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王都へ  作者: 待宵月
40/73

40.信頼

窮地に立たされたリリアは?

 ベルンシュタイン国王の寝室は、重い空気に包まれていた。


「バルトルト・ヴェルフ宰相(さいしょう)殿は、可笑(おか)しなことをおっしゃる」


 静寂(せいじゃく)(やぶ)ったのは、ジェラルド・アルビオン侯爵(こうしゃく)の声だった。彼はツカツカとリリアに歩み寄ると、小柄な王女を背後に(かば)うように宰相の前に立った。口調はとても穏やかなものであったが、自国の宰相を見下ろす目はあまりにも冷ややかだった。


「我らが敬愛する王女殿下を信じずして、何を信じるというのか」


「そ、それは………」


 ヴェルフ宰相(さいしょう)は言葉を詰まらせる。


「ヴェルフ侯爵家を含む五大侯爵家はみな、精霊(せいれい)の乙女と同じ瞳を持つリリア王女殿下に忠誠(ちゅうせい)(ちか)ったはず。さらに、持ち回りとはいえ宰相である貴殿(きでん)は、王家をお守りする五大侯爵家の代表でもある。そのような身でありながら王女殿下を(おとし)めるような言動をなさるとは、どういった了見(りょうけん)か」


 ジェラルドは語尾を(わず)かに強めた。


「わ、私が王女殿下を貶めるなど………そのようなこと………。先ほどは、気が動転し─────」

「貴殿の処遇(しょぐう)は、次の議会で決めさせていただく」

 

 必死で弁解(べんかい)をしようとする宰相を、ジェラルドはまるで切り捨てるように背を向けた。

 そして、青ざめ身を震わせているリリアを切なげに見つめる。


「そのように悲しまないでください」


 ジェラルドは涙に()れたリリアの白い頬に手を伸ばし、翡翠(ひすい)色の瞳に浮かぶ大粒の涙をそっと親指で拭った。


「…………その薬、私が飲みましょう。そうすれば、陛下に投与することをみなも反対しないはず。私だけはどんなことがあってもあなたの味方ですよ」


 顔を(のぞ)き込むように身を(かが)め、優しく微笑(ほほえ)むジェラルドの端正(たんせい)な顔を、涙に濡れた目でリリアは見つめ返す。


「ありがとうございます。ジェラルド卿」


 ジェラルドの言葉をリリアは素直に嬉しいと感じていた。信じてもらえないどころか、疑われていたという事実は、リリアの心を(ひど)く打ちのめしていたからだ。

 だが、折角(せっかく)の彼の申し出であったが受けるわけにはいかなった。健康な人に投与することは出来ない。中毒を起こす危険が伴うからだ。

 それに、ジギタリスは薬として使用できる安全域というものが非常に狭い。扱いの難しい薬草なのだ。

 そして、今のリリアには信じてもらえる要素など何もないことは確かなのだから。


 リリティシア王女かもしれない。

 精霊の乙女なのかもしれない。

 シュティル国王の隠し子なのかもしれない。


 これが今のリリアだ。本当に確かなものなど何もなかった。

 リリアが今ここにいられるのはシュティルが養女と決めたからだ。どこの誰とも分からぬ者を誰が信じるというのか。


『リリア、病気や怪我をした者にまず信頼されないといけないよ。それだけで、半分は治したと言ってもいいぐらいだ。そして、残りの半分を薬草などで治していくのだ』


 おじいさんの言葉が蘇る。


(信じて欲しいと思うなら、信じるに値するものを見せなくてならないのだわ)


 リリアは震える手を(にぎ)りしめた。


「私には、みなさんに信じてもらえるようなものは何もありません。ただ、信じてください、とお願いするしかできません」

「リリア─────」


 リリアの名を呼んだシャイルの声が震えている。


「確かに、薬になるとはいえ毒草であるものを投与しようとしています。突然そのようなものを使うと言えば、みなさんが不安に思うのも当然です。ですから、ヴェルフ宰相(さいしょう)の判断は間違いではないのです。お義父(とう)様の身を案じてのことだったのですから。責められるとするならば、私なのです。私の説明が足りなかったことがいけなかったのです。混乱を招いてしまったことを許してください」

「王女殿下……」


 謝罪する王女の姿に、ジェラルドを含め、みな言葉を失っていた。ただ黙ったままリリアを見つめている。


「今からお義父様へ投与しようとしている薬は、ウォルター・バーラントが異国を旅した時に学んだ薬です。彼自身もその病にかかりその薬で治ったと聞きました。そしてその治療方法をウォルター・バーラントから学んだシャイルも彼と共にこの病にかかった人を治療し、またその薬でこの病から生還した者なのです」


 リリアは言葉を切って、その場にいる者の目を真摯な眼差しで見つめていく。

 


「…………私一人では何もできません。みなさんの手を借りないと、この窮地を乗り越えることはできないのです。どうかお力をお貸ししていただけないでしょうか? お願いいたします」

「リリア王女……」


 ジェラルドはまるで自分が傷ついたような表情を浮かべる。

 再び静まり返った室内で、微かにリリアの名を呼ぶ声が聞こえてきた。


「……………リ……………リア、お……………王女────」


 声の主はシュティルと同じ病にかかったコリンナだった。彼女の顔色は先ほどよりさらに悪くなっていた。いつ意識を手放してもおかしくない状態だ。


「コリンナ」


 リリアは彼女の傍に寄ると、その細い手を取った。かなり体温が下がってきていて、指先はすでに冷たくなっている。


「……………わ、わたしが、………………その薬を、飲みます」

「! コリンナ……………」

 

 確かに彼女が飲めば、薬の効果がはっきりと分かってもらえるに違いなかった。


「……………まず、彼女に服用しよう。すべては、それからだ」


 アドルフ・バーラントが僅かにほっとした声で告げた。


「大丈夫です。私が必ずやお二人を、いえ、この病に(かか)った人々を救ってみせます」


 シャイルが厳かな口調で誓う。


「私も全力を尽くそう。王女殿下と君にすべてを負わせるつもりはない。恐らく、これから発症する者が他にも出てくるだろうからね」

「私どもにも、何かお手伝いできることはありませんか?」

「王女殿下、指示をいただければ、何でもいたします」

「私にも指示をいただけませんか?」


 アドルフが言えば、その場にいた者達も何かを決断したような表情でリリアの周りに集まって来る。


「みなさん、…………ありがとうございます。私、頑張ります。みなさんに信ずるに値する王女だと認めてもらえるよう努力します」

「あなたという人は…………」


 溜息とも、吐息ともとれるような声でジェラルドが呟く。

 進むべき道が決まった途端、人々の顔に明るさが、生気が蘇っていた。


「王女殿下、あとをお願いいたします」そう言って医師はシャイルを伴い、すぐに部屋を出て行く。もちろん、薬を作るために。彼らが去ったあと、入れ違いでリリアの元に、強い度数のお酒が届いた。


「みなさん、少しだけこのお酒を口にしてください。もし、体の中が熱く感じなかった方は、感染していると思ってください。すぐにシャイルと医師のところへ行って薬をもらってください。発症さえしなければ、怖れることはありません。もちろん、ジギタリスも飲まなくて大丈夫です。でも、今感染していなくても、この病気が収束するまで毎日変調に気をつけてください」


 説明を聞き、みな強い酒を次々に口に含んでいく。

 国王陛下の侍従長が一人感染していたが、宰相もユーリックも感染はしていなかった。


「ユーリック、感染の元になった人がいると思うのです。お義父様とこの数日の間に会った人を全員探し出してほしいのです。できますか?」

「お任せください。リリア王女殿下」


 ユーリックはリリアの指示を受けると、飛ぶように部屋から出て行く。その姿を見届けたヴェルフも固い表情でリリアの前に進み出た。


「……リリア王女殿下、この私にも何か指示をいただけないでしょうか?」

「ヴェルフ宰相、ありがとうございます。では、城内での感染の状況を調べてください。そして、各地へ伝令も出して欲しいのです。伝令には必ず薬と調合方法を記載したものを持たせてもらいたいのです。お願いできますか?」

「分かりました。仰せのままに。………王女殿下、先ほどの私の失礼をどうかお許しください。どのようなお咎めもお受けいたします」

「ヴェルフ宰相……、それなら、私のことも許してください。私の対応が悪かったせいで、あなたに動揺させ、追い詰めることになってしまいました。これからも、お義父様の補佐として頼りにしているのです。お義父様がお目覚めになるまで、どうかお願いします」

「身に余るお言葉……………私はこの命が尽きるまで、王家に、そして貴方様に身を捧げると改めて誓わせていただきます」


 そう言って、ヴェルフはリリアの右手を取ると、跪いた。


「私共もみな、王女殿下に忠誠をお誓いいたします」


 ヴェルフの背後で残っていた者達も次々に跪いていく。


「ありがとう。……………ありがとうございます。みなさん──────」


 リリアは声を震えさせる。そしてその瞳に溢れてきたのは喜びの涙だった。

 


読んでいただけて嬉しいです。ありがとうございます。リリアが頑張てくれました。本当にいい子です。なのに試練の連続で、早く幸せになってほしいと思ってしまいます。

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