30.高価な衣装
リリアsideです。
大きな姿見に映る自分の姿を、リリアはまじまじと見つめる。
「あの、この衣装は?」
案内された部屋で、なぜかリリアはとても美しい衣装に着替えることになってしまった。
すでに用意されていたその衣装は、リリアが知っているものとは生地からして違っていた。表面には優しい光沢があり、手触りはとても滑らかでとても柔らかい。色も裾へ向かって薄紅色から真紅へと徐々に変化していくように染められている。
「む、無理です! こんな高そうな衣装に着替えるなんて、出来ません!」
貴族の服について何も知らないながらも、一目でとても高価なものだと感じ取ったリリアは、すぐに断った。
けれど、マロウ夫人のたっての願いと言われてしまうと、それ以上断る事もできず、申し訳なく思いながらその衣装に着替えたのだった。
だが、着替えてみたものの、その衣装はリリアには少し大きいようだった。
「あの、やはり私には似合わないようです……」
少し残念に思いながらも、どこか安堵するような声でリリアが衣装を脱ごうとすると、マロウ夫人が慌ててその手を止める。
「いいえ、大丈夫でございます。少しお直しする必要はございますが、それほどお時間をおとりすることはないでしょう。ですから、どうかお脱ぎにならないでくださいませ!」
そう言うやいなや、マロウ夫人はすぐに糸と針を手に取り、リリアの体系に合わせて衣装の寸法を変えていく。
彼女の言葉どおり、それほど時間を掛けずにマロウ夫人はリリアの体に合うように肩と裾の長さを調整し終えてしまった。
「ああ、本当に良くお似合いです……」
改めてリリアの前に立ったマロウ夫人は、感極まった様子で、再び目に涙を浮かべる。
「──このお衣装は、貴方様のお母君であらせられるエレーネ様が若き頃に着ておられたものなのですよ」
「え?! お母さんが?」
「はい」
マロウ夫人の顔は涙に濡れていたが、喜びで満ち溢れていた。
「婚約されたばかりのエレーネ様に、貴方様のお父君が贈られたものなのです」
「!」
あまりに不釣合いで、よそよそしく感じていた衣装が、母が着ていたと知っただけで、突然温もりを伴い、リリアの心を揺さぶる。
今までは父と母と言われても、顔さえ知らないリリアには、ふとした時に寂しいと感じるだけの存在だった。だが、今は目を瞑れば瞼の裏に先ほど見た絵の中の父と母が微笑んでいる。
「……二人は仲がよかったのですか?」
リリアはもっと父と母のことが知りたくなって、マロウ夫人に尋ねる。
「ええ、それはそれはとても仲睦まじくていらっしゃいました……」
律儀にもマロウ夫人はリリアの質問に答えてくれるのだが、目頭を押さえたままだ。
「マロウ夫人……」
リリアが困ったように名を呼ぶと、涙を拭きながらマロウ夫人が微笑む。
「あらあら、いけませんね。この年になると涙もろくなってしまって──」
「そうですよ、マロウ夫人。早くしないと、陛下からまだかと、催促が来てしまいますよ」
しんみりとした部屋の空気を、シンシアのよく通る声が明るく変える。
彼女はマロウ夫人が着丈を直している間に、解けかけていたリリアの髪を丁寧に梳かし、再び綺麗に結い上げてくれていたのだ。今は花をあしらった髪飾りをいくつか手にし、どれが衣装に合うか吟味している。
「この髪飾りですと、まるで花の精霊のようでございますね」
シンシアはとても楽しそうに薄紅色の大小の花の髪飾りでリリアの髪を飾りつけていく。
そして、飾り終えると満足そうに笑みを浮かべ、すぐに床に広げられていたアマンダから借りた衣装を拾い集めて、そのまま部屋から出て行こうとする。
「ま、待ってください! その衣装はお友達の方からお借りしている大切なものなんです!」
気付いたリリアが慌てて引きとめれば、シンシアは一瞬驚いた表情で立ち止まり、顔を強張らせているリリアを見つめる。
「驚かせてしまったようですね。申し訳ございません。もちろん、このお衣装が大切なことは承知しております。ただ、このお衣装は、ところどころほつれて汚れているところをお見受けいたしましたので、汚れを落とした後、綺麗に繕わせていただこうと思ったのです」
まるで安心させるように表情を優しく和ませ、シンシアはリリアに説明してくれる。
勘違いしたリリアはとても恥ずかしくなって、慌てて頭を下げた。
「ごめんなさい! 私は捨てられてしまうのかと思ってしまって……すみません。どうかよろしくお願いします!」
「謝罪など不要ですわ。それに、そんなお顔をなさらないでください。私達はこうしてお世話をさせていただけることが、何よりもの喜びなのですから」
大切な衣装を汚してしまい、さらには自分ではどうすることも出来ないことを気に病むリリアに、シンシアは安心させるようにやさしく説明をすると、満たされたような笑みを残して、扉の向こうへと消えて行った。
「そうでございますよ。衣装の扱いには私共は慣れております。精一杯綺麗に直させていただきます。それよりも、お疲れになったのではございませんか? 少し長椅子に座ってお休みになってください」
部屋の中をあっという間に綺麗に片付け終えてしまったマロウ夫人が、リリアの体調を心配して長椅子へと彼女の手を引き連れて行ってくれる。
慣れない衣装だったが、マロウ夫人の手助けもあって、手をこまねくことなく椅子に座ることができた。
「ふう~」
座った途端、深いため息がもれる。
思った以上に、疲れていたようだ。
「マロウ夫人、ありがとうございました。……あの、クロウとシャイルは──」
リリアはずっと気になっていたクロウ達の事を尋ねる。少しでも早く彼らに会いたかった。
「ご心配なさらなくても、陛下とのお話が済めば、すぐにこちらへ飛んでくるでしょう」
「わあ、とっても綺麗だ! 見違えちゃったよ!」
聞き覚えのある声が室内に響き、リリアが顔を向ければ、お茶の用意を持ったシンシアと共に見知った男達が入って来る。
ガルロイとルイの二人だった。
彼らはクロウ達と引き離されてしまったリリアに付き添って来てくれていたのだが、今まで部屋の外でずっと待ってくれていたのだった。
二人の顔を見て、リリアの不安が少し和らぐ。
「そうそう。あの二人なら100人ぐらいで襲ったって、返り討ちに遭うだけだしね」
「えっ?!」
とても楽しそうにルイが物騒なことを口にする。
「おい! ルイ、おまえは不安にさせてどうするんだ!」
ガルロイに叱られたルイは、大げさに首を竦める。
いつもどおりの彼らの姿にリリアは城に来て初めて和んだ笑顔を見せた。
少し心に余裕がでてきたリリアは、自分がいる部屋の様子に目を向ける。
お城の中は基本的にどこも天井が高かったが、リリアのために用意された部屋もやはり天井の高さは普通の家の倍はあると思われた。
部屋は今リリア達がいる居間と衣裳部屋が備え付けられた寝室、そして本がたくさんある書斎が繋がっていて、すべて扉で仕切られている。
どの部屋も白を基調にして淡い翠色で統一され、とても居心地良く設えられていた。
窓からは、湖はもちろんのこと、遠くまで見渡せて、思わず『すごいわ!』と声を上げてしまったほど、丘の上にある王城からの景色は絶景だった。
リリアはシンシアが用意してくれたお茶をガルロイとルイの三人で囲んでいると、扉をコツコツと叩く音がした。
すぐにマロウ夫人が扉を開ければ、そこにはユーリックが一人で立っていた。
「リリア様をお迎えに参りました。陛下がお呼びです」
ユーリックは事務的な声で用件を伝える。
「私達が付き添っても、問題はありませんか?」
不安そうな表情を浮かべたリリアをまるで安心させるように、ガルロイがユーリックへ問う。
「構いません。では、ご案内いたしますので、私の後について来てください」
リリアはマロウ夫人とシンシアに急いでお礼を言うと、付き添ってくれると言ってくれたガルロイとルイと共に部屋を後にした。
リリア達は4階から2階へと移動し、バルコニーに面した明るい廊下を歩いて行く。
窓の反対側は大広間になっていて、そこでは酒席が設けられたり、異国の使者をもてなしたりするのだとガルロイに教えてもらった。
開いた窓からは、花の香りを乗せたそよ風がまるでリリアを誘うように入って来て、無意識に窓辺に身を寄せる。
ふと視線を遠くへ向けた瞬間、城門に向かう石畳の上に騎乗した黒髪の男の姿が目に飛び込んできた。
途端、まわりの音が消え、自分の鼓動の音しか聞こえなくなる。
まるで弾かれたようにリリアは辺りを見回し、開かれていた吐き出し窓を見つけると、急いでバルコニーへ飛び出す。
慌ててガルロイとルイもリリアの後を追いかけて来る。
リリアは縋り付くように石造りの手すりを握りしめ、声の限りに男の名を呼んだ。
「クロウ────ッ!」
馬上でクロウが振り返った。
まるで時間が止まったかのように二人は見つめ合う。
『げ ん き で』
にわかに彼の唇が動き、言葉を紡いだ。
「えっ……?」
言葉の意味をリリアが理解する前に、クロウはフードを深く被ってしまった。
その途端、静かな夜を思わせる黒髪と輝きを秘めた黒曜石のような瞳がまったく見えなくなってしまう。
「……クロウ?──」
まるでリリアの呟きを振り切るかのようにクロウは手綱を強く引くと、彼の愛馬シェーンが大きく嘶き、馬首を城門へ向け駆け始めた。
「! 待って! クロウーッ!」
落ちそうになるほど手すりから身を乗り出すリリアの体を、突然背後から伸ばされた腕が抱きかかえる。
「リリア、危ない! ここは二階よ!」
「離して、お願い! クロウが行ってしまう! クロウ────────ッ」
走り去る後ろ姿を追うように、リリアは手を伸ばし続ける。その華奢な体をシャイルは背後から強く抱き竦めた。
「どうして? ……どうしてなの?」
シャイルの腕の中で、リリアは目を見開いたままクロウが消えていった城門を見つめていた。
彼女の問いには、シャイルは答えてくれなかった。リリアを見下している彼の瞳もとても悲しそうに揺れている。
クロウがリリアの元を去って行ったのだと否が応でも悟らされる。
「……シャイルも、私を置いてどこかへ行ったりしないわよね?」
不安から逃れようとするかのように、リリアはシャイルの胸に縋った。
「……………」
ただ苦しそうに黙り込むシャイルの顔を見つめ、呆然としながらリリアは膝から崩れ落ちていった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。読んでくださる方がおられることが、本当にうれしくて、最後まで頑張って書くぞ!という気持ちにさせてもらえるのです。いつも感謝しています。ありがとうございます。さて、クロウはリリアの元を去ってしまいました。実はこの展開に私も驚いてしまいました。この話はハッピーエンドなのに、どうする気!?と慌ててしまいました。若いってすごいです。彼はノープランで飛び出して行ったのです。クロウはヒロインもよく泣かせますが、まったく思うように動いてくれないので書き手も良く泣かせます。こんな男がヒーローですが、どうぞこれからもお付き合いくださると嬉しいです。よろしくお願いします。




