28.私の叔父様
リリアsideのお話です。
背の高さの倍以上はある大きな扉を前にして、リリアは立ち尽くしていた。
彼女を挟むように左右をクロウとシャイルが、そして後ろにはルイがいる。
「うわっ、俺を押さえつけた奴だ~」
突然、背後からルイの嫌そうな呟きが聞こえて来た。
思わず振り返ってルイを見れば、彼は前を凝視したまま顔をしかめている。
彼の視線の先には、ここまで案内してくれたユーリックがガルロイと共に衛兵の男達と向き合っていた。驚くことに衛兵のどちらも傷を負っている。一人は頭に、もう一人は腕に包帯を巻いている。
「傷は、大丈夫なのですか?」
「ご心配には及びません。あの時は、あなた方のお陰で助かりました」
「我々だけでは陛下をお守りすることは出来なかったでしょう」
ガルロイの知っている人達なのだろうか、二人の衛兵と好意的に言葉を交わし合っている。
「本当に、報告を聞いた時には衝撃のあまり、私は魂が抜けそうになりました。突然、私に留守の間の対応を押し付け、少ない兵で飛び出して行かれた後、刺客に襲撃されたなど──」
彼らの声は小声だったので、リリアには聞き取ることが出来なかったが、ユーリックは難しい顔で額に左手を当てると、頭を力なく左右に振っている。
「さあ、その話はまた後程。陛下が、お待ちです」
衛兵達がゆっくりと左右に扉を開く。
「さあ、どうぞ中へお入りください」
無意識に後ずさりかけたリリアの背を、クロウの手がそっと支える。
緊張のあまり涙目になっているリリアの顔を見てクロウは一瞬目を見張ったが、すぐに優しい笑みを浮かべた。
「おまえの叔父さんなのだろう? 何を怖れることがある?」
確かにクロウの言うとおりだった。自分は何を恐れているのだろう。
リリアは覚悟を決めて部屋の中へ足を踏み入れた。だが、リリアの足は再び入口付近で止まってしまった。
正面の窓から入る日差しで室内はとても明るい。
だが、部屋と呼ぶにはあまりに広く、がらんとした部屋の中央に丸いテーブルが一つとそれを囲むように椅子が四脚置かれているだけだった。
そして、向かって右側の壁にとても大きな絵が一つ飾られていて、その絵の前では男性が一人、立ったままこちらを見ていた。
「先日は、大変失礼をいたしました」
突然リリアの横で、シャイルが深く頭を下げた。
「シ、シャイル?」
驚くリリアの声には答えず、シャイルは頭を下げたまま、じっとしている。
「………頭を上げなさい。ガルロイから報告を受けているよ。私の代わりにリリティシアをずっと守っていてくれたのだろう? 礼を言うよ」
「礼には及びません。リリアは私の家族ですから」
「家族………、君はウォルターのもとでリリティシアと共に育ったのだったね」
「はい」
リリアはシャイルから男へ視線を向ける。
見事な銀色の髪は丁寧に後ろに撫でつけられ、露わになった顔は彫刻のように整っていた。
だが、リリアを見る目はとても人間らしく、まるで愛しい者でも見るように目じりを僅かに下げている。
「────リリティシア、とても大きくなった。………今は、リリアと呼ばれているのだったね?」
少し戸惑うような、だが静かで、とても落ち着いた声だった。
(この人が、私の………)
「………叔父様?」
「! 『叔父様』か。とてもいい響きだ。そうだよ。私は、君の叔父だ。さあ、そんな所に突っ立っていないで、早くこちらへ来てごらん」
差し出された手にまるで引き寄せられるように、リリアはシュティルに向かって歩きだした。目の覚めるような青い瞳がリリアを迎える。その眼差しはどこか遠くを見ているようにも感じられた。
シュティルはリリアの不安を感じ取ったのか、まるで宥めるように青い目を優しく細め、そっと彼女小さく柔らかな両手を取った。
「絶対に生きていると、信じていた────」
呟く声をリリアはシュティルの腕の中で聞いた。いつの間にか彼の腕の中にしっかりと抱きしめられていたのだ。
「⁈ あの、………その…………」
突然のことに、リリアは彼の腕の中で慌てふためく。
一方のシュティルは、自分の腕の中にリリアを閉じ込め、しばらくの間離そうとはしなかった。
だが、「ごっほん!」とユーリックの咳払いが聞こえると、名残惜しそうにそっと自分の体からリリアを離す。
そして、真っ赤な顔で狼狽えているリリアをじっと見つめた後、視線を絵に向けた。
「………この絵を見てご覧。」
リリアは彼の視線を追うように、絵を見上げた。
そこには、一人の赤子と二人の男女が静かに微笑んでいた。
男は眩い黄金色の髪の凛とした佇まいの美しい青年だった。女は赤子を抱き、とても優しい笑みを浮かべて男の傍らに置かれた椅子に座っている。その髪はリリアとよく似た淡い金色だった。絵の中の人達はとても幸せそうに見えた。一度も会ったことがない人達だったが、どこかで会ったような懐かしい思いが心を揺さぶる。
「この絵は、君の父親と母親。そして、生まれたばかりの君だ」
「! ……この方達が、私のお父さんと、お母さん?」
「そうだ。今の君は、少女時代のエレーネに本当に良く似ている」
絵の中の青年と同じ色の瞳が、まるで長い年月を埋めるかのようにリリアを凝視している。父と同じ、青い瞳。
「あの、でも、私、………実は今も信じられないんです。自分が、その、王女かもしれないなんて。もしかしたら、何かの間違いではないかと────」
「『かもしれない』、ではないよ。君はこの国の王女だ。…………私を見ても、何も感じないのかい?」
「あの、…………とてもどきどきしています。あなたが本当に私の叔父様ならと。もし本当だとしたらとても嬉しいです。でも…………恐れ多いというか…………やはり夢なのではないかと────」
「戸惑うのも無理はない。君は今まで何も知らされていなかったのだからね。だが、君は私の大事な姪で、何度も言うが、この国の王女だ。それは、この私が保証しよう。私の言うことが信じられないかい?」
少し悲し気に見つめられ、リリアは慌てた。
「あ、いえ、でも…………」
何か言わなければと思うのだが、うまく言葉が出てこない。もちろん、リリアは信じたくないわけではなかった。
だが、この部屋もさることながら、ここに来るまでのお城の中の様子に圧倒され、自分がとても場違いなところにいるように思えて仕方がない。どう考えたとしても、自分が王女だとは思えなくなっていたのだ。
「どうやら、困らせてしまったようだね。…………そうすぐには受け入れられないことは理解しているつもりだよ。では、まず君の部屋に案内させよう。疲れているのだろう? そこで、少し休むといい」
「え? 部屋?!」
リリアの動揺をよそに、シュティルは扉の近くで控えていたユーリックへ目配せをする。
扉の傍にはクロウとシャイルもいた。
ユーリックは優雅に一礼すると、すぐに部屋から出て行ってしまった。
「あの、部屋って、……私はここに泊まるのですか?」
「泊まる? 違うよ。君は、今日からここで暮らすのだよ」
「!」
思考が停止し、茫然と立ち尽くすリリアの耳に控えめに扉を叩く音が聞こえた。
「入れ」
シュティルの声に応えるように、「失礼します」と、静かに入ってきたのは二人の女性だった。
一人は若く、もう一人の初老の女性はリリアを見るなり震え出した。そして、両手を口に当てると、大きく見開いた目からぼろぼろと涙を流し始める。
「…………エ、エレーネ様────」
とうとう蹲って泣きだした女の背を、若い女が優しく撫でる。
「陛下、リリティシア様、申し訳ございません」と若い女は謝罪を口にした。だが、彼女の目にも涙が溢れている。
「紹介しよう、リリア。彼女達は今日から君の身の周りの世話をする侍女のマロウとシンシアだ」
「初めまして、シンシアです。精一杯お世話をさせていただきます。……あの、マロウ夫人は以前、リリティシア様のお母上様の侍女をされておられたのです」
「…………じじょ?」
「────申し訳ございません。あまりにエレーネ様によく似ておいでだったので…………」
涙を拭いながら、マロウ夫人が顔を上げた。赤く染まった目元が痛々しいが、目は喜びに満ちていた。
「さあ、リリティシア様、お部屋へ参りましょう」
二人の女性に両手を取られ、リリアは茫然としたまま扉の外へと導かれていく。その後を、クロウとシャイルも当然のように付従う。
「待ちたまえ」
シュティルがクロウとシャイルに声を掛けた。
二人は足を止め、お互い視線を交わすとシュティルと向き合う。
「君達と少し話がしたい。さあ、ここに二人とも座ってくれ」
国王の顔に戻ったシュティルが丸テーブルに座り、向いの席を指し示す。
クロウとシャイル、二人の背後で静かに扉が閉まる気配がした。
読んでくださり、ありがとうございます。拙いお話にお付き合いいただき、いつも感謝しております。当初はリリアにとって叔父である現国王に会って、クロウとの仲を認められて『王都へ』は完結予定でした。ところが、そんな単純な話ではなかったようです。とういうわけで、私の中では新章『王都にて』が始まっております。引き続きお付き合いいただけるとうれしいです。




