25.王都へ
まだまだ続きます。この章で終えるつもりでしたが、完結できませんでした。すみません!
*2017年2月16日加筆しています。
意識が戻ったばかりのリリアの耳に、人の言い争う声が飛び込んできた。
慌てて目を開けようとしたが、体中がとても怠く、瞼までもが酷く重くて、すぐには動くことが出来ない。その間にも声はどんどん激しさを増していく。
「いつまでその子を抱えているつもり?早くこちらへ渡しなさいよ!」
「おまえに渡さねばならない理由はない」
「何ですって!理由ならちゃんとあるわよっ!」
「ちょっと、止めなよ。二人とも」
感情も露わに怒っているのはシャイルだ。それも素が出てしまっている。おじいさんやリリア以外には、絶対に見せることはなかったのに。
「シャイル?」
「リリア!気が付いたのね?」
「やっとおチビさんのお目覚めだ!団長に知らせてくるよ!」
ぼんやりとした視界にシャイルの明るい赤茶色の髪が飛び込んできた。心配そうに覗き込む青灰色の瞳が少し潤んでいる。また、心配をかけてしまったのだ。いつも手入れが行き届いているシャイルの肌は艶が無く、目の下に隈まである。
「ちょっと!あなた、邪魔!」
「邪魔なのは、おまえだ」
「な、何ですってぇっ!」
シャイルは両腕の中にリリアの頭を抱え込み、頬を摺り寄せながら誰かに文句を言っている。では、今リリアを抱えているのは──。
「クロウ?」
少し緊張気味に問えば、シャイルがすっと体を離した。
今までシャイルに隠れて見えなかったクロウの整った顔がはっきりと見えるようになった途端、リリアの心臓がドクリと大きく鳴った。見つめるクロウがあまりに大人びて見えたからかもしれない。
木陰でクロウはリリアを抱えたまま木の幹に背を預けて座っていた。
クロウは少し疲れが見えるものの、いつのまにか彼が纏っていた暗い影が綺麗に払拭され、どこか落ち着いた雰囲気に変わっている。そのせいなのか、またクロウに恋をしてしまったかのように、騒ぐ鼓動を止めることができない。
「リリア。足は、大丈夫か?」
「……大丈……夫──」
優しく問われ、リリアは初めて違和感に気付いた。いつのまにか足の痛みが綺麗に消えている。足だけではない、まるで攫われたこと自体すべてが悪夢であったかのように記憶もところどころ曖昧で、まるで抜け落ちてしまったかのように何も思い出せないところもある。
「……私達は助かったの?どうしても、森へ逃げ込んでからのことが思い出せないの」
「思い出す必要はない。俺達は助かったんだ。おまえを攫おうとしていた男達は全員捕らえられた。もう何も心配しなくていいんだ」
「本当に?……よかった。ありがとう、クロウ。ずっとそばにいてくれたのね」
リリアの意識が無い間もずっとクロウはリリアを守っていてくれたのだ。
感謝の気持ちを込めて見上げれば、クロウが包み込むような笑みを浮かべて見つめかえしてくれる。大好きな人が傍にいてくれるだけで、どうしてこれほど心が温かく満たされていくのだろうか。とても幸せで、自然と涙が溢れてくる。
人は幸せでも涙が溢れてくるのだと、この旅でリリアは知った。
「クロウ!リリア殿の意識が戻られたのか?」
聞き覚えのある大きな声が響き、リリアが顔を向ければ、大勢の兵士達が動き回っている中から飛び出して来たのは団長のガルロイだった。彼の後ろをルイも駆けて来る。
「団長さん!助けに来てくださったのですね。ありがとうございます!ルイさんも!」
走り寄って来たガルロイは、リリアの傍まで来るとゆっくりと立ち止まった。
「……リリア殿。よくぞ、ご無事で──」
笑顔を向ければ明らかにほっとした表情を見せる団長の顔を見て、彼にまでとても心配をかけてしまったようで、リリアは大変申し訳なく思った。
「ご心配をおかけしてしまって、ごめんなさい。とても恐ろしかったけれど、クロウに助けていただきました」
ガルロイはクロウへ視線を移し、頼もしそうに目元を和ませた。そんな目で見つめられたクロウは、珍しく少し戸惑った表情を浮かべている。
「リリア殿、意識が戻ったばかりだというのに申し訳ないのだが、我々はもうまもなく王都へ向け出発する。体調の方はいかがか?このまま共に出発できるだろうか?」
団長に問われ、リリアは悲しい気持ちになってシャイルを見た。まだ彼を説得できていないのだ。だが、意外なことにシャイルが小さく頷いた。
「シャイル……王都へ行ってもいいの?!」
「ええ。団長にも、そう伝えてあるわ」
「嬉しい!ありがとう!」
リリアは弾けるような明るい笑顔を団長に向けた。
「お願いします!私は、大丈夫です。みなさんと王都へご一緒したいです!」
「それは、よかった。では、王都で……」
団長が突然言葉を途切れさせ、ちらりとシャイルへ視線を向ける。シャイルはその視線に頷き返すと「王都で?」と首を傾げるリリアの頭にそっと手を置いた。
「ガルロイ殿、続きは私からリリアへ話します」
「そうか、分かった。……ところで、王都で人を探すと聞いたのだが、もし、どこに住んでいるのか教えてもらえるのであれば、王都に到着後、すぐに会えるように先に人を探しにやることも出来るのだが」
「あの……名前は分かるのですが、王都のどこに住んでおられるのかまでは分からないんです」
「住まいが、分からない?それは、厄介だな。王都はとても広い……名前は何と?」
「ハミール・ヴァロワさんです」
「!ハミール?!……ハミール・ヴァロワだと?」
なぜかクロウが過剰に反応した。
「え?クロウの知っている方なの?」
「……俺の、命の恩人だ」
「「「「え?!」」」」
その場にいた四人の驚く声が重なった。みんなの視線がクロウに集る。
「彼の居場所なら俺が知っている。すぐに連れて行ってやれるぞ」
「それなら、話は早い。出発の用意を急がせるとしよう。行くぞ、ルイ!」
急いで立ち去って行く団長達の後ろ姿を見送り、リリアが視線を戻すとシャイルがじっとリリアを見つめていた。思いつめたその眼差しにリリアの表情から笑顔が消える。
「……どうかしたの?シャイル」
「リリア……あなたが王都へ行く前に、言っておかないといけないことがあるの」
シャイルはちらりとクロウに視線を向けた。その視線を受けたクロウの目が、わずかに鋭くなる。
「何だ?俺には聞かれたくないようだな?」
冷たい青灰色の瞳と熱を秘めた黒い瞳がぶつかる。
険悪な空気を纏いだした二人を止めようとしたリリアの脳裏をサンタンの言葉が過ぎった。慌ててクロウを睨みつけているシャイルの服を掴んだ。
「シャイル!私も聞きたいことがあるの。私を捕まえようとした人が私を王女だって言ったの。違うわよね?クロウが知らない男の言うことよりもシャイルに聞いたほうがいいって、シャイルの言うことを信じたらいいって──」
矢継ぎ早に質問をしたのは怖かったから。だが、望む答えは決まっている。ただ、シャイルに『違う』と言って欲しかったのだ。その思いはシャイルにも伝わったのだろう。彼の目が大きく見開かれた。だが、すぐに表情を曇らせると、リリアの手をそっと取った。
「……落ち着いて、聞いて。あなたは、何があっても私の大切な家族なのよ。でも、この国の王女というのは本当なの。あなたの本当の名前はリリティシア・フォン・アーレンベルグ。団長が言いかけていたこともこの事だったの。今まで、黙っていてごめんさないね」
「そんな……」
リリアは愕然とする。頭の中が真っ白で、何をどう考えていいのか分からない。まさか自分が本当に王女だったなんて、誰かと間違われているのだと思っていた。
では、サンタンという商人が言っていたことが本当なのだとしたら……。
「……シ、シャイル、今の国王様は私の……い、命を狙っているの?」
恐怖からか、喉が震えてしまってうまく声が出せない。シャイルは辛そうに顔を歪めると、頭を左右に振った。リリアの手を握っているシャイルの手の力が強くなる。
「違うわ、リリア。今の国王シュティル陛下は、あなたと血の繋がった叔父様なのよ。あなたにとても会いたがっておられるわ」
「私のおじさま?」
「ええ。シュティル陛下の兄は十四年前に西にあるリコスが攻め込んできた時にこの国の王だったアルフレッド・フォン・アーレンベルグ。あなたのお父様の名前よ。混乱の中、あなたは先生によって城から逃がされたの」
「……では、父と母は?」
「その時に亡くなられたそうよ」
「!」
一度、両親のことをおじいさんに尋ねたことがあった。リリアがまだ赤子だった時に亡くなったと教えてもらったが、その時にひどく辛そうに目を伏せたおじいさんの表情を見てから、それ以上何も聞けなくなってしまったのだ。
「王都へ攻め込んできたリコス軍から都を救ったのが、その時王弟だったシュティル陛下なのよ。あなたの行方が分からなくなってからずっと探しておられるわ。以前は、あなたがお城に戻るには問題があって、先生はあなたをお城へ連れて行くことができなかったけれど、もうあなたはお城へ戻れるのよ。入れ違いになってしまったけれど、実はエルバハルのお屋敷へ翠色の瞳を持つ娘がいると聞いただけで陛下は自ら馬を駆け、会いに来られていたの。先生の友人にお会いした後、きっとガルロイ団長が陛下の元へ連れて行ってくれるでしょう。こうしている間もあなたが王都へ来るのを今か今かと待ち焦がれておられるはずよ。ここにいる兵達は攫われたあなたを救うため、陛下が派遣した者達みたいね。もちろんあなたが王女だとは聞かされていないようだけど」
「……団長が?」
今まで黙って聞いていたクロウが驚いた様子で呟く声が聞こえた。
「あら、あなたは知らなかったの?団長はお城の関係者よ。金髪の彼は知っていたようだったけど?」
「やめて!シャイル」
「いや、いいんだ。本当のことだ。俺は団長達に会ったのは2年ほど前だが、彼らのことは何も知らない」
シャイルはどうしてクロウにひどいことばかり言うのだろう。どうすればクロウがどれほどいい人なのか、分かってもらえるのだろうか。リリアはやるせない思いに駆られる。
さらに、リリアを苛むのは……。
「シャイル。おじいさんは、……おじいさんは、私の本当のおじいさんではなかったのね?」
「お城であなたのお父様の主治医だったそうよ。……私達三人はまったく血は繋がっていなかったの。でも、家族だということには間違いないでしょう?」
「そうね。……そうよね」
シャイルの言葉に頷きながら、リリアの胸は感謝の気持ちと、それ以上の自責の念に駆られ、張り裂けてしまいそうだった。両手で顔を覆い、嗚咽を殺して泣くリリアの頭をシャイルが優しく撫でる。
おじいさんはとても優しかった。本当の孫のように愛してくれていた。だがその一方で、おじいさんはリリアを匿わねばならない為に、友人にさえ会うこと叶わなかったのだ。
遠くで出発を告げる団長の声が聞こえる。
「王都まで、リリアを俺の馬に乗せてもいいか?」
「……ええ、王都までなら別にかまわないわ」
頭に触れていたシャイルの手が離れると、クロウがリリアを抱いたまま立ち上がった。
「さあ、俺たちも出発しよう。リリア、おまえはおじいさんの思いを伝えに行くのだろ?」
クロウの声には励ますような響きがあった。
リリアは涙に濡れた顔を上げ、少し恥ずかしそうに、だがしっかりと答えた。
「はい。行きます。おじいさんの思いを伝えるために、王都へ!」
どれほど嘆き悲しんでも、おじいさんがリリアの為に犠牲にしたものはもう取り戻すことはできない。今は出来ることをやっていくしかないのだ。
「もし……国王と会うことに少しでも不安があるのなら」
シェーンの背へリリアを乗せながら、クロウはそう切り出した。
「ハミールに会った後、……俺と一緒に逃げるか?」
驚いたリリアが見下ろせば、澄んだ黒い瞳がまっすぐに彼女を見上げている。その眼差しがとても優しかったので、クロウの真意が分からなかった。あまりにいろんなことが怒涛のように身の上に押し寄せてきていたため、身も心も限界で、この時、リリアはクロウが優しい眼差しの奥で覚悟を決めていたことに気付けなかった。
「クロウ──心配をしてくれて、ありがとう。……でも、私を連れて逃げたら、あなたもおじいさんと一緒で、仲間の方々やヴァロアさんにもう会えなくなってしまうわ。それに、叔父様には会ってみたいの。国王だとか王女だとか言われても、本当はよくわからない。ただ、父の弟だという方に会ってみたいの」
「そうか。それなら、いいんだ。それが、リリアの望みなら」
クロウは一度瞼を閉じた。再び目を開けたクロウはリリアに微笑んで見せると、見事な身のこなしでリリアの後ろに座った。
「さあ、行こうか。王都へ!」
読んでくださり、ありがとうございます。前回、この章で最終回になると言っておりましたが、どうも王都へ行って終わり、というわけにはいきませんでした。楽しみにされていた方には大変申し訳ないです。本当に、ごめんなさい。どうか完結するまでもうしばらくの間、お付き合いください。よろしくお願いします。




