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王都へ  作者: 待宵月
41/73

41.調薬室。

疫病が蔓延しはじめたベルンシュタイン国。次にリリアが取った行動とは?

 ベルンシュタイン国の王城の一角にある調薬(ちょうやく)室では、突然国王専属医師のアドルフ・バーラントと共に現れたリリア王女に、室内で薬草を調合していた者達は驚く。

 王城は広く、同じ城内であっても王族にまみえることは(まれ)で、これほど近くで初めて王女と会うこととなった彼らは、その美しく可憐(かれん)な姿にただ茫然(ぼうぜん)となっていた。


「ごめんなさい。お仕事を中断させてしまって……」


 大量の薬を作らなくてはならなかった彼らは、一目で疲労(ひろう)困憊(こんぱい)していることが分かる形相で手を止めたままリリアを凝視している。その様子に、邪魔をしてしまったのだと勘違いしたリリアは申し訳なさそうに身を縮こませた。


「ははは。みな貴方(あなた)様のその美しいお姿に見惚れておるのですよ」

「そんな……」


 顔を赤らめさらに身を小さくするリリアの耳に、部屋の奥で扉が開く音が聞こえてきた。


「リリア?! ……………王女殿下────」


 薬草の貯蔵室(ちょぞうしつ)から出て来たシャイルが、調薬室に居るリリアの姿を目敏(めざと)く見つけ、(ひど)く驚いた表情を浮かべる。

 だが、彼が声を発する前に、アドルフが喜々としてシャイルの名を呼んだ。


「シャイル! 君の薬が効いたようだ。陛下の容態は落ち着かれた。もう大丈夫だ。礼を言うよ」


 室内にアドルフの明るい声が響き、みなが心から安堵(あんど)する気配が感じられた。ひとまず最大の危機は乗り越えられたのだ。


「礼を言われるようなことはしておりませんよ。すべては師であるウォルター・バーラントの(たぐい)まれな知識と、アドルフ先生のお力があってのことです」

「口の上手(うま)い奴だ。……………だが、私もウォルター殿には直接ご教授いただきたかった……」


 とても残念そうに肩を落とすアドルフからシャイルはリリアへ視線を移す。そのもの言いたげな眼差しを受け、リリアは強い意志を感じさせる目でまっすぐに見返した。


「薬を作るお手伝いに来たのです」

「なりません。すぐに陛下のお(そば)へ戻りください。ここは貴方様のような方が来られる所ではありません」


 ぴしゃりと()ねつけるような冷たいシャイルの対応に、アドルフが慌てて割って入る。


「王女殿下には薬草の知識がおありなのだ。さらに、御自(おんみずか)ら薬の調合を手伝うと(おっしゃ)ってくださっている。今、我が国の者達は聞いたこともない流行り病にみなひどく不安になっている。だが、精霊の乙女と同じ瞳を持つ王女殿下が作ってくださった薬だと知れば、誰もが安心することだろう。だから、有難くお願いすることにしたのだ」


 笑顔で説明をするアドルフとは対照的に、シャイルの表情は(けわ)しくなるばかりだった。


「……………今、この病がどこまで蔓延(まんえん)しているか分かりません。ですが、この混乱の中、使者に(たく)した薬が正しく服用(ふくよう)されなかったり、または違う病に投与(とうよ)されるなど、きっと問題は起こるでしょう。もし薬を飲んだあと、誰かが亡くなった時、王女殿下が作ったとされる薬が原因なのだと(さわ)ぎが起これば、どうなさるおつもりなのですか?」


 感情を押し殺した声で話すシャイルの手はあまりに強く握っているせいか指先が白くなっている。


「そ、……………」


 シャイルは返答に(きゅう)するアドルフから再びリリアへ視線を戻した。

 だが、彼女の瞳からは一切の(かげ)りは見受けられない。シャイルが懸念(けねん)していることをすでにリリアは覚悟(かくご)していたのだ。

 リリアは視線を逸らすことなく、澄んだ翠色の瞳でシャイルを見つめる。


「初めから、その責任をシャイルは一人で背負うつもりだったのでしょう?」

「!」


 長く共に暮らしていたからこそ分かるシャイルのわずかな動揺。それこそが答えだった。シャイルの考えそうなことはリリアには分かってしまう。そしてその逆も。リリアは困惑するアドルフに向き直る。


「先生。お話ししたとおり、私が携わった薬だと明言して各地へ薬を届けてください。もちろん眠り病の症状や薬の投与について詳しく書いた手紙を私の署名で書くつもりでいます。もし、不安なまま薬を飲まない人がいればこの病が広がるのを止めることはできません。きっとお義父様も同じことをされたでしょう。それに、」

「リリア!」


 とうとうシャイルは耐え切れず、敬称を付ける事も忘れてリリアの名を呼び、彼女がそれ以上話そうとするのを(さえぎ)ってしまった。

 重い空気が室内を(おお)う。


「……………あの、先生の助手である我々が使者の方に付き添って各地へ赴けば、誤飲や誤診を防げるのではないでしょうか?」


 おずおずとだが5人いる助手の一人が自分の考えを口にすれば、(せき)を切ったように助手達が自らの考えを口にし始めた。


「そ、そうです。この城でもすでに他の医師の方々へ伝達した要領で各地の医師達に我々がこの病について直接伝授すれば、さらに対応できる者が増えるということにもなります」

「それに、もし薬が足りなくなってもそこで作ることもできます」


 ここにいる者達はただ黙り込んでいたのではなかった。必死で自分達が出来ることを考えていたのだ。


「私としたことが、…………陛下が回復へ向かわれたので事の重大性を失念しておりました。王女殿下、我が助手達が申すとおり、彼らに各地へ向かわせましょう。助手とはいえ、彼らもバーラント家に名を連ねる者達。私の傍らで医術について学んできた者達です」

「みなさん……」


 リリアは澄んだ大きな目をさらに見開く。


「ありがとうございます。みなさんが直接行っていただけるならそれ以上に心強いことはありません」


 当然のように頭を下げた王女の姿に、助手達は戸惑う。

 そして、胸に両手を当てて涙ぐみながら感謝の言葉を口にして喜ぶ姿は、普通の娘となんら変わりはなかった。

 そこでみなははっと気づいた。

 王女はほんの少し前にこの国の王シュティルの養女になったばかりだった。彼女の素性は明かされてはいないが、おそらく王位など関係のないところでそだったのではないかと思われた。

 そんな娘が突然国の存亡を左右する事態に直面させられ、ただ必死で立ち向かおうとしている。その姿に何も感じない者はここには誰一人としていなかった。

 彼らの中には、医師を養成する学校を作っている王女に対し、バーラント家に対する冒涜(ぼうとく)だと不満に思っていた者もいたのだが、今では自分達の王女のために、いやこの小柄な体でこの国のために身を(てい)する翠色の瞳を持つ少女のために、何かをせずにはいられなくなっていた。


「王女殿下、この危機をなんとしても乗り越えましょう」

「ベルンシュタイン国はこの国に住まう者みんなの国なのですから、おひとりで頑張ろうとなさらないでください」

「────はい」


 心を震わせながら答えたリリアは、えも言われぬ笑顔を見せた。一時の間、みな息を吸うのを忘れ、その美しく(はかな)げな笑顔に見惚(みと)れる。

 その様子をシャイルは一人離れた場所で、感慨深い眼差しで見つめていた。


(リリアのあの小さな体のどこにあれほどの強さが備わっていたのだろうか。やはりリリアの体に流れる王族の血がそうさせるのだろうか)

 

「…………ウォルター先生、空の上から見ておられますか? あなたの小さなお姫様は立派な王女に育っています。どうか、あのまっすぐな眼差しが曇ることのないように、これからも見守っていてください」


 祈るような思いでシャイルは(ささや)く。

 どれほど王族の血が流れていようと、何かあるたびに傷つき辛い思いをするのは確かなのだから。


 本当は村へ連れて帰りたかった。地図にさえ載っていない小さな村で、二人ひっそりと平穏に暮らしたかった。


 もどかしい思いを胸の内に秘め、シャイルはリリアの姿をじっと見つめる。とその時、複数の足音が調薬室へ向かってくる。それもかなり急いでいる様子で。

 シャイルは陛下の容態が急変でもしたのかと危惧(きぐ)し、急ぎ扉を開けた。


「!」


 開け放たれた扉の前に立っていたのは、従者を引き連れたジェラルド・アルビオン侯爵(こうしゃく) だった。その顔色は明らかに悪い。


「どうされたのですか?」


 心配したリリアが駆け寄って来る。


「リリア王女殿下…………」


 ジェラルドはリリアの名を呼ぶと、まるで縋るようにリリアの小さな体を抱きしめた。


「ジェラルド侯爵!」


 非難するように声を上げたシャイルを無視し、ジェラルドはリリアを抱きしめたまま告げる。


「─────我が領地である東の砦で、眠り病が蔓延している」


 リリアだけでなく、背後でもみなが息を飲む気配がした。


お久しぶりです。読んでいただけて嬉しいです。ありがとうございました。楽しんでいただけたでしょうか?

さて、またもや問題勃発です。リリアはどう対応するのでしょうか? 次回も是非、読んでくださいね。


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