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王都へ  作者: 待宵月
58/73

58.二人。

戦闘の中、つかの間の幸せを二人は噛み締める。

パシッ


 焚火の中で熱せられた木の枝が、大きな音をたてて爆ぜる。

 その音で、リリアは目を覚ました。

 だが、瞼が酷く重く、体中が痛くて、目を開けるどころか、僅かに動かそうとしただけで、思わず唇の間から呻き声が零れてしまう。


「う、ううっ……………」

「リリア?」


 とても近くから声が聞こえてきた。耳に心地よい低めの若い男の人の声。その声にリリアははっとする。


(この声……!)


 ずっと待ち望んでいた人の声だった。何度も夢にまで見た。そう、何度も…………。

 リリアは急いで目を開ける。霞んだ視界の中に、ぼんやりと人影が現れた。徐々にはっきとしていく輪郭に、唇が震えだす。


「─────クロウ…………なの?」


 零れ出た問いかけには不安と期待が混じる。

 もし、また夢ならもう耐えられる自信がなかった。それほどに、身も心もボロボロになっていた。


「ああ」


 返答は、とても短いものだった。

 だが、リリアの心を歓喜で震えさせるには充分な力があった。


「クロウ!」


 全身の痛みを凌駕するほどの喜びがリリアを突き動かす。小さく震える手をクロウへ伸ばせば、逞しい腕がリリアの気持ちに応えるように彼女の体を強く抱きしめた。体を包みっこむクロウの温もりが夢ではないのだと教えてくれる。

 

「……会いたかった」

「俺もだ──」


 この時、二人にこれ以上の言葉は必要なかった。

 抱きしめ合い、唇を重ね、お互いの存在を確かめ合う。

 今までバラバラになっていた心と体が、やっとひとつになったようにリリアには感じられた。

 二人を照らす焚火の炎が揺らめき、岩肌に映し出された重なる二人の影がまるで踊っているかのようにゆれる。

 どれほどの時が経ったのだろうか。

 再び木の枝が爆ぜる音で、リリアはゆっくりとクロウにしがみ付いていた腕を解き、僅かに体を離す。その拍子に、二人を包んでいたマントがはらりと地面に落ちた。


「!」


 リリアは目を大きく見開き、すぐに頬を染めると両手で顔を覆う。先ほどまで彼女がしがみ付いていたクロウの上半身は裸だったのだ。

 そして、自分も見覚えのないぶかぶかの肌着を一枚身に着けただけの状態で、クロウに抱きかかえられていることに改めて気付くと、真っ赤になっていた顔が一気に蒼ざめていく。

 突然、おろおろとし始めたリリアの体を、クロウは再びマントにくるみ自分の腕の中に閉じ込めてしまう。

 そして、動揺しているリリアをまるであやすように彼女の髪を優しく撫でる。


「川へ落とされたことは、覚えているか?」

「……」


 クロウの問いかけにリリアは答えることができなかった。その時の恐怖が鮮明に蘇って来て、思わず身を震わせ、目を固く閉じる。


「濡れたままにしておくことは出来なかった。それで、この方法しか思い浮かばなかったんだ。すまない」


 律儀にクロウは謝罪を口にする。


(謝る必要なんてないのに…………)


 ボルドビア兵によって荒れ狂う川の中へ投げ込まれたリリアを、クロウが助けてくれたのだ。あの刺すような水の冷たさを鮮明に覚えている。今こうして生きていることは奇跡だった。

 リリアは自らそっとクロウの胸に頬を寄せた。彼の心臓の音が心地いい。クロウの腕の中にいるだけで、不思議と不安が和らいでいく。

 きっと、ここがリリアにとって一番安心できる場所だからだ。

 

「──────行かなくちゃ」


 クロウの温もりを感じながら、リリアは呟いた。

 ゆっくりと顔を上げれば、クロウの美しく宝石のような黒い瞳がじっとリリアを見つめていた。その瞳に不安そうな自分の顔が映っている。

 本当はずっとこのまままどろんでいたかった。

 だが、リリアには、まだやらねばならないことがある。


「リリア………」


 クロウの表情が陰った。


「一つ、聞かせてくれ。なぜ、あの橋の上にいた?」


 リリアははっとする。

 確かに、クロウには何の状況も説明していなかった。恐らく、戻ってきたばかりのクロウは突然戦闘に巻き込まれ、きっと困惑しているに違いない。


「ボルドビア国が突然攻めてきて、戦闘がはじまってしまったの。どうしてもボルドビア軍を橋の向こうへ引かせてたかった。それで、私が考え付いた作戦にみんなが協力してくれたの」


 しばらくの間、二人は無言で見つめ合う。

 

「……………分かった」


 静かに、クロウが応じる。

 上手く説明ができなかったけれど、クロウにはリリアが言いたいことは分かったようだ。リリアが微笑むと、クロウは再び強くリリアの体を抱きしめた。

 

「リリアの望みは何だ?」


 頭の上から、迷いのない力強い声が聞こえてきた。


(私の、望み…………)


 リリアは顔を上げる。

 この時、リリアには自覚はなかったが、その顔はただの少女のものではなく、一国の王女の顔であった。

読んでいただけて嬉しいです。ありがとうございます。やっぱり二人一緒がいいですね。また、続きを読みにきていただけるとありがたいです。

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