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王都へ  作者: 待宵月
23/73

23.精霊の王

クロウsideです。

*2016年12月3日加筆しました。

 大地に横たわり淡い光に包まれていたクロウの体から、深く刺さっていた矢がぽとりと抜け落ちた。傷口を覆っていた黒い靄が霧散し、傷が跡形もなく消え去っていく。

 クロウの肌が徐々に本来の色を取り戻し、固く閉じられていた瞼がわずかに震えると、黒く澄んだ瞳がゆっくりと現れた。

 その瞳に光が宿る。


「………うっ、………………リ、………リア」


 クロウはふらつく頭を左手で押さえ、右肘で体を支えながらゆっくりと上半身を起こす。そして、顔を上げた瞬間、目を疑いたくなるような光景に絶句する。

 いつのまにか降りだした猛烈な雨の中、地中から伸びた巨大な蛇のようなものに体を巻き付かれた男達が空中で悲鳴をあげていた。その周りにも同じような生き物が地中から何本も天に向かって伸び、蛇のように蠢いている。だがどれも蛇らしき頭など無く、細く尖った先はどう見ても木の根にのように見える。しかし、今までクロウは木の根がまるで生き物のように蠢きながら、人を襲うなど見た事も無ければ聞いた事も無かった。

 

(! 何が起きている? リリアは? リリアはどこだ?)


 クロウは身を前に乗り出し、食い入るように空中で捕えられている者達の中に淡い金色の髪を探す。目に神経を集中させているというのに、自分の心臓の音がやけに耳に付き、不安だけが増していく。


(いない!)


 捕えられている者達の中にリリアの姿はなかった。視線はそのままで、クロウはそっと息を吐く。

 だが、掴まっていないというだけで、リリアが今どういう状況でいるのかは分からないままだ。

 逸る気持ちを抑えきれず、リリアの姿を求めて急いで立ち上がろうとしたクロウは、ふと違和感に気付いた。手を置いている地面が渇いている。驚くことにクロウを中心にして三歩ほどの空間だけがまったく雨が降っていないのだ。よく見れば淡い光がまるでクロウを守っているかのようにこの空間をすっぽりと覆っている。


「おやじっ!」


 呆然としていたクロウの耳に、突然ルイの声が飛び込んできた。

 弾かれたように顔を向けた先で、ルイとシャイルが茂みの中から飛び出して来た。お互い背を預け、雨に打たれながら地中から伸びた異形のものと戦っている。


「ルイ!」


 仲間の名前を有らん限りの声で叫べば、すぐにルイがクロウに気付いた。


「クロウ⁈」


 驚いた様子で向けられた、女達が好むどこか甘さが感じられるルイの顔が歪む。


「クロウ! おやじが! おやじがっ!」


 ルイはひどく動揺していた。こんな異様な状況下では当然とはいえ、これほど切羽詰まった声は聞いた事がない。いつでもどんな時でも飄々としていて、これほど焦っている姿をクロウは初めて目にする。彼が言う『おやじ』とは誰のことなのかも分からない。


「ルイっ! 『おやじ』って、呼ぶなと言っておいただろう!」


 すぐにルイ達を助けに向かおうとした瞬間、空からガルロイの強く逞しい声が降ってきた。驚き見上げた先には、幾重にも巻き付かれた異形の隙間から茶色の髪がわずかに見えている。まさかガルロイまでもがすでに捕らわれていたと知り愕然とする。さすがのルイも動揺するはずだ。彼は団長のことを非常に慕っていた。

 再びルイに目を向ければ、彼は泣き笑うような複雑な顔でガルロイを見上げている。


「俺に心配ばかりかけさせないでよね、団長っ!」


 怒ったような口調だったが、ルイはガルロイの声を聞き、いつのまにか本来の彼に戻っていた。


「すまん! だが、これぐらいでへたばるような男だと思っていたのか? ルイ、俺は大丈夫だ。脱出ぐらい自分でできる。おまえは今すぐシャイルと安全な所へ避難していろ!」


 苦楽を共にした仲間の声を聞き、クロウも少なからず冷静になることができた。ガルロイの声の調子からしても意識はしっかりとしているようだった。何と言っても本人が自力で脱出すると言うぐらいなのだから本当に大丈夫なのだろう。


「うわぁっ!」

「「ルイ!」」


 クロウとガルロイが同時に緊迫した声をあげた。

 ルイが襲われた。次いでシャイルまでもが捕えられ空中へ引き上げられていく。すぐさま駈け出そうとしたクロウ背後で何かが動いた。クロウは弾かれたように振り向き、驚く。

 そこには、リリアが立っていた。

 だが、すぐにクロウの驚きが困惑へと変わる。彼女の異変に気づいたのだ。

 短かった髪は地面に付くほど伸び、無風の光の中で大きく揺れ動いている。そして何よりも、ずっとクロウの心を揺さぶり続けている優しい翠色の瞳が今はただ冷たく妖しく輝き翠色の眩い光を放っているのだ。

 この光にクロウは見覚えがあった。


「リリア! しっかりしろ! 俺だ。クロウだ! 分かるか?」


 華奢なリリアの両肩を掴み、彼女の名前を呼びながら揺らしても何の反応も返ってこない。まるで目の前にいるクロウが見えていないかのようだ。感情など無いような表情で、捕らわれた男達をじっと見据えている。動揺を隠せないクロウの目の前で,ほっそりとしたリリアの右手がまるで操られているかのようにゆっくりと持ち上げられていく。

 そして、その手が正面に向け開かれた瞬間、雨に濡れた大地が水しぶきを上げて砕けた。大きな岩や石が音をたてて崖下へ崩れ落ちて行く。

 理解を超える衝撃がクロウを襲う。崖の一部が無惨に崩れていた。



「ガルロイ! ルイ! シャイル!」


 クロウはリリアからは手を離さず、仲間達の名を大声で叫ぶ。


「クロウ! おまえは無事なのだな。俺も大丈夫だ!」

「もう嫌だ。マジで、勘弁してほしい~」

「私は大丈夫です。リリアは、リリアは無事なのですか?!」


 上空から望んだ声が聞こえてきた。幸運なことに彼らはみな無事なようだ。

 彼らを捕えていた異形のもの達にはまったく影響がなかったことが幸いした。地表が崩れさらにむき出しになりはしたものの、地中深くから白みを帯びた長く伸びる奇異な姿をさらし続けている。


「リリアは大丈夫だ! もう少しの間、何とか持ちこたえてくれ! 必ず助ける!」


 クロウは仲間達に声を掛けながら眉間に深い皺を寄せていた。雨脚は激しくなるばかりでこのままではガルロイ達の体力も時間の問題だと気付いていたからだ。その上、先ほど崩れた土砂が崖下を流れていた川の水をせき止めているはずだ。このまま雨が降り続ければ、いずれ下流にある村や町が多大な被害を受けることになるだろう。

 思考を巡らすクロウの脳裏にふと浮かんだのは草原にいた不思議な少女の姿だった。


(精霊の力なのか?!)


 記憶に鮮明に残る畏れを感じた翠色の瞳の少女。そして、この光!

 クロウはリリアに向き直る。顔も体も確かにリリアだ。彼女の正面に立っているというのに、まったくリリアの存在を感じ取る事が出来ない。


「リリアではないのだろう?彼女の意識を乗っ取っているのか?」


 妖しく光る翠色の瞳をクロウはじっと見つめる。ずっと空に向けられていた翠色の瞳がゆっくりとクロウに向けられた。その瞳に見つめられてもクロウの心は満たされなかった。ぽっかりと空いてしまった心の空洞は、もうリリアでなければ埋める事はできなくなっていた。


『乗っ取る?違う……守っているだけ』


 鈴をころがすような声がリリアの花びらのような唇から零れる。だが、その声はやはりリリアのものとは全く異なっていた。


「止めるんだ!止めてくれ。リリアにこれ以上酷いことをさせないでくれ。頼む!この状況を知ればリリアはひどく悲しむ!」


 懇願するようにクロウは語り掛ける。だが興味を失ったように翠色の瞳は再び空に向けられ、ほっそりとした白い手がゆっくりと持ち上がっていく。クロウはその手を掴み、リリアの華奢な体ごと強引に引き寄せた。そして、そのまま包み込むように強い力で抱きしめる。


「俺は、ここにいる。おまえの傍にいるんだ!リリアッ!答えてくれ!」


 腕の中にすっぽりと納まってしまう華奢な小さな体はピクリとも身じろぎさえすることはなかった。だが、表情がなかったリリアの左目から突然涙がつと流れる。


「うっ……」


 クロウは呻いた。

 突如、リリアを中心にして突風が巻き起こったのだ。巻き上げられた小石がクロウの衣服を切り裂き、傷つけられた頬や腕から血がにじむ。だがクロウはリリアの体をしっかりと抱き込んだまま離すことはなかった。

 どれほどの時が経ったのか、いつのまにか風が止んいた。驚くことに、クロウの周りからあらゆる音が消え、耳が痛くなるような静けさがあたりを包んでいる。

 小さな体を守るように抱き抱えたままクロウはゆっくりと顔を上げた。そして、驚愕する。彼以外のものがまるで時が止まったかのように動きを止めているのだ。雨粒までも空中で静止している。


「リリア?!」


 クロウの腕の中からリリアの体が忽然と消えた。それと同時に彼を覆っていた翠色に輝く光も消え失せていく。


『やはり、精霊(我ら)と人とは相容れぬのかもしれぬ』


 不思議な声が、耳ではなく直接頭の中に響いてきた。クロウは弾かれたように声の主を探した。彼の目に意識を失ったリリアを横抱きにして立つ長身の男の姿が映る。目を疑うようなその男の美しい容姿にクロウは息を吸うことさえ一時忘れたほどだ。

 男は珍しい薄手の柔らかな風合いの真っ白な衣装に身を包んでいた。優し気な面差しに、緩やかに波打つ長い髪は金とも銀とも言い難い不思議な色で、すらりと立つ姿は一見二十代後半ぐらいにしか見えないのだが、すべてを包み込んでしまうような奥の深さと、抗いがたい厳しさを合わせ持つ不思議な風格を持っていた。


「くっ……」


 クロウは左手を目の前に翳し、目を細める。男が放つ水面の輝きにも似た澄み切った眩い光にずっと見続けることが出来ないのだ。太陽の光よりも優しく、月の光よりも暖かい。直接心に触れてくるような抗いがたい光だった。

 その幻のような光景の中でその男の瞳の色だけがはっきりと目に焼き付く。見る者すべてを引きつける瑠璃色の瞳。すべてを見通すかのような男の眼差しに思わず膝を付きそうになるのを必死で堪える。


「精霊の王────」


 クロウの唇は無意識に言葉を紡いでいた。男は肯定も否定もしない。ただ静かにクロウを見つめているだけだ。その男の背後には彼と同じように白い衣装を身に纏っている者達が数人控えていた。

 だが、その者たちが男か女かさえ判断がつかない。すべてはこの男が放つ眩い光に霞んで姿をはっきりと捉える事ができないのだ。

 やがて男はゆっくりとクロウに背を向けた。

 まるでそれが合図であったかのように背後に控えていた者達も足音一つたてることなく、男を守るように彼の後に付従い森へ向って立ち去って行く。


「待ってくれ!」


 クロウはすぐに駆け出そうとした。

 だが、足が大地に縫い止められているかのようにまったく動かない。苦し気に目を眇め、光に抗いながら連れ攫われていくリリアへ向け必死で手を伸ばす。


「精霊の王よ! リリアを、リリアをどこへ連れて行く気だ!」


 男の歩みが止まった。ゆっくりと肩越しに振り返る。


『聞いてどうする? 人の子よ』

「俺はこの国の過去を見た。見せたのはあんただ。違うか?」


 やはりこの男は精霊の王だ。クロウは確信する。人でないのであれば、なおさらリリアを連れ去られるわけにはいかない。クロウの焦りを感じ取ったのか、精霊の王がクロウに向き直る。


『確かにそなたに過去を見せたのは、私だ』


 人ならざる者の眼差しをクロウは怯むことなく見つめ返す。


『俺に出来ることがあるからだろ?』


 クロウの真っ直ぐな眼差しを精霊の王は静かに受け止めていた。だが、その瞳にわずかに影が差したように見えた。


『……人は同じ魂であっても、記憶に蓋をしてしまうのだな。ならば、今のそなたでは荷が重すぎる。……この娘の魂には我が一族の者が寄り添っている。その者は長い年月を経てこの娘の魂に同化してしまい、一つになってしまった魂を引き離す事など、私を含めもう誰にもできぬ。これまでは我が一族の者がまどろみに包まれていたために、人ならざる力も眠っていたのだが、今人の子である娘が心を閉ざしたことにより、我が一族の者が目覚めてしまった。そして、人の感情に感化されたままその者は力を解き放ち、もう自力で止めることが出来なくなっている。このままではその力はさらに増大し、暴走しはじめた力はこの森さえ破壊し、娘が死ぬまでこの世界を破壊し続けるだろう』


 クロウの涼やかな目が大きく見開かれた。握り緊めた拳が震える。


(記憶に蓋? 俺は何か大切なことを忘れてしまったというのか?)


 精霊の王の瞳には、クロウが畏れを感じていると映ったようだった。


『案ずるな。私には一族の者の暴走を止める責任がある。この娘の命が尽きるまでこの魂は封印し、私の元でこの娘の身体は預かろう』


 精霊の王が発した言葉に、クロウの中で何かが弾け飛んだ。


「! 命が尽きるまで……だと? そんなことは、絶対にさせない!」

 

 クロウは奥歯を噛みしめ、唸り声をあげた。強く握り緊めた拳の中では爪が掌に食い込む。痛みは感じなかった。感じるのは強い憤りと深い悲しみ、そして悔やみきれない後悔だけだった。

 リリアが心を閉ざしたというのなら、おそらく彼女の目の前で自分が矢に打たれ倒れたからだ。リリアは自分を責めたにちがいない。

 クロウは目を閉じた。悔やんだところで事態が変わるわけではない。

 リリアを取り戻す事だけに意識を集中する。そしてまったく動かない足にさらなる力を入れていく。


(動かないのなら、動かすまでだ!)


 こめかみを汗が流れ顎を伝う。微かに足元で小石がこすれる音がした。僅かだが足が動く感覚をとらえると、クロウはそのまま引きずるように足を前へ押しやる。

 彼の目に映る者は、ただ一人。

 望む者は、ただ一人。

 心に浮かぶ愛しい笑顔に向け、クロウは有らん限りの声でその者の名を叫んだ。


 リリアッ!


 クロウのリリアを想うその心の激しさに精霊の王が目を眇めた。


『……人という生きものは面白い。先ほどまで死にかけていたとは思えぬ気迫だ。だが、この娘はこの世のあらゆる命が傷つくことを望んではおるまい』

「そんなことにはならない。俺がリリアにそんなことはさせない!」


 クロウは必死でリリアへ手を伸ばす。


「リリア! 俺の声に応えてくれ! リリアッ!」


 彼はすでに大切な人たちを大勢失ってきた。もうどんなに願っても、もう二度と彼らに会うことは叶わない。

 だが、リリアは違う。

 彼女は今目の前にいる。まだ手を伸ばせば触れられる所にいるのだ。


「俺の名を呼べ! リリアッ!」


 クロウの魂の叫びが時がとまった空間に響き渡った。


読んでくださりありがとうございます。楽しんでいただけたでしょうか?このお話は25話で完結予定です。どうかあと少しですので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

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