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王都へ  作者: 待宵月
46/73

46.ボルドビア軍。

病気の蔓延を食い止めた矢先、次の危機がリリア達を襲う。

 辺りが突然騒がしくなり、リリアは目を覚ました。ぼんやりとした視界に見覚えのない天井が映る。


「ここは……」


 リリアは、ゆっくりと身を起こした。自分の体がまるで(どろ)にでもなったかのように酷く重い。虚ろな目で辺りを見渡す。

 清潔ではあるが簡素な部屋は、明らかに王城の自分の部屋ではない。霧がかかったような思考のまま緩慢な動きで床に足を下ろす。

 ふと薬草の匂いが鼻先をかすめる。

 その途端、走馬灯(そうまとう)のように記憶が(よみがえ)ってきた。


「! あ……ここは東の砦。私は薬を作り終えて……」


 リリアの記憶はジェラルドと話をしている途中で綺麗(きれい)に途切れてしまっていた。蒼白になるリリアの耳に、窓の外から只ならぬざわめきが聞こえてくる。


「何?」


 目覚めた時から、金属が(こす)れ合う音と大声で何かを言い合う声が途切(とぎ)れ無く聞こえていた。(いや)(むな)(さわ)ぎに寝台から抜け出したリリアは、窓を開け、顔を出した。目下を甲冑(かっちゅう)に身を包んだ兵士達が(せわ)しなく動き回っている。リリアの胸に不安が(つの)る。

 そして、ふと視線を上げ、リリアは目を疑った。

 ボルドビア国の国旗(こっき)(かか)げた隊列がローラン国との国境にある橋に向かって進軍して来る。


「──ローラン国と戦をしているボルドビア国がどうして……」


 (おのの)くリリアの声に答えるように背後から扉を叩く音がした。


「はい! どうぞ……」


 リリアの返事で扉が開き、ジェラルドが姿を現した。彼もすでに(よろい)を身に着けている。


「目覚めておられたのですね」

「ジェラルド……」

「おまえ達はここで待て」


 ジェラルドは従者達を扉の外で待たせると、窓辺に一人佇むリリアの元へ歩み寄って来た。


「王女殿下、落ち着いて聞いてください」


 リリアは不安を抑えるように胸に手を当てた。ジェラルドの濃い茶色の瞳がリリアを見下ろしている。その深刻な表情が事態が緊迫していることを物語っていた。


「ボルドビア軍がこの砦に向かって進軍しています。貴方は急ぎガルロイ達と共に王都へお戻りください」

「……戻る? どうしてですか? どうして……、戦か起こるのでしょう? 今、私がここを出れば、まるで私だけが逃げる様ではありませんか!」


 動揺するリリアと対照的にジェラルドは酷く落ち着いているように見えた。


「そうです。貴方にはこの砦から逃れていただきたいのです」

「!」


 青ざめた顔で瞠目(どうもく)するリリアの両手を、ジェラルドの剣を使う者独特の硬く大きな手がそっと包み込んだ。


「敵の数があまりに多い。今、この砦には三千の兵がいますが、まともに戦える数は恐らく二千ほど。それに対して、向かって来る敵はその五倍。恐らく、王都から援軍が到着するまで、この砦が持ちこたえることが出来るかどうかはもはや懸けでしかない。私どもが敵兵を国境で足止めしている間に、あなたは王都へ戻るのです」

「そ、そんな……」


 絶句するリリアの姿を、まるで目に焼き付けるかのようにジェラルドは見つめる。

 そして、彼女の両手を包んでいる手に力が込められた。


「……すでに、ガルロイ達には準備をさせています。用意が整い次第、すぐにここを発つのです」

「嫌です! 私は、あ……」


 首を振りジェラルドに縋り付いたリリアの体を、ふいにジェラルドが抱きすくめた。その腕に力が(こも)る。


「ジ、ジェラルド……」


 苦し気にリリアがジェラルドの名前を呼べば、彼は酷く名残惜(なごりお)しそうに華奢な体を腕から開放する。


「どうか、道中ご無事で……」


 そう告げると、ジェラルドは初めて表情を(くず)した。切なそうに(わず)かに顔を歪ませる。

 そして、リリアに背を向けると、強い意志を感じさせる足取り部屋から出て行ってしまった。その後ろ姿を見送ったリリアは力なく崩れるように冷たい床に座り込む。


「姫様?!」


 間を置かずして部屋へやって来たガルロイは床に座り込んでいるリリアの姿に驚き、急いで駆け寄って来た。


「大丈夫でございますか?」


 助け起こすガルロイを見上げたリリアの翡翠(ひすい)色の瞳から一滴涙が零れ落ちていった。


読んでいただけて嬉しいです。ありがとうございます。

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