45.終息。
すでに病気が蔓延する砦に着いたリリア達は……。
ベルンシュタイン国の最も東にある砦は、五大侯爵家の一つアルビオン家が治める領地の一部であった。東側に隣接するローラン国とは古くから友好関係にあったため、国境にある砦の中では最も兵の数が少なく、アルビオン家の私兵三千人が守っていた。
だが、ベルンシュタイン国に近いローラン国の砦がボルドビアの手に落ちたとの情報を受け、兵の増員に動き始めた矢先に奇病が砦を襲った。
「姫様! 大丈夫でございますか? 少しお休みになってください!」
ふらりと傾いだリリアの体を、側にいたガルロイが慌てて抱き留める。
「……だ、大丈夫です。ありがとう」
リリアはガルロイを安心させるため、わざと笑みを作って見上げた。
だが、その顔には隠しきれない疲労が色濃く出ている。笑みもあまりに弱々しい。そんなリリアの姿に、心を痛めているガルロイの目の下にもくっきりと隈が出来ている。
そうなるのも当然のことだった。リリア達が砦に到着した時には、思っていた以上の『眠り病』の感染者が待ち受けていた。休憩さえ取る暇も無く、リリア達はすぐに対処しなくてはならなかったのだ。
「王女殿下!」
ガルロイの腕に支えられて立つリリアの姿を見て、駆け寄って来たのは、ジェラルド・アルビオン侯爵だった。彼もリリア達と同様疲労困憊の状態であったが、彼の目だけは変わらず強い光を宿していた。若い領主としての強い自負が彼を支えているのだろう。
「顔色が悪い。すぐに休んでください」
「でも……」
ジェラルドはリリアが抱えている箱に目を向ける。
「───まさか、薬を作り続けておられたのですか? すべての感染者の治療は終わったとご報告させていたはずです」
瞠目したまま見つめるジェラルドにリリアは微笑みかける。
「はい。これは予備の薬です。それと、滋養強壮の薬も作っておきました。ジェラルドも後で必ず飲んでくださいね」
どんな状況下でも精一杯頑張ろうとする王女の姿に、ジェラルドだけでなく、側にいたすべての者達が心を打たれていた。
「…………感謝いたします。では、これはすぐに医師達の元へ運ばせましょう」
そう言うと、ジェラルドはリリアの手から箱を受け取り、背後で控えていた従者の男に手渡す。指示を受けた男は大切そうに箱を抱きかかえ、走り去って行く。
「さあ、王女殿下も休んでいただかねば困ります」
ジェラルドはリリアの手を取った。リリアは背の高い若い侯爵を見上げる。
「…………これほど、この病の感染が早いとは思いもよりませんでした」
リリアはそう呟くと、表情を曇らせた。
「ですが、幸運な事に死者は一人も出てはいないのですよ。さすがに感染している者の数が百を超えた時には、気をもみましたが、それ以上感染者の数は増えていない。王女殿下、あなたのお陰です。それに、増員の兵達の到着前で良かったと皆と話をしたところだったのです」
安心させるようにジェラルドは明るい声で状況を説明する。
だが、リリアの表情は暗くなるばかりだった。
「…………ごめんなさい。私が無理に同行していなければ、これほどの感染者を増やさずにすんだはずなのです」
リリアの目に涙が浮かび上がって来た。俯いた途端、流れ落ちた涙が床を濡らす。当初の予定では、砦には王都を出て二日で到着するはずだった。
だが、リリアの体がついていけず、彼女に合わせた結果、王都を出て三日後に砦へ到着したのだ。その間にも、感染者は増え続け、知らせを受けた時には十数人だった発症者が、リリアが到着した時には百人近くに膨れ上がっていた。リリアは患者の処置を施しながら、無理に同行したことを後悔し続けていた。
ジェラルドは軽く首を振る
「違いますよ。この伝染病が蔓延する中、王女殿下が直々にこの砦まで来られたことで、不安と恐怖に怯えていた領民達が落ち着きを取り戻すことができたのです。それに、皆とても喜んでいるのですよ。国の最果てにいる自分達は見捨てられていないのだとね。もちろん、未知の病気の蔓延は恐ろしい。だが、もっと恐ろしいのは、民衆が恐慌状態に陥り統制がきかなくなることなのですから」
「ジェラルド…………」
涙で濡れた目を上げ、リリアはジェラルドの名前を呼んだ。ジェラルドは優しい眼差しでリリアを包み込む。
「もう大丈夫です。このまま終息へ向かうでしょう」
「あぁ、良かった。本当に間に合ったのですね…………」
両手で顔を覆い、安堵の声で呟いた途端、リリアの体から一気に力が抜けた。
「王女殿下?!」
リリアの体がずるずると床に崩れ落ちていくのを、手を取っていたジェラルドだけでなく近くにいた者達が慌てた声を上げる。
「姫様!」
「王女様!」
いつの間にか、リリアは気を失っていた。ぐったりとした姿のリリアの華奢な体をジェラルドはとても大切そうに抱き上げる。
「こんなほっそりとした体で気を失うまで私達の為に薬を作り続けるとは……。あなたはどれほど私を夢中にさせるつもりなのですか?」
優しく囁くジェラルドの声は、甘い。
二人の姿を見守る皆の顔にはどこかほっとした表情が浮かんでいた。ジェラルドだけでなく誰もが危機を乗り越えることができたのだと、感じていた。
そう、この時までは……。
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