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王都へ  作者: 待宵月
31/73

31.王の椅子

リリアsideです。

*2017年8月1日加筆訂正しています。

 天蓋のある大きな寝台の上で、リリアは目を覚ました。

 ここはどこなのだろうかと、ただぼんやりと思う。


「……気が付いたのね?」


 聞き覚えのある声に、ゆっくりと視線を向ける。

 寝台のすぐそばに置かれた椅子に、シャイルが座ったままリリアをじっと見つめていた。なんだが、少しやつれたように見えて、心配になる。


「シャイル……」


 名前を呼べば、シャイルが手を伸ばし、そっとリリアの額の上に掌を置いた。

 ひんやりとした手がとても気持ちいい。


「──よかった。少し熱が下がったわね」


 シャイルがほっと息を吐く。

 こんなに頭の中がぼんやりしているのは熱のせいらしい。


「私……」

「……気を失っていたのよ。リリア」

「気を?」

「……覚えていないの?」


 何を? と、言いかけて、リリアは動きを止めた。

 そして、シャイルから視線を天井へ向け、力無く目を閉じる。


「────クロウは、行ってしまったのね?」


 質問とも確認ともとれる問いかけに、少しの沈黙の後、シャイルが『ええ』とだけ囁くように答えた。


「……シャイルも行ってしまうのでしょう?」

「………………リリア」


 苦しそうに、まるで絞り出すような声だった。

 でもその声だけで、シャイルまでもがリリアのそばから離れて行ってしまうのだと気付く。子供の頃からずっと一緒だったのだ、言葉が無くても分かってしまう。

 瞼が震え、閉じた目から溢れ出た涙が、頬を伝い流れ落ちていく。

 叔父様とクロウ、そしてシャイルとの間で何か大切な話があったのは確かだ。

 だが、シャイルに理由を聞いてもきっと教えてはくれないだろう。そうでなければ、こんな苦しそうな表情で口をつぐんだりしないはずだから。

 リリアの視線を避けるように去って行ったクロウの後ろ姿が忘れられない。

 もっとクロウとお話がしたかった。

 ずっとクロウのそばにいたかった。

 離れたくなんかなかった。

 心の内を吐露していれば、何かが変わっていたのだろうか?

 いずれ離れ離れにならないといけないのだとしても、今とは違う結果になっていたはずだ。王都へ来てから、リリアは自分のことだけに囚われていて、クロウとはあまり言葉を交わしていなかった。

 もしかしたら、何か彼を酷く傷付けてしまったのかもしれない。

 あんなに急いで去って行ったのだ。きっと何か理由があったに違いないのだ。

 伝えたい事はたくさんあったのに、お礼さえ言えていない。大切なものを失ってから気付くなんて、また同じことを繰り返してしまった。

 もうこれ以上同じ過ちは繰り返したくない。

 

「行かないで……」


 零れ出た言葉は、それ以上続くことはなかった。

 シャイルがまるで縋りつくようにリリアの体を掻き抱いたからだ。


「……ごめんなさい──」


 耳元で聞こえた謝罪の言葉は、まるで消え入りそうなほど儚い。

 リリアは涙に濡れた目を大きく見開き、まるでうわ言のようにシャイルの名を何度も何度も呼び、その温かい腕の中でリリアは涙が枯れるほど泣いた。

 

「何か飲むものをもらってきましょうか?」

 

 泣き疲れ、寝台に横たわるリリアにシャイルが声を掛ける。

 優しい声に目を閉じたまま小さく頷けば、シャイルがそっと部屋を出て行く気配がした。


「リリア様は、大丈夫でございますか?」

「……ひとまず、熱は下がってきています。冷たい水を用意していただけませんか?」

「はい。すぐにご用意させていただきます」


 寝室の扉の外で、シャイルが誰かと話しをしている。この声はマロウ夫人とシンシアだ。ひどく心配したその声に、二人にもかなり心配を掛けてしまったのだと分かる。


「さあ、よく冷えたお水でございますよ」


 しばらくして、シャイルがマロウ夫人を伴って、戻って来た。

 起き上がろうとするリリアの体をシャイルが支え、マロウ夫人が水の入った器をリリアの口にそっと添えてくれる。

 器からゆっくりと流れ込んで来る冷たい水が、熱を持つ喉を通り抜け、体の奥へと染み込んで行く。

 水がいろんなものを洗い流してくれるような心地よい感覚に、少しだが気持ちが落ち着いていくように感じる。


「ありがとうございます。あの、……叔父様に、国王陛下にお会いしたいのです。会わせていただけませんか?」


 リリアは意を決してマロウ夫人にお願いをする。

 あまりに色んなことが一気にリリアの身の上に押し寄せてきて、ひどく混乱していたようだ。自分がどうしたいのか、まだ叔父様に何も言っていないことに今更ながら気付く。

 クロウもシャイルも城に留まることが出来ないのなら、リリアが城を出ればいいはずだ。

 せっかく叔父様にお会いすることができたが、このままでは自分を見失ってしまう。どうすればいいのかなんてまったく分からないけれど、少しでも早くリリアの気持ちを叔父様に伝えなくてはならない。

 マロウ夫人は少し驚いた表情を見せたが、すぐに頷いてくれた。


「陛下はとても心配しておられます。ですが、今はちょうど、謁見のお時間なので、すぐにお会いすることはできないのです。シンシアにリリア様が目覚められたとユーリック殿にお伝えしに行かせておりますので、あともう少しお待ちいただければ、お会いできるはずですよ」

「はい。ありがとうございます。……よろしくお願いします」


 そう言って、リリアは頭を下げた。

 しばらくしてシンシアが戻ってくると、マロウ夫人はリリアの身支度を整えてくれた。

 再び母の衣装に身を包み、緊張したまま待って居ると、ほどなくユーリックがリリアを迎えに現れた。リリアは、まだ少しふらつく体を、シャイルに支えられるように歩きながらシュティル国王陛下の待つ部屋へと向かった。案内された部屋は、父と母の絵が飾られていた部屋とはまったく違うところだった。


「陛下、お連れいたしました」


 ユーリックの声が響き、今までに見たどんな扉よりも大きな扉が、警護に当たっている衛兵達によって左右にゆっくりと開かれて行く。

 目の前に現れた部屋は、2階部分まで吹き抜けになっており、部屋と呼ぶにはあまりに広かった。

 円柱の柱が左右に並び、大理石でできた床の上には、赤い絨毯が入り口から一本の道のように真っ直ぐに部屋の奥へと伸びている。

 その先には数段高くなった場所があり、その壇上には、赤を基調とし、金糸の豪華な刺繍が施された美しい垂れ幕かかっていた。

 そして、その前には眩い金で装飾された立派な椅子に座る叔父シュティルの姿があった。

 彼はリリアの姿を目にすると、驚いたように立ち上がる。


「ここは、謁見の間です。リリア様だけ、どうぞ中へお進みください」


 背後から掛けられたユーリックの声に、リリアはまるで背を押されたように、シュティルに向かってふらりと歩き出した。

 今までリリアを支えていたシャイルの手が名残惜しそうに空を彷徨う。

 その指の先で、大きな扉がゆっくりと閉じられて行く。それはまるでシャイルとリリアの繋がりを断ち切るかのようであった。

 熱を感じないひんやりとした広い空間に、リリアはシュティルとたった二人だけになっていた。 

 足元もおぼつかない様子で歩いて来るリリアの体を、急いで駆け寄って来たシュティルが支える。心配そうに見下ろす叔父の顔をリリアは見上げた。


「……お願いです。村へ、……私は、おじいさんとシャイルと一緒に暮らしてきた村へ帰りたいです。どうか、……村へ帰してください」


 零れ出た言葉と共に、翡翠色の瞳に涙が溢れ、頬を伝って流れ落ちていく。

 澄んだ青い瞳が陰り、大きな手がリリアの涙をそっと拭う。


「気持ちは、痛いほど分かるよ。……だが、もう元の生活には戻ることはできないのだよ」

「……そ、そんな……どうして──」


 シュティルは苦みを帯びた声でそう告げると、呆然としているリリアの手をそっと取り、歩き出した。

そして、先ほどまで自分が座っていた荘厳な雰囲気に満ちた椅子にリリアを導き、座るように促す。

 言われるがままリリアが椅子に座ると、シュティルは彼女の足元に片膝を付いた。

 リリアの両手を優しく包むシュティルの手は温かかった。

 だが、慈愛に満ちた眼差しで告げられた言葉にリリアは目を大きく見開く。


「ここが、君の本当に帰ってくる場所だよ。私の大切な女王陛下」

「や、止めてください! 私が女王だなんて! 冗談は、止めてください!」


 リリアは立ち上がろうとしたのだが、優しく宥められ、立ち上がることは叶わない。


「私は、冗談は言わないよ。リリア、どうか落ち着いて聞いてほしい」


 真剣な眼差しを向けられ、リリアはただ聞くことしかできなかった。


「君は、私の兄の子供だ。間違いない。誓ってもいい。君はエレーネに本当によく似ているよ。……その衣装はマロウ夫人が選んだのかな?」

「はい……」

「開いた扉の向こうに立つ君の姿を見た時、一瞬エレーネがそこに立っているのかと錯覚したほどだ」

「エレーネ……お母さん?」

「そう。そして、君の父の名前はアルフレッド。先代のこの国の王だ。だから本当は、この椅子に座るのは私ではなく、君なのだよ。……君はアルフレッド国王の後を継ぎ、女王として生きなければならない」

「そ、そんな……ちが……」


 すぐに否定しようとしのだが、喉の奥が塞がれたようになって言葉にならない。むき出しの心のまま首を左右に振れば、大粒の涙が窓から差し込む光を受け、煌めきながら冷たい床へと落ちていく。

 だが、シュティルはそんなリリアの姿を我慢強く、まるで包み込むように見つめ続けていた。


「リリア、私は君にとても酷な話をしているのは重々承知しているよ。君が女王になることが、君の幸せだとも思ってはいない。だがね、これは君に課せられた運命なのだと受け止めてほしい。どんなに君がこのしがらみから逃れようとしても、その美しい翡翠色の瞳が君を搦めとってしまうだろう。もう君が望むような暮らしは出来ないのだよ。それにこれからは、君が望む望まないに関わらず、君の言動一つで国内国外を問わず、戦が起こりうることだってある」

「わ、私のせいで、……戦が? どうして……」


 あえぐように顔を上げ、がたがたと震え出したリリアの華奢な肩をシュティルはそっと両手で包み、悲痛な表情で見つめる。


「……私は、君を守りたい。そして、この国をも守りたいのだ」


 そして、『戦になど、私が絶対にさせない』と、まるで誓うように囁くと、シュティルは抗うように表情を明るいものに変えた。

 

「……どうだろう? これは私の提案なのだが、突然女王にはなれと言われても戸惑いしかないのも当然のことだ。ならば、まずは私の娘になってはくれないだろうか?」

「……娘?」

「そう。私には子供はおろか、妃もいないからね。君が私の娘になってくれるのなら、これほど喜ばしい事は無い。これまで、君の父と母が命を懸けて守ってきたこの国を、今度は私と共に守ってくれないかい? そして、私の跡を継ぎ、女王としてこの国を導いてほしい。これが、私の希望であり、願いだよ」


 翡翠色の瞳から再び大粒の涙がはらはらと零れ落ちる。

 もうどんなに元の生活に戻りたいと願っても、許されることではないのだとリリアは悟った。

 そして、ただ小さく頷くことしかできなかった。


読んでくださり、ありがとうございます。暗い展開が続いていますが、どうかリリアとクロウの行く末を一緒に見守っていただけるとありがたいです。

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