20.祈り
クロウsideです。
(リリアが、……王女だと?!)
クロウは愕然とし、言葉を失った。
「クロウ殿。私は王女様があまりに不憫でなりません。今、王座に座っている男を引きずり降ろし、リリティシア王女様のために王座を取り戻さねば、平穏な生活など出来ないでしょう。もちろん、そのために必要な武器や人員は僭越ながらこの私がご用意させていただきます。あなた様は今までどおり王女様のそばで王女様の身をお守りいただければいいのです」
熱のこもった口調でサンタンはしゃべり続けていた。
内容は、リリアのためだと言っているが、本当はリリアが王女かどうかなど関係ないのかもしれない。この男の狙いはおそらく内乱だ。
冷静さを取り戻したクロウの目が冷たく光る。
「そこまでして、おまえに何の得がある?」
クロウが尋ねれば、話に乗って来たと勘違いしたサンタンが計算高い笑みを浮かべた。
「私は王女様が無事、女王陛下におなりになられればそれで良いのです。ただ、もし私の功績をお褒めいただけるのなら、爵位と城に出入り出来る唯一の商人として任命していただければ、それだけで満足でございます。望みは、ただそれだけです」
まるで神聖な誓いをするかのようにサンタンは右の掌を胸にあてた。わずかに天を仰ぐ姿はただの自己陶酔にしか見えい。『王女様』とリリアのことを呼ぶ割には、この男からはリリアに対して、尊敬や敬愛の念を一切感じられなかった。
オアシスで感じた直感が、確信に変わる。
『この男は危険だ』、と。
「詭弁だな」
「は?」
クロウが呟けば、サンタンは初めて顔に張り付かせていた笑みを消した。
「おまえの申し出は、すべて断らせてもらう」
そうはっきりと告げ、クロウは突如リリアの体を自分の左肩に担ぐように抱え上げた。
驚いたリリアが小さく悲鳴を上げたが、クロウはその華奢な体をしっかりと抱きかかえ、半開になっていた鉄製の門扉に強烈な蹴りを入れる。すると錆びついていた扉は、耳にしたとたん鳥肌が立つような金属が擦れ合う独特の音を響かせながら閉まっていく。その音にはさすがにサンタンも耐えられなかったのか、思わず耳を塞いでいる。
だが、閉じた門扉にクロウがすばやく閂をかけたのに気付くと、サンタンは目を剝いた。
「! くっ、追え!男は殺してもかまわん! 女は、絶対に捕まえろ!」
サンタンが怒りに任せ大声を上げれば、彼の背後から黒い服に身を包んだ男達が潜んでいた木々の影から飛び出して来た。人数は五人だけのようだが、どの男も人を殺すことなど何とも感じないような者達だった。
彼らは一斉にリリアを捉えようと向かって来る。
「リリア、口を開けるなよ。舌を噛むぞ」
クロウはリリアに声を掛けると、彼女の返事も待たずに駆け出した。
もちろん、彼女の体があまり揺れないようにしっかりと抱きかかえている。
背後からは門を壊そうとする大きな音が響き始めた。一刻も早く門から離れなくてはならない。クロウは屋敷の中へ逃げ込まず、前庭と同じように荒れ果てた中庭を駆け抜けて行く。彼が足を止めたのは建物の裏手に辿り着いた時だった。
この屋敷には裏に森へ抜ける扉があるのを侵入するときにすでに確認していたのだ。
「少し、ここで待っていてくれ」
そう言いながら近くにあった石の台の上にそっとリリアを座らせる。
ふと目線を上げると、彼女の不安そうな瞳とぶつかった。何か少しでも安心させてやれる言葉をかけてやりたかったが、考える時間も余裕も無く、クロウは手を伸ばし、ただぽんぽんとリリアの頭に軽く触れる。そして、そのまま彼女に背を向け、すぐに壊れて傾いている裏戸に手を掛けると、力任せに扉をこじ開けていく。心の中で、必ずお前を無事にここから連れだしてやる。と誓いながら。
「リリア。またもう少しの間、我慢してくれ」
再びリリアを左肩に担ぎ上げ、クロウは森の中へ入って行く。
だが、思った以上に敵の動きは速かった。まだ遠くだが、クロウ達を執拗に探しまわる男達の声が聞こえてくる。クロウ達はどんどんと森の奥へと逃げねばならなくなった。
「あっ」
リリアが声を上げた。
突然森が途切れ視界が広がったのだ。だが、二人が追手の声から逃げるように辿り着いた先は崖の上だった。むき出しになった大地の向こうにはただ青い空が広がっている。
「少し降ろすぞ」
クロウは一度リリアを地面に降ろし、彼女の右足首の状態を確認する。
「かなり腫れてきているな」
クロウは内心焦りを感じ始めていた。このまま逃げ続ければリリアの負担はかなりのものになるだろう。だが、彼女を抱えたまま戦えば、さらに彼女に負担と恐怖を与えることになってしまう。
逸る心を押さえながら崖の縁に立ち、逃げる方向を確かめる。足元を覗けば、はるか下には川が見える。
「クロウ」
リリアの静かな声に、クロウは振り返る。
そこには、何かを覚悟したような真剣な眼差しで見つめるリリアの姿があった。
「クロウ。私はここにいます。クロウはガルロイさんのところへ帰ってください。私はサンタンさんのお話をちゃんと聞いてみようと思います。だから……」
気丈にもリリアはクロウに微笑んで見せた。
だが彼女の声は震えている。彼女は必死でクロウを逃がそうとしているのだ。クロウはすぐに彼女の側に駆け戻り、その細い両腕を掴んだ。
「駄目だ、リリア。あの男のところへ行けば、おまえは戦争の道具にされてしまう」
「せ、戦争?」
「そうだ。あいつは、死の商人だ」
「死の商人?」
美しい翠玉の瞳を見開き、リリアは怯えた顔でクロウを見上げている。
「あの男の本当の目的は武器を売る事だ。あの男のような商人達は死の商人と呼ばれている。奴らは平和な時はわざと自分達で戦争の種を蒔いて、戦に使う武器や情報を売って金を儲けようとする。ひとたび戦が起これば大勢の人々が命を失う。だが、奴らはそのことには気にも留めないだろう」
「!」
リリアの白い顔が一気に蒼褪めていく。
「私のせいで……戦争が?」
「おまえのせいではない。だが、奴の口ぶりから戦争の火種にされてしまう可能性は否定できない。今、あの男に話を聞いたとしても、その話が真実かどうかさえ分かったものではない。奴が本当の事を教えるという保証もない。自分に都合のいい嘘を並べたてるかもしれない。話をするなら、シャイルとだ。あいつならおまえの本当の出自をしっているのではないのか?」
クロウは一度言葉を切った。
怯えるリリアの翡翠色の瞳を見つめ、心の内を告げる。
「今後、リリアがこの国にいることで危険な目に遭うというなら、俺がおまえをこの国から連れ出してやる。おまえがそばにいてくれるなら、俺はどこでだって生きていける」
その時、背後で馬の嘶きが聞こえてきた。クロウは振り向きざまに剣を抜き、リリアを庇うように立ち剣を構える。
目の前の茂みがガサガサと揺れ、木の葉の影から一頭の馬が顔を突き出した。
「! シェーン?!」
驚くことに、姿を見せたのは愛馬のシェーンだった。
「シェーン! ガルロイ達も来ているのか?」
安堵しながら剣を鞘にしまうクロウに向かって、シェーンは嬉しそうに嘶きながら駆け寄って来た。頭をクロウにすり寄せ、甘えてくるシェーンの首を優しく撫る。
「リリア! もう大丈夫だ。シェーンの脚ならすぐにエルバハルの屋敷に逃げ込めるだろう。それにガルロイ達も近くまできているのかもしれない」
「本当に、シェーンなのね?!」
「ああ。さあ、すぐにシェーンの背に乗せてやる」
愛馬の背に乗せるため、クロウはリリアの体を抱え上げた。
だがその瞬間、風を切る音と共に左肩に焼けつくような衝撃が走った。
「!……っ────」
「クロウ?」
異変に気づいたリリアが心配そうにクロウを見つめる。
クロウのこめかみを嫌な汗が流れていく。だがクロウはそのまま彼女をシェーンの背に乗せた。
「……リ、リリア、手綱をしっかりと持て」
「クロウ! 矢が!!」
クロウの左肩に刺さる矢に気付いたリリアが悲鳴のような声を上げた。慌ててシェーンの背から降りようとするリリアを押し止める。
「降りるんじゃない! ……しっかりと自分で手綱を握るんだ!」
苦痛で顔を歪ませつつ、クロウはリリアの手に手綱を握らせようとした。
「嫌よ、嫌! クロウ! お願いよ! 一緒に逃げて!」
リリアは泣きながら懇願する。
彼女はクロウがリリアだけを逃がそうとしていることに気付いているのだ。
だがこの機会を逃せば、もう彼女を逃がすことはできない。
クロウは迷いの無い眼差しでリリアの涙に濡れた瞳を見つめる。
「リリア、俺のために逃げてくれ。頼む!」
ふいにクロウは膝を付いた。
もう立ち上がることも出来なくなっている。すでに限界を超えていた。おそらく矢の先に毒が塗ってあったのだ。今まで立っていられたのが奇跡に近い。
だが、クロウはまだやり残したことがあった。気力だけで腕を上げる。震える指先がリリアの向かうべき先を示す。
「シェーン! ……リリアを、ガルロイ達のところへ連れて行け!」
ぐらりとクロウの体が揺れた。体中が痺れて横向きに倒れていくのをもう止める事が出来ない。霞んで行く視界に、力なく落ちて行くクロウの指先を追うようにリリアがシェーンの背から飛び降りる姿が見えた。
(なぜだ? リリア!)
もうどんなに彼女の名前を叫ぼうとしても、口を動かす事さえできなくなっていた。
「クロウッ!」
倒れたクロウに向かって足を引きずりながらにじり寄って来たリリアが縋り付くようにクロウの手を握りしめる。
「しっかりして! クロウッ!」
泣きながらリリアが必死でクロウの名前を呼んでいる。
だがその声に答えてやることができない。愛しい彼女のために出来るのは、ただ彼女が無事に逃げ延び、シャイルに保護されることを祈るだけだ。
(逃げろ、リリア。逃げてくれ。この国に本当に精霊がいるのなら、リリアを助けてほしい。彼女が無事でさえあれば、俺はこのまま朽ち果てて構わない。リリアに好きだと告げられた時、俺は初めて生きていていいのだと許されたような気がした。俺も人を愛していいのだと。俺に人を愛する喜びを教えてくれたのはリリアだ。だから、どうか守ってくれ! 頼む!)
祈りまでもが遠のいて行く。聞くだけで胸を熱くさせてくれる彼女の声も、もう聞こえない。すべてが真っ白になっていく。最後にクロウの中に残ったのは愛しい人の名前だけだった。
(リリア……)
必死で掴んでいたクロウの手が、突然するりとリリアの手から抜け落ちて行った。
「クロウ────ッ」
リリアの絶叫がすべてを震えさせた。
読んでくださり本当にありがとうございます。読んでくださる方がおられるおかげで、書き続けることができます。そしてお話はなんかとんでもないことになってきました。頑張って続きを掻きますので、また次回もどうか読みに来てくださいね。よろしくお願いします。




