33.伝説の剣
クロウsideです。
ベルンシュタイン国の東方に隣接する国ローラン。
今、この国は戦乱の真っただ中にあった。北にある気性の荒いボルドビア国の侵攻を受けていたのだ。
きゃあぁぁぁぁっ
ベルンシュタイン国との国境に近いローラン国の小さな町で、突然悲鳴があがった。
近くの砦がボルドビア軍の手に落ち、知らせが届く間もなくその砦から進軍してきたボルドビア兵士達が奇襲をかけて来たのだ。
「逃げろ! ボルドビアの兵だ!」
「きゃああああっ、助けてっ!」
突如として現れたボルドビア軍に、町に住む人々は叫び声を上げながら必死で逃げ惑う。
混乱をきたした町の中を、逃げようとする人々の波に逆らいながら進もうとする若い女がいた。
「待てっ! あちらへ行ってはならん! すでにボルドビアの兵達が逃げ遅れた者を殺しまわっているぞ」
「でもっ! 子供達が!!」
親切な男が女を押しとどめようとしたが、女はその手をすり抜け、悲鳴と怒号か響く方へ向かって駆けて行く。
長い亜麻色の髪を束ねていた紐は解けて垂れ下がり、聖堂で働く者が身に纏う丈の長い白い衣服はすでに泥で汚れてしまっている。
だが、それでも彼女はこの町の聖堂に向かって走り続けた。
聖堂には、親のいない子供達が暮らしている。彼女はその子供達の世話をしていたのだ。
「ああっ……!」
やっとの思いで女が聖堂の見えるところまでたどり着いた時、彼女の目に飛び込んできたのは、すでにボルドビア兵達に襲撃を受けた建物の姿だった。
扉は跡形も無く破壊され、破片が周辺に無残に飛び散っている。その聖堂の中へ、破片を踏み砕きながら、兵士達がまるで吸い込まれるように入って行く。
「な、何て酷い!」
悲鳴に近い声を上げ、女は敵兵がひしめく聖堂に向かって駆け出そうとした。
だが、その女の腕を力強い男の手が掴んだ。
聖堂の中では、ボルドビアの兵士達が椅子や机を脚で蹴り倒しながら何かを探し回っていた。
「剣はどこだ?」
「古臭い聖堂だな。 伝説の剣があるっていうからよ、もっと立派な建物を想像していたぜ」
彼らは古くから伝わる伝説の剣を奪うためにこの町へ来ていたのだった。
「まさか、あれか?」
剣はどこかに巧妙に隠されていると思い込んでいた兵士達は目を疑った。
聖堂の奥、光の聖者を模した美しい石像の前に据え付けられた台の上に、一振りの剣が刀身がむき出しになったまま無造作に置かれていたからだ。
その上、その刀身はとても珍しい色をしていた。
漆黒の剣だったのだ。
最初に気付いた兵は一瞬困惑した表情を浮かべたが、柄に埋め込まれた大きな翠玉に気付くと歓喜の声を上げた。
「伝説の剣だ!」
その声を聞き、他の兵達もすぐに彼の周りに集まって来る。
「これが、伝説の剣なのか?」
「こんな黒い刀身など、見たことがないぞ」
「精霊が造ったと言われているだけあって不思議な剣だな」
集まって来た兵士達は、見たこともない剣の姿に興奮した様子で言葉を交わし合う。
だが、いざ持ち上げようとしても持ち上げることができないのだ。それどころかピクリとさえ動かすこともできない。
「うっ……動かねぇ──」
「く、くうっ……駄目だ!」
兵士達は代わる代わる剣を持ち上げようと試みるのだが、誰一人として持ち上げることはできなかった。みな一様に戸惑い、首をかしげる。
「何をのらりくらりやってんだ! 次は俺にやらせろ!」
「なっ! どうなってるんだ?」
「この台に引っ付いているみたいだ」
どんなに腕に自信がある者が試みても、やはり結果は同じだった。
「おいっ! こんなところに扉があるぞ!」
ちょうど兵士達が苛立ち始めた頃だった。違う場所を探していた男が大声で仲間を呼ぶ。
石像が置かれた場所よりもまださらに奥に、扉があったのだ。
見つけた男は扉の取っ手を掴み、がたがたと激しく揺さぶる。だが、簡単には開く気配はない。
「くそっ! しっかりと鍵が掛かってやがる」
「あっちの剣は偽物で、この中に本物があるんじゃないのか?」
「違いねぇ! 絶対、この中だぜ」
動かせない黒い剣を偽物と判断した兵士達は、扉の中に本物の剣が隠されていると思い込み、扉を壊し始めた。
「きゃっ……」
扉が大きく軋む音に交じって、扉の内側から幼い子供の悲鳴が聞こえた。
兵士達が顔を見合わせる。
「おやおや、中に誰かいるようだぜ?」
「ではちょっくら、その顔を拝ませてもらおうか」
残忍な笑みを浮かべた兵士達は手荒に扉を破壊し、中に隠れていた十人近い小さな子供達を捕まえると、部屋の中から引きずり出す。
子供達は恐怖のあまり泣くことさえできず、ぶるぶると震えている。
だが、ちょうどその時、聖堂の入り口付近でどよめきが起きた。
「な、何だ?!」
子供達を捕まえている兵士達からは死角になっていて何が起こったのか全く分からない。だが、他の兵士達は気色ばみ次々に入口へ向かい始めた。
入り口付近で何かが起きているのは確かなようだった。
「何が、……起こっているんだ?」
「まさか、ローラン軍が到着したのか?」
奥にいた兵士達は不安な表情を浮かべ互いに顔を見合わせる。
その間も、怒号に交じって絶叫まで聞こえ始め、とうとう兵士達は捕まえていた子供達を引きずりながら、聖堂の奥から出て来た。
兵士達は聖堂の入り口から差し込む光を背に立つ長身の男の姿に目を眇める。その男の手には剣が握られていた。
「なんだ? あの男は?」
そう言ったボルドビアの兵士は、目を見開いたまま言葉を失う。
突然現れた男の周りには、ボルドビアの兵士達がすでに山のように倒れていたからだ。男は襲い掛かるボルドビア兵達を剣で薙ぎ払いながらどんどん奥へと向かってくる。
「あ、相手は一人だ! 何を怯む必要かある! やっちまえ!」
誰かが大声で仲間達を煽れば、その声に弾かれたように奥にいた兵士達も捕まえていた子供を床へ突き飛ばし、怒声を上げながら男に向かって突進し始めた。
「きりがない……」
うんざりした声で呟いたのは、黒髪の端整な顔立ちの男だった。見事な剣捌きで次から次へと襲い掛かって来るボルドビアの兵士達を床に沈めていく。
この男はクロウだった。
今はリリアの側に居ても何の役にも立たないのだと悟ったクロウは、断腸の思いでリリアの元を離れた。
更なる力を得るために。
一度、傭兵だった時の仲間達が眠る地を訪れた後、彼はローラン国に立ち寄っていた。
そして、ローラン国の滞在していた町が突如ボルドビアの兵に襲われたのだ。彼は逃げ遅れた町の人々を助けながら、共に町から出ようとしていた。
そんな中、敵の兵が大勢いる建物の中へ駆け込もうとしている女の姿にクロウの目が留まった。クロウは寸でのところで彼女の腕を掴んで引き留めたのだった。
『手を放して! 子供達があの中にいるのよ!』
クロウは瞠目する。彼女は無謀にもたった一人で中にいる子供を助けに行こうとしていたのだ。
脳裏にリリアの姿が浮かんだ。
(リリアも、きっと突っ込んで行くのだろうな……)
クロウは女の腕を掴んだまま、無意識に優しい笑みを浮かべていた。
その表情を間近で見てしまった女は、惚けた顔でクロウの顔を凝視していた。
『俺が、助けに行く。おまえは他の者達と一緒に逃げろ』
呆然として、固まったままの女を近くにいた者に預けると、クロウは一人聖堂へ赴いたのだった。
聖堂の中は、不思議なほどボルドビアの兵士達で溢れていた。次々に向かってくる兵士達と戦いながらやっと中ほどまでやってきた時、子供達を引きずって来る兵士達の姿が見えた。
彼らもクロウの姿を目にした途端、慌てて子供達を突き飛ばし、クロウに向かって襲い掛かって来た。その隙に子供達は蜘蛛の子を散らすように壊れた机の裏や柱の影へと隠れて行く。
(何とか間に合ったようだな)
元気な子供達の姿に内心安堵しながらも、クロウは聖堂の中に残っているボルドビアの兵士達と一人で戦い続けなくてはならなくなった。
ガッキンッ!
金属の嫌な音が響いた。クロウの剣が折れたのだ。それほどに多くのボルドビアの兵達を相手にしてきていた。クロウの剣が耐え切れなくなっていたのだ。
「くっ……」
クロウは折れた剣の柄で、振り下ろされた敵の剣を受け止めた。
クロウを取り囲んでいるボルドビアの兵達に残虐な笑みが浮かんでいる。彼らは折れた剣で戦うクロウに対し、まるで猫が弱ったネズミを狩るような嗜虐的な喜びを見出しているようだった。奇声を上げながら襲い掛かってくる。敵兵が繰り出してくる剣先を避け、クロウはたまたま視界の端で捉えた剣へと思わず手を伸ばした。
そして、その剣の柄を掴んだ瞬間、眩い光が弾ける。
「? この光は……!」
光を放つのは、クロウが掴んでいる剣だった。
柄にはめ込まれた石から緑色の光が溢れ出し、いつのまにか刀身までもが同じ色の輝きに包まれている。
この光の色には、見覚えがあった。
(精霊の光!)
「うわぁぁぁっ!」
まるで生きているかのように眩い光を放つ剣を目の当たりにしたボルドビアの兵士達は、酷く驚愕し、悲鳴をあげながら聖堂の外へと一目散に逃げ始めた。
クロウは逃げて行くボルドビアの兵士達を追うことはせず、剣を凝視する。
それは、黒い刀身の不思議な剣だった。初めて触れたというのに、クロウの手にとてもしっくりと馴染んでいた。まるで使い慣れた剣のように。
いや、体の一部のようにさえ感じる。
「お兄さんは、伝説の王様なの?」
おどおどとした声に、クロウは視線を向けた。
いつのまにか隠れていた子供達がクロウの周りに集まって来ていた。どの子供の瞳も、驚きと好奇心、そして憧れに輝いている。顔を上げ辺りを見渡せば、聖堂の中はすでにボルドビアの兵達の姿はどこにもなかった。
「伝説の王……?」
クロウの問いに答えるように声が響いた。
「その剣を持つことが出来るのは、伝説の王だけなのだがな」
若い男の声だった。
クロウは瞬時に剣をかまえ、子供達を背に庇う。
聖堂の入り口に、白いマントを羽織った男が立っている。彼の白い胴着の胸元に金糸で縫い取られているのは、ローラン国の王家の紋章だった。
読んでくださり、ありがとうございます。リリアの元を離れたクロウのお話です。「伝説の剣」は33話を書いているときに、突然出てきました。書いていてびっくりです。黒い刀身なんて「魔剣」みたいだし……と、眩い金色に輝く剣にしてみたのですが、やはりなんだか違うと思いなおし、浮かんだままの姿に戻しました。次回もクロウのお話です。「伝説の剣」を手にしてもまだ力不足だと感じているようで、リリアのもとへ帰ってくれません。これからも一緒に楽しんでいただけると嬉しいです。




