48.戦い
砦に自ら残ることを選んだリリア。だが、ジェラルドが傷を負い、容赦なくボルドビアの攻撃が始まってしまった。
ついに、ボルドビア軍による砦への攻撃が始まった。
リリアは傷を負って治療を受けているジェラルドの元へと向かう。
わあわあと絶え間なく聞こえてくる兵士達の怒号と共に、金属が擦れ合う音や馬の嘶きに交じって敵なのか味方なのか分からない断末魔の叫び声が時折リリアの耳に飛び込んで来る。その度に、耳を塞ぎその場に蹲ってしまいたいと思う衝動が何度も彼女を襲う。
だが、リリアが立ち止まることはなかった。そんな彼女の両側を、固い表情を浮かべたガルロイと、同じく顔を強張らせたルイが彼女を守るようにぴったりと寄り添っている。
「危ない!」
不意に、通路の角から人影が飛び出してきた。ガルロイは咄嗟にリリアを庇い壁際へ避ける。その横を、弓兵隊が血相を変えて駆け抜けて行った。兵士達の後ろ姿をひどく思いつめた眼差しで追っていたガルロイだったが、突然リリアの前に片膝を付いた。
「ガルロイ?」
驚いたリリアが目を見開き、ガルロイを見る。
「姫様、しばらくの間お側を離れることをお許しください!」
「えっ……」
「ジェラルド卿が倒れられた今、この砦の兵士達は皆、動揺したまま戦っています。私一人が加わったところで何かが変わるとは思いません。ですが、私も兵達に交じって、この砦を守るために戦いたいのです」
「親父! 姫様を守るために、死んでも側を離れないんじゃなかったのかよ⁈」
驚いたのはリリアだけではなかった。ルイも酷く狼狽している。
じっとガルロイを見つめていたリリアだったが、何かを覚悟したように口を開いた。
「ガルロイ、私は大丈夫です。私には戦のことは何も分かりません。ですが、この砦の将軍であるフリッツ将軍が『眠り病』で倒れ、ジェラルドの容態も分からない状態の中で、兵士達が不安な気持ちのまま戦っている事だけは分かります。だから、ガルロイ、あなたは思うままに動いてください。剣術大会で優勝したことのあるあなたが共に戦ってくれると分かれば、きっと皆も頼もしく思うでしょう」
気丈にもリリアはガルロイを安心させるように微笑んだ。
ガルロイは一瞬大きく目を見張る。そして、強く握った右手を胸に押し当て、そしてリリアに向かってさらに頭を下げた。
「有難いお言葉、痛み入ります。私の命に懸けて、援軍が到着するまでの間、なんとかこの砦を持ちこたえさせてみせます。……ルイ、姫様を頼んだぞ。もし、万が一、この砦の中へボルドビアの兵達がなだれ込んでくるような事態になれば、おまえは何としても姫様を連れ、王都へ逃れるんだ。いいな?」
ルイが息を飲むのが分かった。
だが、ガルロイの真剣な眼差しを受け止め、大きく頷く。
「…………親父も、無理はしても、無茶はしないでよね!」
「ふん! 外で親父と呼ぶなと言っているだろう。さあ、早く姫様をジェラルド卿のところへお連れしろ」
「了解!」
リリアとルイは再び駈け出した。その後ろ姿を、後ろ髪を引かれる思いでガルロイはしばらくの間見つめていたが、その瞳に強い光を灯し、二人に背を向けると、兵士達が走り去った方角へ足を踏み出したのだった。
ジェラルドの部屋を目前にして、リリアが突然足を止めた。ジェラルドの部屋へ続く扉を、人が激しく出入りを繰り返している。
「王女殿下⁈」
息を切って現れたリリアの姿に気付いた侍従の一人が駆け寄って来た。
そして、すぐに部屋の奥にある寝室へと案内する。
「ジェラルド………」
リリアはジェラルドの名を呟き、そのまま言葉を失ってしまった。
寝台で横たわっていたのは、紛れもないジェラルド本人であった。頭には包帯が巻かれ、白い布が血で赤く染まっている。
その痛々しい姿に、リリアの胸に、締め付けられるような痛みが走った。
「王女殿下、どうぞこちらへ」
ジェラルドの治療に当たっていた医師がリリアを呼ぶ。
「ジェラルド様は落馬された時に、頭を強く打ち付けられたようなのです。甲冑を身に着けておられたので、幸い傷は深くはなく、今は出血も止まってはおりますが、脳震盪を起こしておられます」
医師からジェラルドの容態を聞き、リリアは慄然とする。揺れる翡翠色の瞳が、青白い顔で眠っているジェラルドの整った顔を見つめる。
そこへ、二十代前半の若い男が一人近づいて来た。恐らく、彼もジェラルドと共に戦っていた侍従の一人だと思われた。痛々しいほどに、腕や足に包帯を巻いている。
男はリリアと目が合うと、とても辛そうに顔を歪めた。
「王女殿下、……ジェラルド様は策を練る時間も余裕もない状況の中で、敵の大軍を相手に見事な指揮をとっておられました。我々は敵兵を一人も我らの領土を踏ませまいとして、橋を渡ろうとするボルドビア軍を矢と剣で応戦していたのです。ですが、やがて矢も尽き、撤退を見極めたジェラルド様が自ら殿をつとめられ、後退していたのです。砦の目前でした。ジェラルド様の馬が敵の矢を受け、落馬した時に地面に叩きつけられてしまったのです。運よく砦から矢が届く場所でしたので、砦からの矢で敵を足止めしている間に意識の無いジェラルド様を何とか我々の手で砦の中へお連れすることができたのですが、未だ意識がお戻りにならないのです。私がそばに付いていながら……」
リリアは手を伸ばし、身を震わせている侍従の体を抱きしめていた。彼にとって恐らくこれが初めての実戦だったに違いない。彼の心が悲鳴を上げているようにリリアには感じた。主君を守れなかったことを酷く後悔し続けている姿に、リリアの体が勝手に動いていたのだ。
「…………大丈夫。大丈夫ですよ。自分を責めないでください。あなた方がそばにいてくださったお陰で、こうしてジェラルドは安全な場所で治療を受けることができたのですから。それに、あなた方が戦ってくださったから、近くの村人達は皆無事にこの砦に逃げてくることが出来たのです。その村人の皆さんもこの砦を守るために奮闘しています。今この砦の中にいる者は皆、守り守られているのです。ジェラルドを守りながら良く死なずに戻って来てくれましたね。ありがとうございます。どうか、今は、あなたも少し休んで、傷ついた体を癒してください。ジェラルドのそばには私がいますから」
「王女殿下………」
侍従は感極まり、言葉が続かなかった。リリアに抱きしめられたまま咽び泣く。
「さあ、こちらへ」
少し落ち着きを取り戻した侍従を、医師が労わるように付き添いながら部屋から出て行った。
この戦いを恐ろしいと感じているのはリリアだけではなかった。ここにいる者は皆、兵士であっても恐怖と不安の中戦っている。リリアは改めて、自分に何が出来るのか必死になって考えるのだった。
読んでいただけて、嬉しいです。ありがとうございます。リリアにとって、まだまだ過酷な日々が続きます。「早くクロウに合わせてあげて!」と書きながら思っています。本当に、早く合わせてあげたいです。では、また、お時間のあるときにでも、読みに来てくださいね。よろしくお願いします。




