34.救世主
異国にいるクロウのお話です。
銀色の甲冑に黒いマントを羽織っている壮年の騎士達に守られるようにして、砂色の髪に淡褐色の瞳の若い男がいた。彼のマントだけは白く、騎乗している馬は、輝くような毛並の美しい白馬だ。
彼はローラン国の王オリオール・ド・ローランだった。
この度の戦の最中に父王を亡くし、急遽王位に就くこととなった17歳の若い王であった。
「陛下! 先ほど、早馬が到着しました。マティス将軍率いる先鋒隊が王城への入城を果たしたとの事です!」
「それは、真か?! 早く使いの者をこれへ!」
「全軍小休止!」
オリオールは酷く驚いた様子で馬上から身を乗り出す。
彼はローラン国の中央に広がる平原を、自ら軍を率いて王城へ急いで向かっているところであった。
「陛下! こちらに、詳細を記しております!」
駈け寄って来た伝令の男は、興奮冷めやらぬ様子で書簡をオリオールに差し出す。
「うむ。大儀であった」
大仰な仕草で書簡を受け取り、オリオールはすぐさま目を通していく。
「おおっ! すでに先鋒隊は、我が城を包囲していたボルドビア軍を蹴散らし、少ない犠牲で入城を果たしたようだ」
「──俄かには信じがたい報告ですな。まだ本陣が到着さえしていないというのに、これほど早く先鋒隊が入城出来たとは……」
オリオールの傍で馬を並べていた側近達は歓喜と困惑を混ぜ合わせたような表情を浮かべ、お互いの顔を見合わせる。
だが、王城が落とされるかもしれないという不安を抱えながら進んでいたローラン軍にとっては、突如もたらされた朗報に、軍の士気はにわかに活気づく。
彼らは数日前、ボルドビア軍がベルンシュタイン国との国境にもっとも近いカヴァル砦の北に突然現れたとの知らせを受け、王であるオリオール自ら兵を率いて討伐に向かった。
しかし、到着する前に砦は陥落し、さらに王不在の隙をつかれ王城までもがボルドビア軍に包囲されるという最悪の事態に陥っていたのだ。
その知らせをカヴァル砦に近い町で受けたオリオールは、カヴァル砦を目前にして、砦の奪還を諦め急ぎ王城へ引き返せねばならなくなっていた。
一刻を争うローラン軍は、身軽な先鋒隊を先に向かわせ、規模が大きな本隊はその後を少し遅れて王城を目指していた。
その最中での、吉報であった。
「やはり! あの男の功績が大きいようだ!」
目は文字を追いながら、オリオールは弾んだ声をあげる。
「あの男とは? 黒髪の男のことでございますか?」
「そうだ。クロウのことだ」
『なんと!』と、オリオールの周りでどよめきが起きた。
「先鋒隊に彼を入れたのは、正解でございましたな」
「うむ。マティスの願いでもあったが、クロウを同行させて本当に良かった」
そう言って顔を上げたオリオールの頬は紅潮し、喜びで輝く瞳は彼を取り巻く臣下の者達に向けられた。
「マティス将軍は黒髪の男のことをとても気に入っておりましたからな」
「王城を守る兵達は、マティスが帰城したことで心強いはずだ。一先ず、危機は乗り越えたと言っていいだろう」
王位を継いでから気の休まる暇のなかったオリオールの声に、明らかに安堵のひびきがあった。
「さすがに、身元の分からぬ男を先鋒隊に入れるとお聞きした時は、陛下のご判断に正直戸惑いはございましたが、いやはや、英断でございましたな」
若い王の補佐役である老齢の男が、白い髭を撫でながら感心したようにつぶやく。
「当然だ。あの男は伝説の剣が選んだ男なのだからな」
オリオールはその時の光景をまざまざと思い出し、恍惚とした表情を浮かべた。
まるで剣が命を吹き込まれたかのように光を放つ姿が、今も彼の目に焼き付いている。
カヴァル砦に向かっていたローラン軍は、逃げて来る民衆にボルドビア軍の襲撃を聞き、そのまま襲われた町へ急いで駆けつけたのだった。
しかし、到着してみれば、不思議なことにボルドビアの兵達はみな聖殿に集まっているということだった。
今思えば、おそらく伝説の剣を奪うことが目的だったのだろう。
その聖殿はすでに悲惨な姿をさらしていた。
だが、突如壊された窓や扉から眩い光が見えたかと思うと、悲鳴を上げながら血相を変えたボルドビア兵が一斉に飛び出して来たのだ。
目に見えて分かるほどに怖れ慄くボルドビア兵達の捕縛を臣下の者達にまかせ、オリオールは家臣達の静止を振り切り、引き寄せられるように聖殿へ向かった。
そして、入り口に立った瞬間、オリオールが目にしたものは、眩い光を放つ伝説の剣を握る一人の男の姿だった。
それがクロウだったのだ。
光はすぐに消えてしまい、その姿を見ることができたのは、おそらく逃げ去ったボルドビア兵達と聖殿の中にいた子供達、そして自分だけであったが、あれは幻覚や幻ではなかったと言い切れる。
「伝説の剣……。伝説の王のみ持つことができるはずなのでは?」
戸惑うような若い兵の声に、オリオールの意識は現実に引き戻された。彼の側近達の視線が若い兵に一斉に集まっている。
伝説の王。
それは、ベルンシュタイン国の初代国王レフィナードのことだった。
彼は、『ローラン国が危機に陥ることがあれば、再び私はこの剣を取り、共に戦おう』、と告げ、自分の腰に下げていた剣をローラン国の光の神に平和と友好の証として献上したと伝えられている。
その剣はとても不思議な剣で、刀身の色もさることながら、レフィナード以外誰にも持つことができないものだった。
さらに、その剣は石の台の上に刀身がむき出しのまま千年も置かれたままになっているのだが、手入れなどしていないにも関わらず、まったく錆びることも無い。
そして、その剣が信頼の証のようにこれまでの間、ローラン国とベルンシュタイン国の間では、小競り合いさえ起きたことはないのだ。
沈黙を破るように、武将たちの中でももっとも大柄で屈強な男が、面白くなさそうに、ふんと鼻を鳴らした。
本陣営の要、ルソー将軍だった。濃い茶色の髪に、強面の大男だ。
彼は一兵卒からの叩き上げで将軍にまでなった男だった。この度も先鋒隊に一番に名乗りを上げていたのだが、入城後は籠城になるため、経験豊富で人望の厚いマティス将軍が選ばれたのだった。
「そんなこと、わざわざ言わずともこの国の者であればみんな承知しておるわ」
「だが確かに我が国ローランは、未だかつてない危機に直面している状況ではあるな」
落ち着いた声で王の近衛隊隊長ラファエロがルソー将軍の言葉に続く。彼は金茶の髪に同じ色の口髭を生やした40歳代の洗練された雰囲気の男だった。
彼の一族は代々国王の近衛隊を任される立場にある名のある家柄だった。
「ベルンシュタイン国の初代国王が約束を違うことなく、我が国の為に再び現れたとでも言うのか?」
「まさか……」
「何をみな戸惑っておるのだ。クロウが何者でもかまわないではないか。実際あの男は我が国の為に戦っておる。それが事実だ。我らは彼を受け入れ、共に戦えばいいだけではないか。さあ、すぐに作戦を詰めるぞ。まだ、ボルドビアの蛮族どもは我が城をあきらめてはいないようだからな」
戸惑う側近達を眺めながらオリオールは誇らしげに声を張る。若い王にとって、伝説の剣を振るう男が自分の陣営にいるということは、願ってもない幸運だったからだ。
すぐに幕がはられ、若き王に付き従う将軍以下各隊の隊長達が顔を揃えた。各隊の報告の後、それぞれに作戦の役割が決められ、みな意気揚々と自分の隊へ戻って行く。
もちろん、作戦会議の合間でも噂の的になっていたのはやはりクロウの事だった。
「やはりクロウという男は聞けば聞くほどすごいな。先ほどの町でも、ボルドビア兵達に蹂躙されるローランの民をたった一人で戦いながら逃がそうとしていたそうではないか」
「助けられた者達が口々に救世主だと言っていたぞ」
「今はどの町も若い男達は兵として借り出されておるからな。襲撃を受ければひとたまりもない。だが、確かにあの町の被害は他の町にくらべ、少なかった。三百人を超えるボルドビアの兵がいたのにだ!」
「この度のボルドビア軍の包囲網を突破出来たのも、あの男が先陣を切って戦ったからだそうだぞ」
「やはり、あの男は我が国の救世主なのかもしれんな」
「きっと、伝説の王の生まれ変わりだ」
戦乱の暗い雰囲気が漂う中、突如現れた珍しい黒髪の英雄譚にみな興味がつきないようであった。
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いつのまにか、ローラン国の『救世主』にされてしまった男クロウは、城壁の上にいた。
城を取り囲むボルドビア軍は王城からの攻撃が届かない位置に陣取ったまま、攻めあぐねているようであった。
「こんなところにおったのか」
敵の様子を見に来たマティス将軍は、クロウの姿を見つけると笑顔を浮かべて歩み寄って来た。
成り行きとはいえ、ローラン軍に加勢し、ボルドビア軍と戦うことになろうとは、クロウには思いもよらないことだった。侵攻してきたボルドビア兵達が罪もないローラン国の民を蹂躙する姿を目にし、なんとか助けたいと思ったのがきっかけではあったが、ローラン国の老将のそばにいれば、彼から戦について学ぶことも多くあると気づいたのだ。
マティスはクロウの隣に並び立つ。その表情は穏やかではあったが、ボルドビア軍を見つめる眼差しは鋭い。
「もう間もなく陛下が本陣を率いてお戻りなられる。まだあんなところでのんびり時間をつぶしておるとは、この度のボルドビア軍を率いておる将は愚だのう。戦の基本は、天の時、地の利、人の和だ。もちろん敵の数より多くの兵を用意することももちろん基本ではあるが、どれほど敵の数より多くの兵を用意したとしても、最初にあげた三つのことを見誤ると、あっという間に負けをみる。……ベルンシュタイン国を知っておるか? あの国の歴代の王達の戦は見事だぞ。少数精鋭で数で優る敵を撃破するのだ。そしてどの王もみな、みごとにこの三つを見誤ることはない。それを踏まえたうえでさらなる戦術や奇襲で後世に残るみごとな戦いをしておる」
「ベルンシュタイン……」
クロウは目を閉じ、心が騒ぐのをやり過ごす。
愛しい顔が、瞼の裏に浮かぶ。
出来ることなら攫ってしまいたかった。
この腕に抱いて、ずっと守っていたかった。
だが、ただ一時の劣情でリリアを危険な目に遭わせるわけにはいかなかったのだ。今のクロウの力では、リリアを幸せにするどころか、再び危険に晒すことになっていただろう。
『──それで、本当にリリティシアは幸せになれるのかい?』
クロウが言った言葉をシュティル国王はそのままクロウへ突きつけて来た。強い覚悟を秘めた静かな眼差しで。
ベルンシュタイン国の王としての力は強大だ。
さらに、経験値はもちろんのこと、決断力も、行動力も、包容力もすべて備えている。リリアにとって、あの男の傍が一番安全であることは明白だった。
だがあの男はリリアが幸せになれるとは言わなかった。
それは、いずれ一国を担うリリアの心身への負担がどれほどのものなのかを理解していたからだ。
クロウは何も答えることが出来なかった。リリアを取り巻くすべての事を何も分かっていなかったのだ。
その事実に気付いた時の衝撃は、今も心の奥でくすぶり続けている。
なんとしても強くならねばと思った。リリアが望む未来を、共に切り開くための力が欲しいと願った。
今は遠く離れてはいるが、このローラン国で経験したことはきっと今後役に立つはずだ。
それにローランが負けるようなことにでもなれば、ボルドビアはそのままベルンシュタインまでも襲いかかる可能性もある。
だからこそ、ローラン国からボルドビア軍を追い払うため、クロウはこの国に踏みとどまる決意をしたのだった。
今回も、読みにきてくださり、ありがとうございました。楽しんでいただけたでしょうか? さて、クロウも頑張っていますが、リリアも頑張っています。次回は、リリアのお話です。また次も読みにきていただけると、とてもありがたいです。では、これからもどうぞよろしくお願いします。




