59.誓い。
甘い一時を過ごすクロウとリリア。リリアが望むこととは…………。
クロウは思わず息を飲む。
『リリアの望みは何だ』
そう問いかけた時、クロウの腕の中で再び見上げてきたリリアの顔は、不安にただ震えていただけの少女のものではなくなっていた。
とても美しく、気高い、一国の運命を背負う者のもの。
「………東の砦を、この国を、私は、守りたい。だから、砦へ連れて行って欲しいのです」
真っすぐな眼差しで、リリアは望みを口にした。
クロウは目を閉じる。
当初、リリアが無理やり犠牲を強いられていると思っていた。
だが、彼女自身が言うように、自ら危険に飛び込むような無茶な作戦は、本当に彼女の案だったのだろう。共に旅をしたクロウは、リリアがどんな少女であるかを知っている。自分が犠牲になることを厭わない。そんな少女だ。
だからこそ、そんな一国の王女を危険にさらすという無謀な作戦を実行に移させた今回の作戦の阿呆な指揮官を一発殴らずにはおれないと思っていた。
しかし、
『………東の砦を、この国を、私は、守りたい。だから、砦へ連れて行って欲しいのです』
そう心の内を告げられ、駄目だと言えない自分がいる。
どこか遠くへ連れて行って欲しいとリリアが言ってくれたら、どれほど嬉しかっただろうか。そうすれば、この華奢な身体をこの腕に抱き、誰も知らない土地へ向かってすぐにでもシェーンを駆けさせていた。
リリアを連れて逃げるには、今この時が最大の好機だった。姿を消した王女は冷たい激流にのみ込まれ死んだのだと皆が思い、追われることもない。
だがしかし、彼女はブレなかった。
あれほど恐ろしい目にあったというのに、戦場へ自ら戻ることを望んでいる。
再びクロウが目を開けリリアを見つめれば、翡翠色の美しい瞳が揺れていた。
「ごめんなさい……」
「リリア………」
突然謝罪され、クロウは困惑する。リリアの瞳から涙が流れ落ちた。
「守りたいって言いながら、私は剣さえ持つことができない。何の役にも立てないって良くわかっているの。でも、砦に戻りたい。そうすれば、少しは役に立てることを見つけることができるかもしれないから。……これは私のわがまま。そのわがままに、クロウを巻き込もうとしている──」
クロウは言葉を失う。
「ごめんなさい。でも、クロウにしかお願いできない……」
(俺も、とんだ大阿呆だな)
「来るな、と言っても、俺はもうリリアのそばを離れるつもりはない」
「クロウ………」
「ほら、そんな顔をするな」
そう言いながらクロウは両手で瞳を潤ませているリリアの頬を包む。ひんやりとした肌がクロウの体温に触れてゆっくりと温もりを帯びてくる。リリアはその温もりを確かめるように目を閉じ、クロウの手に自分の手を重ねてきた。
リリアを愛しいと思う気持ちは益々深まるばかりだ。もう彼女無しで生きていくことなどできないと、身に染みて分かっている。
クロウは彼女の鼻先にワザと軽く音をたてて口づけた。
「!」
驚いたリリアが自分の鼻先を押させて目を真ん丸にして見上げてくる。今度は、その柔らかな唇にクロウは自分のそれを押し当てた。真っ赤になったリリアの顔を見て、クロウは満足そうに微笑む。
そして、小柄な体を抱きしめたままクロウは軽々と立ち上がった。
「きゃっ!」
小さく悲鳴をあげ、リリアはクロウの首に慌ててしがみ付いてきた。その体を再度強く抱きしめると、クロウはリリアを地面にそっと下ろす。
そして、足元に落ちてしまっていたマントで彼女の体を包んだ。
「クロウ?」
リリアに背を向けた途端、不安そうな声がクロウの名を呼んだ。
クロウは振り向く。
「リリアの服を取りに来ただけだ」
そう説明すれば、途端にほっとした顔をする。
また自分を置いてクロウがどこかへ行ってしまうと思ったのかもしれない。何も告げず置き去りにしたことでどれほど彼女を傷つけたのかを思い知らされる。
焚火の近くに広げていたリリアの服は不思議なほど綺麗に乾いていた。クロウが焚火に視線を向けると、まるでその存在を見せつけるように、炎が大きくなった。
リリアのことを心配していたのは、どうやら自分だけではないようだ。
「ありがとう。助かった」
そう呟けば、まるでクロウの言葉に反応するように、再び炎が大きく揺らめく。
(俺を信じ、リリアをゆだねてくれているということか)
クロウは改めて、覚悟を決める。
ずっと待っていてくださった方々、大変お待たせいたしました。見捨てずに読んでいただけることに感謝しています。ありがとうございます。そして、はじめて読んでくださる方々、はじめまして。楽しんでいただけたでしょうか? ずっと眉間に皺を寄せていそうだったクロウがあまりに幸せそうで、話の進展よりも、クロウとリリアの話になってしまいました。では、また続きを読んでいただけるとありがたいです。よろしくお願いします。




