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王都へ  作者: 待宵月
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5.盗賊たちの村

リリアとクロウが出会ってから初めて離れ離れになります。リリアsideの描写のみとなります。

(怖い………怖い、助けて、クロウ!)


 知らない男の馬の背に、リリアはまるで荷物のように乗せられていた。クロウと引き離され、どこへ連れて行かれるのかさえ分からない。恐怖のあまり涙が止めどなく溢れてくる。


(クロウ……)


 最後に目にしたクロウは、大きな剣を持った男達に取り囲まれていた。彼が強いとは聞いている。

 だが、体調はまだ回復していない。


(そんな状態で、たった一人で戦っているんだわ……)


 脳裏に蹲って苦しんでいたクロウの姿が過ぎる。リリアはぐっと頭を上げ、目の前の景色に濡れた瞳を向けた。その目には強い意志の力が宿っていた。


(隙を見つけて逃げ出そう。この道を辿ってクロウの所へ戻らなくては……)


 もしかしたら、怪我をして苦しんでいるのかもしれないのだ。道を覚えるために目印になりそうな岩や変わった木があれば目に焼き付けて行く。時折体をねじって藻掻いてみたが、体を締め上げている縄が緩むことも無かった。流れて行く景色と同じだけ時間もどんどん過ぎて行く。気が付けば太陽はずいぶんと西へ傾いていた。前方を見れば、木々の隙間から簡素な家が見えはじめた。 


「小僧、着いたぜ」


 リリアが連れて来られたところは、どうやら盗賊達が住む村のようだった。彼女が住んでいた村より僅かに家の数が多いくらいの小さな村だ。

 だが、リリアの村とは違い、どこか暗い雰囲気を漂わせている。彼女の村では夕暮れ時になると、子供に帰宅を促す声や家々からは温かい笑い声と夕食の用意をする美味しそうな匂いがあたりを包んでいた。なのに、ここには人の気配はするものの、姿はおろか声さえどこからも聞こえてこない。

 おそらく、どこかで息をひそめてこちらの様子を覗っているのだろう。そんな不気味な雰囲気が漂っている。


「暴れたって無駄だからな。痛い目に遭いたくなければじっとしていろ」


ガタッ! ガタンッ!


「きゃぁっ! イルゼ? イルゼ! イルゼ!!」


 男が無造作にリリアを馬から降ろしたその時、一軒の家から大きなもの音が聞こえたかと思うと、すぐさま女性の悲鳴のような叫び声が聞こえて来た。誰かの名前を呼び続けている。


「な、何だ?」


 リリアをその場に残し、男は声がした家の中へ駆け込んで行った。


「どうしたんだ?」

「ゾル! 助けておくれよ! うちの子が何かを喉につまらせたみたいなんだよ!」


(喉に詰まらせた?)


 後ろ手に縛られた状態のまま、リリアは男の後を追う。

 家の中ではゾルと呼ばれた男が彼の太ももの上に三歳くらいの男の子を乗せ、その子の頭を下向きにしたまま背中を叩いている。その横では泣きながら子供の名前を呼び続けている母親らしき女の姿があった。


「おおっ! 出たぞ! こいつは木の実を詰まらせていたみたいだな!」


 男の子の口から出て来た木の実をつまみ上げ、ゾルは満足そうに大声を上げた。


「え? イルゼ? イルゼ?! ゾル! イルゼが息をしていない──」


 

 だが、ぐったりとしたままの子供を抱きしめる母親は、蒼ざめた顔で縋るようにゾルに見つめている。その声は子供を失うかもしれない恐怖で震えていた。確かに、男の子はピクリとも動かない。ゾルも信じられないという表情を浮かべている。

 しかし、すぐさま母親から子供を奪う様に取り上げると、男の子を床に寝かせ、その小さな胸に耳を当てる。


「! なんてことだ! 心臓の音も聞こえねぇ!! 畜生っっ!」


 混乱からか、ゾルは立ち上がると頭を掻きむしりながら喚く。


「何をしているの?! 早く処置をしないと本当に死んでしまうわ!」


 リリアは男の子の側へとにじり寄りながら、恐慌をきたし大声で叫んでいる男へ必死で呼びかけた。


「うるせぇ! 俺に、どうしろってんだっ! くそっ! くそっ!!」


 ゾルはやけになって喚き散らしている。


「早く息を吹き込んであげて! 心臓も止まっているのなら急いで動かしてあげないと、このままでは、本当に死んでしまうのよ!」

「そんなこと出来るわけないだろ! 止まっちまったもんを、どう動かせっていうんだ!」


 酷く動揺しているゾルにはリリアの言葉が届かない。おそらくリリアが言っていることも理解出来ていないのだ。蘇生術など今までに聞いた事も見たことも無いのだろう。


「私がやります! この縄をほどいて! 早く!」


 縛られた両手を必死で外そうと藻掻くリリアの側へ子供の母親がまろび出てきた。


「あんたならイルゼを助けられのかい?」


 縋るようにリリアへ訊ねる。


「駄目だ! 駄目だ!! やめろっ! こいつは逃げる気なんだ!」


 ゾルが目を血走らせて叫ぶ。


「逃げたりしないわ!」


 リリアは強い眼差しでゾルを見上げる。珍しい緑色の瞳に射すくめられ、ゾルが息を飲む。動きを止めてしまったゾルから涙で泣き濡れる母親へリリアは視線を移した。

 そして、真摯に問いかける。


「助けられるかは、分かりません。でも! 何もしなければこの子はこのまま本当に死んでしまいます! お願いです! 私に出来る限りの事をさせてください!」


 母親は何も言わなかった。

 だが、すぐにリリアの縛られた手をほどき始めた。それが答えだった。


「やめろ!」

「邪魔をしないでおくれっ!」


 止めようとしたゾルを母親が一喝し、ゾルはそのまま押し黙る。いましめから解かれたリリアはすぐさま横たわる少年の額に片手を添え、もう片方の指先で彼の小さな顎を上にあげた。


「死んでは駄目よ、イルゼ。戻って来て!」


 祈るように少年に声を掛ける。いつのまにか戸口には村人達が集まって来ていた。

 そして、皆が心配そうに見守る中、リリアは小さく開いた男の子の口に自分の唇を押し当て、思いっきり息を吹き込んだ。視線の先で彼の薄い胸が僅かに膨らむ。


(良かった。ちゃんと空気は入っている)


 焦っては駄目だと自分に言い聞かせながら、一度、男の子から唇を離し、今度は膝で少し移動すると男の子の胸の中央に肘を伸ばすと両手を重ねた。

 そして、意を決すると垂直に強く押し始める。それを何度も繰り返す。この方法でおじいさんは何度か失われそうになった命を繋ぎ止めてきたのだ。


「何の騒ぎだ!」

「うるさいよ! 黙って見てな!」


 リリアが処置を行いはじめてからどれほどの時が経ったのだろうか。戸口で言い争う声が聞こえて来た。とその時、ふいに男の子の胸がせり上がって来た。


「ぐふっ! ごほっ! ……ごほごほっ!」


 男の子が咳き込んでいる。息を吹き返したのだ。


「──よ、よかっ……た」


 リリアは安堵の溜息を漏らすと、そのままへたり込んでしまった。安心したからなのか、突然目の前がぐらりと揺れた。今まで聞こえていた音がとても遠くに感じる。


「リリア!」


 薄れていく視界の中で、人垣を掻き分け飛び込んで来た男の姿に涙が溢れてきた。名前を呼ぼうとするが、唇はもう動かなかった。


(クロウ!)


 心の中で駆け寄って来る男の名を呼ぶ。

 しかし、もう目の前は真っ暗になっていた。あれほど会いたいと願っていたクロウの顔ももう見えない。

 リリアは暗闇の中に突き落とされるように、意識を失ってしまったのだった。


リリアはどこでもどんな時でも頑張ってます。彼女は母親に瞳の色以外そっくりですが、どんな時もめげない強さは父親譲りなのでしょうね。

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