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王都へ  作者: 待宵月
37/73

37.惚れた女

クロウsideです。

「気付けば、おぬしはいつも西の空ばかり見ておるの。そちらに好いた女子(おなご)でもおるのか?」


 からかいを含んだ声に、振り向いた男の黒髪を強い風が巻き上げる。露わになった黒曜石のような瞳が、声の主であるローラン国の老将マティスからその背後に立つ金色の髪の若い男へ向けられた。クロウのまるで射抜くような眼差しを受け、その男は一瞬表情を硬くしたが、すぐに穏やかな笑みを顔に張り付かせた。なかなか肝が据わっている男のようである。

 この男はアンリという名のローラン国にる七人の将軍の一人だ。見た目は優男にしか見えないが、若くしてローラン国の将軍として認められるだけはあり、突如として現れた敵の軍に対し、少ない数の兵だけで援軍が来るまで王城を守り抜いている。

 凡庸ではないことは確かだ。


「………ああ、とても大切な娘がいる。だが、何も告げずに置いてきてしまった」


 クロウは思わず本音を漏らしていた。

 アンリの派手な金色の髪に、常に笑っている顔が、クロウにどこか懐かしい仲間の顔を思い起こさせたからだ。

 だが、クロウの返答の何が彼らをそうさせたのか、ローラン国で勇猛果敢とされている男二人がぽかんと口を開け、なんとも締まらない顔でクロウを見ている。


「………何だ?」


 クロウが怪訝そうに眉を寄せれば、マティスが声を上げて笑い出した。


「わっはっはっはっはっ! そうか! おぬしもやはり人の子であったか! 安心したわい。そろそろ惚れた女が恋しくなってきたのだな。しかし、黙って置いて来たとは、………その娘、今頃酷く怒っておるぞ」


(リリアが怒っている………?)


 クロウは再び西の空を仰ぎ見た。

 もし、リリアが怒っているのならまだいい。

 だが、おそらく酷く悲しませたはずだ。何も告げず、城を出るクロウに気付いたリリアの、自分の名を呼ぶ声が今もクロウの耳に鮮明に残っている。

 押し黙ってしまったクロウの姿を見て、マティスとアンリは戸惑うようにお互いの顔を見合わせたのだった。




************




 無事に城へ帰還したローラン国の王オリオールは、久しぶりに側近達と見事な柄の絨毯の上に車座に座り、酒を酌み交わしていた。

 彼らの前には、湯気の立ち上る旨そうな料理がいくつか置かれ、三人の若く美しい女が彼らの杯に酒を注いで回っている。


「ボルドビア軍は思いのほかあっさりと兵を引きましたな」


 どこか腑に落ちない様子で、若い王の補佐を務めているジンバラルが真っ白な髭をしごきながら呟く。


「だが、まだ二か所の砦を落とされたままだ」

「この度のこともあるのだ。迂闊に城を空けるわけにもいかぬぞ」

「とは言え、うかうかしておるとすぐに冬になってしまう」


 酒を手にしながらも、勇猛果敢なローラン国の武将達の表情は晴れない。 

 オリオールが本陣を率いて姿を現した途端、城を遠巻きに囲んでいたボルドビア軍は一戦も交える事無くすぐに撤退したのだ。

 敵が恐れをなして逃げたのだと城内は沸き立ち、ローラン国の兵達は勝利の声を上げたが、幾多の戦場を駆け巡った経験のある軍人にとっては何とも奇妙な印象を残していた。

 この度のボルドビア軍の侵攻は初めから何かがおかしいのだ。 


「………マティス将軍はどうした?」


 酒席を見まわし、オリオールはこの場に姿をいっこうに現さない男の行方を尋ねる。


「マティス将軍は黒髪の男と戦術について熱く語っておりましたので、もうしばらくかかるかと。………しかし、あの男は、感心するほど勉強熱心ですね」


 答えたのは、明るい金色の髪の青年アンリだった。

 少し遅れて宴席に姿を現した彼は、若輩者らしく酒宴の末席に腰を据えている。年齢はもうすぐ三十歳になるはずなのだが、どう見ても国王のオリオールとそれほど年が変わらないように見える。

 だが、彼の薄青い目の奥に光る鋭い光が、アンリが見た目だけで判断してはいけない男なのだと物語っていた。

 しかし、柔らかく整った顔立ちと、常に自然な笑みを浮かべているからか、酒を注ぎつつ女達が、若く美しい将軍の姿をちらちらと視線で追っている。


「アンリ将軍。おぬし、この度留守を任されておったのだったな。突如現れたボルドビア軍には肝を冷やしたのではないのか?」


 注がれた酒を一気に喉へ流し込み、強面の将軍ルソーがローラン国の若き将軍をからかう。


「ええ。陛下のお留守をお守りする役目をいただきながら、万が一のことがあればと、マティス将軍がお戻りなられるまで、生きた心地がしませんでした」


 素直に答えるアンリの姿に、古参の者達は理解を示し頷いている。


「そうであろうな。………で、そなた、黒髪の男の戦いぶりを目の当たりにしたのか?」

「はい。もちろんです」

「以前、傭兵をしていたと言っておりましたが、どのような戦い方をする御仁なのでしょうな」


 座はすぐにクロウの話一色となった。

 今この場にいる者の中で、アンリ以外誰もクロウの戦いぶりをその目で見た者はいなかったのだ。突然現れた不思議な黒髪の青年についてみな興味が尽きないようであった。


「まさに電光石火のごとき戦いぶりでした。取り囲んでいる敵陣を切り裂くように駆け抜けて来た姿をお見せしたかった。圧巻としか言いようがありません。あの男の目を見張るような戦いぶりに、我が軍の兵士達の志気が一気に高まったのは確かです。敵兵としては、あの神秘的な黒く輝く剣を掲げ、怖れる事無く勇猛果敢に先陣を切って向かってこられては、戦意を失い逃げ惑うしかなかったでしょう」

「剣は、伝説の黒い剣は翠色の閃光を放っておらなんだか?」


 喜々として語るアンリの話に、オリオールが身を乗り出す。


「翠色の閃光でございますか? いえ、そのような色では輝いておりませんでしたが………」

「そうか………」


 落胆の色を隠せない若い王の姿を不思議そうに見つめていた側近達は、一斉に開け放たれた扉の向こうへ続く通路へと視線を向けた。


「マティス将軍!」

「陛下、お許しくだされ。ずいぶんと遅れてしまったようですな」


 勝利を祝う酒席へ、この度の功労者であるマティスがやっと姿を現した。


「クロウと熱く語っておったそうだな」

「ええ。なかなか見込みのある若者でしてな。ついわしも時を忘れるほど熱くなっておりましたわい」

「なるほど………、マティス将軍が気に入っているというのは真であったようだ」

「気に入るも何も、あの男はきっと陛下のお役に立つことでしょう。出来ることなら、わしの後継者にと望んでおるのです」

「ほう、気難しいマティス将軍にそこまで言わせるとは……。で、奴は何と?」


 マティス将軍と肩を並べローラン国を守っているルソー将軍が興味をみせる。


「さあな、まだそこまでは話してはおらん」

「このまま我が国に残ってくれねば困った事になるぞ。あの男が持つ黒い剣は他の者は誰も持ち上げることさえできないのだからな」

「なに、この国から離れられなくすれば良いだけのこと。例えば、この国の女を娶らせるとか」

「それは良い案だ。早速、良き女を見繕ってまいれ」

「『英雄、女を好む』と、いいますからな」


 クロウの気持ちなどお構いなしに、クロウにローラン国の女を娶らそうと場は盛り上がる。


「さて、あの男を引き止められるような女がおりますかな? 奴には、すでに惚れた女がいるようですぞ」


 突然発した老将軍の言葉に、この場にいたすべての者達の視線が向かう。どの顔にも驚きを隠せない様子が伺える。


「どこにおるのだ? 奴が惚れたという女は」

「我が国より西にある国のようですな」


 マティスは酒をゆっくりと味わいながら答える。


「おぬしはからかわれたのではないのか? あの男が惚れた女を置いて異国で戦う理由が分からんではないか」

「それは、腕を磨くためだとか………。彼は、まだまだ強くならねばならないそうなので」


 マティスに代わって答えたのは、アンリだった。


「しかし、もうすでに驚くほど強いではないか? 何故あの男はそれほど強さを求め続けておるのだ?」

「惚れた女のそばに居続けるためには、誰もが認める強さが必要なのだと。以前、彼はその女に救われたことがあるのだそうですよ」


 アンリが発した言葉に、その場にいた男達は唖然としている。


「………まさか」

「あの男が救われた? その女は傭兵仲間か?」

「それ以上は何も。あまり多くを語らぬ男でして」

「とにもかくにも、大変な女に惚れたものですな。あの男がさらに強くならねば、と思わせる女とはどのような女なのでしょうな」


 男達は、この場にいない男の恋路に思いを馳せるのだった。


読んでくださり、ありがとうございます。今回は異国にいるクロウの話です。楽しんでいただけたでしょうか? あまり行動範囲を広げられると、出てくる人も増えてしまうので、是非とも早くリリアの元へ戻ってほしいと思っています。

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