53.国境。
捕らわれた兵士達を救い、これ以上流血が起きないようにするために敵国へ向かうリリア。それを止めることが出来ずに苦悩するガルロイとルイ。もうどうすることも出来ないのか………。
ベルンシュタイン国とローラン国との境を流れる川に架かる橋を挟み、ベルンシュタイン国の騎馬百騎とボルドビア国の一万もの兵が対峙していた。
ボルドビア軍の前には捕虜になったベルンシュタイン国の兵士達が集められている。
「どうなんだ? まだ分かんないのか?!」
ルイが感情も露わに声を上げた。捕虜となった兵士が身内だと言った者達が俯く。
「ルイ……」
ガルロイは震えるルイの肩を掴んだ。彼の怒りと焦りはガルロイには手に取るように分かっていた。
それは、ガルロイも同じ気持ちだったからだ。近づきさえすれば、すぐに捕らわれた兵士達が偽物だと判断できると踏んていた。
だが、川向こうにいる兵士達は全員俯いたままで、誰も偽物だと判断出来ずにいた。
もちろん、彼らの気持ちも分からないではない。捕らわれた兵士達が偽物ということは、親や子、そして兄弟の死が現実となってしまうのだから。
「………ガルロイ、降ろしてください」
静かな声が降ってきた。
「姫様───」
ガルロイは馬上の王女へ視線を向けた。
「ボルドビア軍はこちらの要件を飲み、川向こう側まで後退してくれました。ベルンシュタイン国の王女として、約束を違えることは出来ません」
「でも! それは姫様を…………」
ルイは、すべてを言い終わるまえに、震える唇とぎゅっと噛み締め、まるでリリアを視界から振り切るように顔を横に向けてしまった。リリアはそんなルイの姿を悲し気に見つめる。
「ルイ……。ガルロイも、あなた達には、いつも心配ばかりかけてしまっていますね」
リリアがガルロイへ手を伸ばしてくる。その指先は、大量の薬を作ったために緑色に染まっていた。ガルロイの心臓が握り絞められたように痛む。
(何か、何か良い策はないのか?)
断腸の想いで馬上からリリアが降りるのを手助けしながら、ガルロイはまだどこか幼さが残る王女へ尋ねる。
「………本当によろしいのですか?」
ガルロイを見つめる翡翠色の瞳が揺れる。言ってしまってからガルロイは自分の馬鹿さ加減を呪った。
(いいはずがないではないか!)
だが、リリアは寂し気に微笑んだだけで、しっかりと頷いてみせる。すでに覚悟を決めているのだ。
「どうかしら? 王女らしく見えていますか?」
地に足をつけた途端、リリアはまるで心の内を見せないように明るく言った。リリアは兵士達の治療に駆けずり回っている間、砦で働く女性達と同じお仕着せに身を包んでいた。
だが今は、王都を出発した時に身に着けていた青い色の衣装に着替えていた。
「───姫様はどんな姿でも姫様だよ……」
誰もが口を噤む中、ルイがリリアに告げる。その顔は強張っていた。笑顔を作ろうとしたのだろうが、上手くいかなかったのだ。ここ数日、太陽のように明るいルイが笑顔をまったく見せていなかった。
「ありがとう………ルイ」
リリアがルイに感謝の言葉を口にする。ちょうどその時、背後の騎士達がどよめく。
「動いたぞ!」
橋の向こうで、捕らわれていた兵士達が立ち上がる姿が見える。血がこびりついた甲冑を揺らしながら、ある者は足を引きずり、またある者は仲間の体を支えながら、ゆっくりとこちらに向かって歩き始めた。
だが、やはり誰も顔をあげることはない。
ベルンシュタイン国の国王が不在の今、王女であるリリアとボルドビア国の軍の指揮官との間で取り決めた約定では、この橋の上で、リリアと捕虜となったベルンシュタインの兵士達が入れ替わるのだ。リリアを手に入れたボルドビア軍はそのまま兵を引き、自国へ戻るというものだった。
「……これ以上誰の血も流すわけにはいきません。では、行ってきます」
リリアがそう告げれば、ベルンシュタインの騎士達は、全員膝を付くと、右腕を胸の前に置き、頭を垂れた。ベルンシュタイン国では、国王の前でのみする最敬礼であった。
突然、その中から、一人の騎士が飛び出してきた。
「王女様! お許しください! 私は、私は───」
以前、リリアに『兄を助けて欲しい』と懇願した若者だった。額を地に付け、声は涙で濡れていた。
「大丈夫です。きっとお兄さんは生きていますよ」
リリアは蹲る若者の背を優しく撫でた。
そして、再び顔を上げると、しっかりとした足取りで、歩き出したのだった。
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