43.捕らわれたクロウ。
ローラン国にいるクロウのお話です。
ボルドビア国とローラン国との戦は、今のところ小康状態にあった。
理由は、ローラン国の二か所の砦を奪ったボルドビア軍が、その砦に籠ったまま不気味な沈黙を守り続けていたからだ。
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広間へ案内されたクロウは扉が開かれた瞬間目を見張る。室内には十数人の女達が控えていた。ほとんどの女達は肩や腰の辺りが露わになった煽情的な衣装を身に着けている。
きゃあああっ!
女達はクロウの姿を目にした途端、いっせいに黄色い声を上げはじめた。
「─────何だ? これは……………」
扉の前で立ち止まっていたクロウは思わず後退る。その眉間には深い皺が寄っていた。
「ローラン国の女達だ。どの娘も美しいであろう?」
クロウの背後から声を掛けて来たのは、ローラン国の王オリオール・ド・ローランだった。彼の後ろには近衛隊隊長のラファエロと将軍アンリが控えている。
「! おっと、どこへ行くおつもりですか?」
オリオールの横をすり抜け立ち去ろうとするクロウの腕を、アンリが掴む。
「…………」
無言のまま冷ややかな目を向けるクロウに、アンリは溜息をつく。
「お気持ちはお察しいたします。ですが、折角陛下があなたを労おうと集めさせた娘達です。ほんの少しの間だけでも、楽しまれてはいかがです?」
「……………俺には、あんた達の考えていることがまったく理解できん」
そのまま背を向け立ち去ろうとするクロウに向かって広間から一人の女が慌てた様子で飛び出してきた。亜麻色の髪の若く美しい女だ。
「あの! 待ってください!」
声を掛けても足を止めようとしないクロウの前に女は回り込んだ。両手を広げ、肩で息を吸う女の姿にやっとクロウは歩みを止めた
「先日は、ありがとうございました」
クロウが口を開こうとしたその瞬間、突然女はひれ伏し、礼の言葉を述べた。その様子をオリオールとラファエロ、そしてアンリが『おや?』と驚いた表情を浮かべ、二人の姿を見比べている。
「私は、サラと言います。あなたのお陰で、私も聖堂の中にいた子供達もみんな無事だったのです。奇跡としかいいようがありません! 本当にありがとうございました!」
その言葉でクロウにも思い当たることがあったらしく、険しい表情がふと和らぐ。
「…………そうか、無事であったのなら良かった。だが、わざわざそんなことを言うためだけにここまで来たのか?」
「はい。どうしてもお礼が言いたくて。それで、あなたに会わせて欲しいとお願いしたら、なぜかこのような服に着替えて、こちらの部屋で待つようにと……」
顔を赤らめ、困惑しているサラの姿を見て、クロウは少し離れたところから二人の様子を楽しそうに眺めているこの国の若い王を睨んだ。
だが、オリオールは反省するどころか、満足そうにクロウへ頷いてみせる。この男とは意志の疎通が取れないと判断したクロウは再びサラに向き直った。
「…………すまない。どうやら、あんたを巻き込んでしまったようだ」
「え?」
突然クロウに謝罪され、意味が分からないサラはクロウの黒水晶のように澄んだ瞳をただ茫然と見上げている。
「子供達はどうしている? 建物は酷いあり様だったはずだ」
「あ、はい。さすがに、あのまま暮らすことは出来ませんでした。でも、壊れた聖堂が再建されるまではサリマにある大聖堂が子供達を預かってくれることになったのです」
サリマとはローラン国の王城を取り囲むように造られた町のことだった。
「そうか。では、あんたもその聖堂で働いているのか?」
「はい」
「では、今からそこへ送って行く」
「え?! そ、そんな、いいのですか?」
「ああ、ついて来い」
驚くサラの前を道案内よろしくクロウは出口に向かって歩き出した。
「あ、おいっ! どこへ行く? クロウ?!」
これ幸いとこの場から立ち去ろうとするクロウに気付いたオリオールが慌てた声を上げている。
もちろん、クロウはわざわざ答えてやるつもりはなかった。
「待てっ! クロウッ」
だが、再びクロウを呼び止めるオリオールの声に緊迫した響きを感じ、クロウは思わず振り返っていた。
直感は当たっていた。
視線の先では、オリオールが伝令より急ぎの報告書を受けとっているところであった。さらに、クロウがいる通路の反対側からは、マティス将軍とルソー将軍が部下を引き連れ、共に大きな歩幅で歩み寄って来る姿も見える。
「陛下、伝令が到着したようですな」
「ああ、ボルドビア軍が動きだしたぞ」
「やっと重い腰をあげましたか」
「今度はどこを襲う気なのです?」
「懲りん奴らだ。北の砦から再びこの王城へ向かっているそうだ」
「では、今度こそボルドビア軍に我が国を侵攻したことを後悔するほどに徹底的に叩きのめしてやりましょう。はっはっはっはっは!」
この度の出陣で出番がなかったルソー将軍は大いに張り切っていた。彼の大きな笑い声が通路に響き渡る。
「陛下!」
また別の伝令がオリオールの元へ駆け寄って来た。すでに集まっている重鎮達の姿に一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに携えてきた報告書を若き王へ差し出す。
「大儀であった」
報告書を受け取ったオリオールはすぐさま書面に目を通し始めた。
「! ……………ベルンシュタイン国で奇病が蔓延…………シュティル国王も病に伏している?!」
「な、なんと?!」
「奇病?!」
新たに届けられた報告書の驚くべき内容にその場にいた者達は一様に驚きの声をあげた。
「もっと詳しく教えてくれ!」
余裕のないクロウの声に、弾かれたようにオリオールが顔を上げる。いつの間にか、クロウはオリオールのところへ戻って来ていた。敵陣にさえ単騎切り込んで行く男が今は酷く動揺している。
「クロウ……?」
「リリアは、王女については何か分かっていることはないのか? どんな些細な事でもいい!」
今にもオリオールから報告書を奪いそうなクロウの様子にローラン国の面々は驚きを隠せないでいた。 クロウに詰め寄られていたオリオールもしばしその姿を瞠目したまま見つめていたが、再び報告書へ視線を戻し、読み上げる。
「────リリア王女は少ない従者だけを伴い東へ向かって王都を出立。とだけある」
「…………東へ?」
「ああ。それ以上の事は何も書かれてはいない」
クロウはそのまま押し黙ってしまった。
だが、さらなる報告が新たな伝令によってもたらされた。
「カヴァル砦からボルドビアの軍隊が出兵しました!」
男達に戦慄が走る。
カヴァル砦とはベルンシュタイン国との国境に近い砦だ。この砦を奪還するためオリオールが出陣し、その隙をついて王城が襲撃を受けたのだった。
どうやらボルドビア軍が一斉攻撃に出たと思われた。
だが、
「…………どういうことだ?」
「陛下? どうなさったのです?」
報告書を読むオリオールが突然表情を変えた。
「カヴァル砦を出たボルドビア軍は、…………西へ向かっている」
オリオールが釈然としない様子で呟く。
「? 西、でございますか? 王城へではなく?」
臣下達は互いの顔を見合わせる。
ボルドビア軍の奇妙な動きに、誰もが黙り込む中、怒りを滲ませた声がボルドビアの真意を告げる。
「ベルンシュタイン。……………ボルドビアの狙いは、初めからあの国だったに違いない」
クロウだ。
確かに彼が言うように、ボルドビア国がベルンシュタイン国を狙っていたのであれば、これまでの奇妙な動きに理由がつけられる。
「とにかく、このまま軍議を行う!」
はっ!
将軍達を引き連れ、歩き出そうとしたオリオールの視界にクロウが逆の方向へ向かう姿が映る。
「クロウを止めろ!」
はっとしたオリオールが振り返りざま、叫ぶ。その声でこの場にいた兵士達が一斉にクロウに襲い掛かった。
「どけ! 放せっ!」
クロウは向かって来る兵達を振り払い、投げ飛ばし、兵士達が一瞬躊躇するほどの抵抗を見せたが、ついには取り押さえられてしまった。それでも、クロウは身を捩りながら懸命にもがき続ける。
だが、幾重にもクロウの身体を拘束する兵達の力が緩むことはなかった。
その様子をじっと見守っていたオリオールのところへ、使いを頼まれていたアンリが駆け戻って来る。オリオールはアンリから小さな小瓶を受け取ると自分の懐から一枚の布を取り出し、小瓶の中の液体をしみ込ませた。
そして、床に押さえつけられ、一切の動きを封じられたクロウのそばへ歩み寄って行く。
クロウは唯一動かすことができる黒い瞳だけを彼に向けた。
「…………頼む! 行かせてくれ。 俺を、リリアの元へ…………。頼む!」
懇願するクロウの顔を覗き込むように、オリオールは身を屈める。
「今、この国にはおまえが必要だ。手放すわけにはいかないのだ。分かってくれ、クロウ」
オリオールはクロウにそう語りかけると、手にした布でクロウの鼻と口を塞いだ。
「!」
クロウは一瞬目を大きく見開いた。
だが、すぐに彼の瞼がゆっくりと絶望に揺れる黒い瞳を覆い隠していく。それはまるでクロウの望みまでも覆いつくしていくかのように。
読み続けてくださっている皆さん、先月はアップできなくてごめんなさい!書くのが遅い私をゆるしてください。そして、私の作品を読んでくださる方々には心から感謝いたします。皆さんありがとうございます。
さて、クロウが捕らえられてしまいました。これからどうなっていくのでしょうか?
では、続きを頑張って書きますので、またお暇な時にでも読んでくださいね。よろしくおねがいします。




