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王都へ  作者: 待宵月
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4.二人きりの旅

 自分の出生の秘密を知らぬまま、リリアはクロウと共に王都へ向かう。ガルロイも必死でリリアを探しているが、クロウはリリアをたった一人で王都まで守り抜くことができるのか? 固く閉ざされていたクロウの心がリリアへとどんどん傾いて行く。

*2016年11月27日加筆しました。

 二人で王都を目指すことになったリリアとクロウは、峠を越えたあたりで休息を取っていた。 ずっと背後を気にしていたクロウだったが、もう追手が来ないと判断したようであった。

 リリアには追手の存在はもちろん恐ろしかったが、ここへ来るまでの道中さらに気掛かりなことがあった。自分が乗ったせいでクロウの愛馬が倒れてしまうのではないかとずっと心配していたのだ。

 やっと馬を休すませることができて、リリアは心からほっとしていた。

 背から荷を降ろしてもらい、クロウの馬は、すぐに足元の草を食べ始めた。身が軽くなったからか、どこか嬉しそうに見える。

 その愛らしい姿をしばらくの間近くでそっと見守っていたリリアは、自分達も長い時間何も口にしていないことを思い出した。慌てて自分の荷物の中をかき回す。その中からすぐに食べられそうな物を見つけ出すと、急いで木陰にいるクロウの元へと走った。


「あの……これも私が作ったんです。味見してみませんか?」


 用心のためか、休息中でさえ元来た道へ視線を向けていたクロウが振り返る。

 すかさず、リリアは彼の目の前へ両手を差し出した。その掌の上には、広げられた包の中に親指ほどの棒状の物がのっている。それをクロウはじっと見つめているだけで、手を伸ばそうとはしない。警戒しているのだと感じたリリアは、慌てて説明を始める。


「あの! 変な物ではないんです! 見かけは悪いかもしれませんが、これは焼き菓子なんです! 少し硬いですが、木の実も入っていて美味しいですよ!」


 ぱたぱたと手を動かしながら懸命に説明をすれば、一瞬クロウがたじろいだように見えた。

 だが、僅かに苦笑すると、焼き菓子を一つ摘み上げる。黒い瞳がリリアを見つめた。


「指かと思った」

「え?!」

「冗談だ。変な物だとは思っていない。一つ、貰うよ」 


 そう言うと、クロウは口の中へ焼き菓子を放り込んだ。その姿をリリアは見守る。クロウが焼き菓子をかみ砕く音を聞きながら、クロウも冗談を言うのだととても驚いていた。

 

「少し寝る。何かあったらすぐに起こせ」


 美味しいと思ってくれたのか、焼き菓子をもう一つ胃袋に収めたクロウは、水で喉を潤すとリリアにそう告げた。そのまま背後の木の幹に背を預けると、すぐに目を閉じてしまった。

 なんでもないように振舞っているが、本当は体調は良くないのかもしれない。熱は下がっていたが、確かに顔色はあまりいいとは言えなかった。

 やはりクロウが口にしたものはかなり毒性の強いものだったのだ。彼は無理を押して、リリアのために王都へ向かってくれている。

 そう思うと、リリアは申し訳ない気持ちと、感謝の気持ちで胸がいっぱいになっていた。

 リリアはクロウを起こさないように注意しながら彼の隣にそっと腰を下ろす。


「ありがとう、クロウ。私のために、どうか無理はしないでくださいね」


 目を閉じているクロウに、リリアは小さな声で囁く。クロウは眠ってしまったのか、ぴくりとも動かない。

 リリアは抱えた膝に頭をちょこんと置いて、眠っているクロウの顔をしばしの間眺めていた。

 近くで見れば見るほどクロウの顔はとても整っていて綺麗だった。

 形の良い顎に、高い鼻梁、引き結ばれた口元からは意思の強さが感じられる。長い睫が頬に影を差し、出会ったばかりの頃はその鋭さに怖いとさえ感じていた黒い瞳は、今は固く閉じられていた。

 彼と出会ってからまだ一週間も経っていないなんて信じられなかった。ちゃんと言葉を交わしたのは昨日が初めてだというのに、なんだかもうずっと一緒に居るような気がしている。

 昨夜はあれほど恐ろしい思いをしたばかりだというのに、彼の傍にいるだけでとても安心していられた。それは家族に感じる安心感とは少し違う、心のどこかがそわそわしていてとても不思議な気持ちだった。

 ふと空を見上げれば、ずいぶんと日は高くなっていた。


(何事もなくあのまま馬車に乗っていれば、おじいさんのお友人にお会いして、今頃は村に向かう馬車に揺られていたのかな……)


 ぼんやりとそんなことを思いながら、村の外がいかに危険で、どんなに自分が無力で、どれほど大切に守られて育ってきたのかを痛いほど感じていた。

 オアシスでもクロウに守ってもらっていなければ、どうなっていたのだろうか。想像するのも恐ろしいと感じる。たとえうまく逃げられたとしても、そこから自分一人の力だけでは村へ戻ることさえ出来なかったに違いない。何でも自分で出来ると思っていたことが、今はとても恥ずかしく思えた。


(私は、本当に何も知らなかったんだわ)


 隣で眠っているクロウの息が穏やかなものに変わったので、そっとその場を離れる。

 そして、向かった先は、彼の愛馬のところだ。


「私が乗ったせいで、とても重かったでしょう? ごめんなさいね」


 リリアはクロウの愛馬にそっと話しかける。すると、人懐っこく顔を寄せて来た。

 彼の馬はとても大きかった。黒い毛並みは手入れがいきとどいているのか、つやつやとしている。その体を、驚かさないようにそっと触れれば、とても温かかった。見つめてくる大きな黒い瞳は主と同じでとても綺麗だった。その目を見つめ返しながら優しく鼻すじを撫でていると、背後から突然大きな手が伸びて来た。


「リリアの重さなら問題ない。こいつの名前はシェーン。5歳の雌だ」


 クロウだった。

 静かにしているつもりだったが、やはり起こしてしまったようだ。

 彼は相変わらず無表情だったが、ずっと身にまとっていた緊迫した雰囲気はなくなっていた。今はどこか落ち着いた表情で彼の愛馬の体を優しく撫でている。

 無口だった彼がリリアを気遣ってか、二人きりになってからは時折彼の方から話しかけてきてくれる。一見不愛想に見えるが、クロウはとても優しい人だった。


「シェーン。名前のとおりとても美しい子ね。これからもどうか仲良くしてくださいね」


 すると言葉が分かるのか、シェーンは大きな頭をさらにリリアの体にすり寄せてくる。


「おまえを、気に入ったみたいだな」


 シェーンの背に再び荷を載せながら、クロウは微かだが口元に笑みを浮かべて呟いた。

 いつのまにか、黒水晶のような瞳から鋭さが消えている。元々整った顔立ちだっただけにさらに輝きを増し、微笑みを浮かべた顔を見てしまうとどきどきと胸の鼓動が早くなって、つい見惚れてしまう。


「さあ、リリア。手を」


 リリアがぼうっと突っ立っている間に、いつの間にか馬上の人となっていたクロウが手を差し伸べて来た。慌てて両手を伸ばせば、クロウは馬上から身を乗り出す。彼の腕がリリアの腰に回されると、あっという間に彼の前に向かい合うように座っていた。あまりに軽々と持ち上げられたせいで、自分の身体が羽毛のようにふわふわとした存在になったような不思議な心地に包まれる。


「ク、クロウは、また力が強くなったみたいだわ」


 なんだか無性に恥ずかしくなり、リリアは何かしゃべっていないといられなかった。


「そうか? それなら、さっきおまえがくれた歯が欠けそうなほど固い焼き菓子のお陰だな」

「えっ?! あれが固かったのは失敗したのではなく、日持ちがするように何度も焼いているからなんですよ! もちろんサクサクとした普通に美味しい焼き菓子だってちゃんと作れるわけで……」


 必死になって説明をすれば、くすりと笑う声が微かに聞こえた気がした。


「ああ、分かっている。あれは、ほんのり甘くてとても美味かった」

「本当ですか? よ、良かった~」


 ほうっと安堵の溜息をもらしていると、突然クロウはリリアの体をまるで自分の腕の中に閉じ込める様に手綱を取った。



「え?!」

「今日の夜は、温かい食事と、柔らかい寝台が待っているぞ」

「まあ! 嬉しいです!」

「分かったなら、落ちないようしっかりと俺に掴まってくれ」

「え?! ……こ、こんな感じでいいでしょうか?」

「もっとだ。腕をしっかりと回して掴まっていないと、落っこちるぞ」


 おずおずとクロウの服を掴んでいたリリアの両手を引きはがし、彼はそのまま自分の方へとぐっと引っ張った。もちろん引っ張られたリリアは思いっきりクロウの体に抱き付くこととなってしまった。


「ひやっ!」


 変な叫び声を上げて頬を真っ赤に染めたリリアの顔を、クロウは黒く澄んだ瞳を細めて見つめている。


「ううっ、クロウは少し意地悪だわ!」


 リリアは拗ねたように呟きながら、見かけによらずしっかいとしたクロウの体にしがみ付く。顔は見えなかったが、クロウがくすくすと笑っている声が聞こえてくる。


「では、走らせるぞ。絶対に落としたりしないから安心していろ」


 しっかりと頷くと、クロウはシェーンを走らせはじめた。

 街へ向かう道中、リリアは何度も馬上で眠ってしまった。

 だが、クロウは絶対に落っことしたりしなかった。そのうえ何度も休憩を取ってくれている。馬の疲労もさることながら、慣れない乗馬でリリア自身も限界に近くなっていた。

 特に腕とお尻が────。

 その事に、クロウは気づいていてくれているのかもしれない。

 そして何度目かの休憩の時に、リリアはちょうど欲しかった薬草が生えている事に気付いた。


「……崖を登るって、思っていた以上に難しいのね。これ以上登れないし、降り方も分からなくなっちゃったわ。どうすればいいのかしら……」


 リリアは切り立った崖をよじ登っていたのだが、ちょうど自分の身長の倍ほど登ったところで、岩に張り付いた状態のまま動けなくなっていた。


「リリアッ!」


 クロウの呼ぶ声が聞こえる。

 彼にしては珍しく慌てた声だ。リリアの姿が見えなくなったので、探しに来てくれたのかもしれない。


「クロウ! あっ……」


 声を出した途端、リリアの指が岩から離れてしまった。ゆっくりと体が後ろへ傾いていく。


(ああっ!)


 浮遊感に全身の血が一気に下がったような気がした。地面にぶつかる衝撃が頭を過り、無意識に身体を強張らせる。


 ドサッ


 体中に衝撃を感じた。

 だが、思っていたような痛みはまったくない。固く閉じていた目をゆっくりと開けば、リリアの体はクロウの腕の中にすっぽりと収まっていた。


「この、馬鹿! あの体勢のまま落ちていたら、首の骨を折っていたぞ!」


 頭のすぐ上から怒鳴られ、思わず首を竦める。

 クロウの剣幕からして、かなり危なかったに違いない。慌てて「ごめんなさい」と謝ると、さらに強く抱き締められた。


「あの、クロウ……く、苦しい───!」

「!」


 苦しさのあまり呻くようなリリアの声に、クロウはすぐに腕の力を弱めてくれた。

 だが、リリアを抱き上げたまま降ろそうとしない。不思議に思ったリリアがクロウを見上げれば、じっと見つめてくる黒い瞳に驚く。


「クロウ?」

「あ、いや……」


 どうかしたのかと不安そうに尋ねるリリアに、はっとしたクロウはすぐに視線を逸らせてしまった。

 一度大きく息を吐いたクロウは、再びリリアの方へ顔を向ける。


「……説明してくれ。何をどうしたら崖から落ちる事になるんだ?」

「本当にごめんなさい。でも、どうしても欲しい薬草を見つけたんです。あの崖の一番上に生えている濃い色の草です」


 リリアは崖の上を指さした。クロウの視線がそれを追う。


「……あそこまで登るつもりだったのか? おまえには、どう考えても無理だろう」


 崖を見上げ、信じられないとで言いたそうな声で断言する。


「でも、おじいさんはあの高さなら軽々と登っていたんです。それに、一度自分でも登ってみたかったから……あっ!」


 つい本音が漏れてしまい、慌てて口を押える。クロウは呆れたような表情を浮かべて見つめてくる。


「……見かけによらず、お転婆だったんだな。それに、いくら年を取っていたとしても、きっとおまえのじいさんは崖を登ることに慣れていたんじゃないのか? 鍛え方と経験の違いだな」


 そう言いながらクロウはやっとリリアを地面に降ろした。そのまま岩に手を掛けると、薬草に向かって軽々と登り始める。


「クロウ……」


 先ほど崖から落ちてしまったばかりのリリアはとても落ち着かない気持ちになっていた。かなり上まで登っているクロウの姿を『どうか落ちないで!』と祈りながら見守る。


「リリア。あの草は何に効くんだ?」


 崖の上からリリアを見下ろし、クロウが尋ねてきた。よそ見をするクロウの姿にリリアの方がひやりとする。先ほどクロウの剣幕がやっと理解出来たリリアだった。今は一秒でも早く降りて来てほしかった。


「痛み止めです! 特に、胃痛に良く効くんですよ!」

「! ……分った。必ず取ってこよう」


 リリアが力強く答えると、一瞬クロウが息を飲む気配がした。やはりリリアが危惧していたとおり、クロウは胃の痛みを我慢していたのだ。薬草を手にしたクロウは無事にリリアのところへ戻って来た。


「すごい……、凄いです! クロウ、ありがとう!」


 リリアはお礼を言いながらクロウのそばへ駆け寄る。クロウは複雑そうな表情を浮かべて薬草を手渡してくれたのだった。




                   ************

 


 素直に喜んでいるリリアを、クロウはじっと見つめていた。

 不思議だったのだ。

 なぜ彼女は己を犠牲までして、数日前に会ったばかりの男の為にこれほど尽くしてくれるのかと。

 今も、クロウが少しでも駆けつけるのが遅ければ、リリアは崖から落ちて命を落としていた。危険を冒してまで彼女が取りに行こうとしたものは、クロウのための薬草だったのだ。


「………喜ぶのは、俺の方だな」


 呟きと共にクロウはリリアの手の上に薬草を乗せる。その瞬間、そのほっそりとした指先が少し切れて血がにじんでいるのに気付いた。クロウは勢いよくその手を掴む。その拍子に折角摘んできた薬草がパサッと地面に落ちる。


「怪我をしたのか……」


 思っていた以上にリリアの手はとても小さくて柔らかかった。クロウのように剣を持つ固くなった手とはまったく違う。少し崖を登っただけで傷ついてしまうほどに。


「あら……」


 怪我をした本人は呑気に傷を見ている。きっとクロウの方が痛みに堪えるような表情を浮かべていたに違いない。無意識に傷ついたリリアの指先を口に含む。


「えっ⁈」


 突然、リリアが驚きの声を上げた。

 はっとしたクロウは自分のした事に驚く。

 だが、真っ赤な顔をして固まっているリリアの姿を目にした瞬間、思わず噴き出してしまった。大きな目を真ん丸にして、幼子のように無防備な表情を浮かべているリリアの姿につい笑ってしまったのだ。


「ひ、酷いわ! からかったのね!」


 リリアは少し涙目になって怒っている。恥ずかしがりながら怒る姿がさらにクロウの心をくすぐった。リリアから顔を逸らせ肩を震わす。悪気はなかったのだと、すぐに謝るべきなのは分かっていた。 

 しかし、悪いとは思いつつ、笑いを抑えるだけで精一杯だった。心の奥から込み上げてくるこの感情はきっと『楽しい』だ。

 今までルイが女達に『可愛い』と言っているのを聞くたび、クロウは自分には一生感じることのない感情だと思っていた。

 だが、いつのまにかリリアのことを『可愛い』と思うようになっている。自分の中にそんな感情があったことに驚いてもいた。

 今まで男でも女でも誰かの容姿を気にする事など一度も無かった。他人のことに全く興味がなかったのだ。

 なのに、クロウの目は出会った当初から無意識にリリアの姿を追っていた。彼女の存在がどうにも気になっていたのだ。

 今なら分かる。内面は言うまでもないが、彼女から発せられる優しい光のようなものに、魅せられていたのだろう。

 髪は肩にも届かないほど短く、着古した少年の服を身にまとっているにも関わらず、リリアの姿がとても美しく見える。

 今はまだどこか幼さが残っていて、可憐さが勝っているが、数年経てばその美しさにきっとまわりの男達がほっておかなくなるだろう。

 性格はおっとりとしているようだが、どこか無鉄砲なところもある……いろんな意味で目が離せない。


「!」


 一瞬だが、遠くで複数の馬の嘶きが聞こえた。


(……賊ならやっかいだな)


 クロウがそちらへ神経を集中させると、リリアが不安そうに見上げてくる。その心細そうな表情にクロウの心が騒めいた。少しでも安心させたくて、手を伸ばし彼女の柔らかな金色の髪を撫でる。


「クロウ?」

「大丈夫だ。だが、少し隠れてやり過ごそう」


 そう説明をすると、クロウはリリアの手を引き、シェーンの手綱を掴むと、近くの茂みの中へと身を隠した。

 しばらくすると、馬に乗った五人の男が姿を現した。オアシスにいた男達とは別のようだが、全員腰に無骨な剣を帯びている。


「さっきの奴ら何だったんだ?」

「見回りの兵隊にしては数が少なかったな」

「何か滅茶苦茶強かったぞ」

「俺なんか剣が折れちまったぜ」

「獲物じゃなかった事は残念だったが、全員無事に逃げられてよかった」

「必死で逃げて来たから喉がカラカラだぜ。このあたりに湧水があったはずなんだがな~」


 明らかに、盗賊達だった。

 クロウの嫌な予感が当たってしまった。思わず舌打ちしそうになったのをなんとかこらえる。視線を男達に向けたまま、リリアの頭にフードを被らせた。

 もう少しで町に着くというのに、なかなか容易くは王都へ向かわせてもらえないようだ。

 クロウは覚悟を決める。


「おい。新しい馬の足跡があるぜ」

「何頭だ?」

「一頭だな」

「一頭? とにかく、探せ」

「その必要はない」


 クロウはわざとリリアから離れた場所から自ら男達に声を掛ける。


「……そんな茂みの中で、何をやってんだ?」

「水を飲んじゃいけないのか?」

「なんだと! 生意気な奴だ!」


 いきり立つ賊の男達をクロウは冷静に眺める。


(一人足りない……どこにいる?)


 クロウは目の前の男達に視線を合わせながら、耳で僅かな音まで聞き取ろうとしていた。


「その澄ました顔を後悔で歪ませてやろうか?」


 人数の差に気を良くした若い男がすでに剣を抜いて身構えている。


「やめろ」

「お頭!」


 賊の頭らしい男が血気盛んな男を止めた。止められた男は不満そうに辺りかまわず剣を振り回す。


「誰も手を出すな。この男は、手錬れだ」


 お頭と呼ばれている男は、なかなかに人を見る目があるらしい。そのお頭の命令は絶対のようだが、他の若い男達は血が騒ぐのか、不服な表情で睨んだままクロウにじりじりとにじり寄って来る。


 きゃああああっ!


 突然響いた悲鳴に、潜んでいた小鳥達が一斉に飛び立つ。


「リリア!」


 クロウはすぐさま踵を返し、駆け出した。

 だが、一足遅かった。茂みの中から、髭面の男がリリアを引きずって現れた。姿を消していた男だ。リリアは可哀そうなほど震えている。


「その男、こんな所に綺麗なガキを隠してやがった! へへっ、それもかなりの上物だぜ」


 男達はリリアが女だと気付いていないようだが、それも時間の問題だった。賊の男達が活気づいき、あっという間に残りの男達が全員剣を構えてクロウを取り囲んだ。


「悪いな、兄さんよ。あのガキは頂いていくぜ」


 男達がじりじりとクロウとの距離を狭めてくる間に、後ろ手に縛られたリリアは賊の馬に乗せられた。このままでは引き離されてしまう。


「すまんな。ガキでも美しければ大金になるんだ。悪く思うなよ」


 言葉とは裏腹にまったく悪いとは思っていない男達は、獲物を奪いかえされないようクロウをこの場で殺すつもりだ。

 もちろんリリアを奪われたままにするつもりなどないが、この場で大人しく殺されてやるつもりもない。

 だが、クロウが長剣に手を掛ける前に、男達が一斉に襲い掛かって来た。次の瞬間、クロウは二人の剣を跳ね飛ばし、一人の男を蹴り飛ばすと、男達を統率していた男の腕を後ろ手に取って人質にしていた。

 すべては、あっという間の出来事だった。


「すぐにあの子の所へ案内してもらおうか」

「お頭!」


 他の男達が騒ぎ出すと、彼らにわざと良く見えるようにクロウは体の向きを変え、人質にとった男の首に押し当てていた剣にわずかに力を入れた。

 薄く切れた皮膚から血がうっすらと浮かんでくる。


「うっ………」

「別に、俺は案内出来る人間が一人いればいいんだがな。どうする?」


 クロウのあまりに剣呑な眼差しに、その場にいた男達は凍り付く。


「───俺達の負けだ。あんたの連れの所へ案内する。おまえら、剣を捨てろ」


 彼らが慕う男の命令に、男達は黙って剣をクロウの前に捨てた。


「この男は俺の馬に乗ってもらう。おまえ達は俺の前を走れ。変なまねはしない事だ。俺はこれ以上手加減出来そうにない」


 男達は渋々クロウの言うとおりにリリアを連れ去った方角へ向かって走り始めた。


(リリア。すぐに迎えに行く!)


 人質に取った男をシェーンの背に乗せ、自分もすぐに飛び乗ると、クロウはすぐに盗賊達の後を追うのだった。


 クロウがリリアの手料理に胃袋を掴まれてしまったのか、なぜか突然暴走をはじめました。今回離れ離れになり、これで冷静になってくれるのか、逆に火に油を注ぐ事になるのか……。

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