかな衣装に身を包むその男の容姿の美しさは人を超越している。煌めくのは彼の纏う気か、彼自身なのか。まるで幻でも目にしているようなその姿にクロウは息を飲む。男の背後には同じような様相の者達が、彼を守るように控えていた。
クロウはこの者達に見覚えがあった。
「……精霊王」
男の正体を呟くクロウの声には、畏怖と不安とが入り混じっていた。
(精霊王が、なぜ……?)
「人の子よ」
張り詰めた気を纏うクロウに対し、精霊王自ら声を掛けて来た。クロウはいつもより激しく打つ自分の鼓動を感じながら精霊王を見つめる。誰にもリリアを奪われないように、クロウは彼女を抱きしめている腕の力を強めた。
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