18.王都で待つ
ガルロイとルイ側の話です。
夜が明ける少し前、リリアが攫われた後のエルバハルの屋敷の一角では、異様な静けさが室内を覆っていた。
だが、その静けさはシャイルの怒りに満ちた声で破られた。
「リリアを、どこへ連れて行った!!」
ラファルに掴みかかろうとしたシャイルを、ガルロイとルイは必死に止めに入る。彼のどこにそんな力があったのかと思うほど彼の力は強く、二人がかりでなんとか引きとめるのが精一杯だった。
「やめろ!シャイル!落ち着け!」
「ダメだって!」
「離せ!こんな所にいる間にリリアは……!」
赤味を帯びた髪を振り乱し、血走った目で睨むシャイルの姿を、ラファルは表情も変えず見つめている。
「残念ながら、その件に限っては私ではない」
静かな声だった。だが、ラファルはわざとエレーネの残した手紙については肯定するような物言いをした。
「ラファル!」
非難めいた声でシュティルはラファルの名を呼んだ。その声に反応するようにラファルは諦めにも似た苦笑を浮かべ、シュティルに向き直った。
「……皮肉なものですね。エレーネはもうこの世にはいないというのに」
ラファルはシュティルの強い眼差しを真っ直ぐに受け止めながら呟いた。
「兄上亡き後、おまえはこの私に本当によく尽くしてくれていた。……だが、おまえの本当の望みは何だったのだ?」
険しい表情とは反する静かなシュティルの問いかけに、ラファルは何も答えない。
シュティルは怒りとも悲しみともとれる複雑な表情を浮かべた。彼の握り緊めた右手が震えている。
「……おまえを拘束する。そして、すぐにリ──」
突然言葉を切ったシュティルの視線が窓に向かう。
ガルロイも同時に反応していた。
「俺の剣を!」
国王の護衛に向かって、ガルロイが叫んだ瞬間、ガラスが割れる音と共に、全身黒い衣装で覆った男達が次々に窓から入って来た。十人は超えている。
「陛下、下がってください!」
いつのまにか剣を抜いたラファルがシュティルの前に立っていた。だが、侵入者達の狙いはどうやらシュティルだけではないようだった。彼らは無言のまま剣を閃かせて室内に居る者すべてに対し襲い掛かって来たのだ。
「陛下を守れ!」
室内が騒然とする中、丸腰で敵と向かい合っているガルロイに気付いたルイは敵の剣を受け止めながら、悲鳴のような声を上げる。
「団長!」
ガルロイは敵の剣先をぎりぎりのところでなんとかかわしていた。そして、敵の隙を見つけるとあっという間に相手の剣を奪い取り、すぐさま剣を翻した。高い金属のぶつかる音が響き、ガルロイは別の男が頭上に振り下ろしてきた斬撃を間一髪で受け止めた。
団長のことが気が気でない様子で戦っていたルイは、敵の攻撃に押され気味だったが、ガルロイが剣を奪う姿を目にしたとたん、二人の敵を一気に床へ沈めた。そして、ガルロイに向け、大声を上げる。
「団長!こいつら、リリアを攫った奴の仲間だ!」
その声にいち早く反応したのは、もちろんシャイルだった。
「では、この男達に案内をさせればいいんだな!」
シャイルが壮絶な笑みを浮かべた。そして、目の前の敵の剣先を叩き折ると、あっというまに相手の体の上に馬乗りになり、ぎりぎりと腕を捻り上げ始めた。
「俺のリリアをどこへやったんだ!言え!」
「シャイル!何をやってるのさ!先に敵の数を減らさないと、自分の命のほうがやばいだろ!」
シャイルの背後から襲いかかろうとしていた男を斬り捨て、ルイが怒鳴る。だが、シャイルはルイに目もくれず、リリアの居場所を吐かせようと躍起になっていた。
「ラファル!」
混戦が続く中、シュティルの声にガルロイははっとして振り返った。敵と剣を交えているシュティルの背後で、ラファルが剣を支えに膝を付いている。
「陛下!」
「私は大丈夫だ!だが、ラファルが私を庇って怪我をした!」
ガルロイは急いで室内を見渡した。すでに敵の数は半数にまで減っている。だが、その視界の端で、敵の一人が暖炉へ手を伸ばす姿に気付いた。『あっ』とガルロイが声を上げる間もなく、男は火の付いた薪を室内へ投じたのだ。
「くそっ!」
火はものすごい勢いで家具や絨毯に燃え移り始めた。
「火を消せ!」
「屋敷の者達を避難させなくては!」
エルバハルの護衛だった藁色の髪の男がエルバハル達を避難させるために、急いで部屋を飛び出して行く。室内は戦うどころではなくなっていた。その隙をついて黒装束の男達は、入って来た窓から次々に外へ飛び出して行く。
「逃がすものかっ!」
シャイルも男達の後を追って窓から飛び出す。
「陛下!お逃げください!」
「ラファル!立てるか?」
国王を避難させようとする護衛達の手を振り払い、シュティルはラファルを助け起こそうとしていた。だが、ラファルは残りの力を振り絞り、シュティルの体を護衛達の方へ突き飛ばした。その瞬間、天井の一部が燃え落ちて来た。
「ラファル!」
「陛下を早くお連れしろ!」
火の付いた木片を蹴飛ばしながら、ガルロイと護衛の男達は必死でシュティルを炎から守っていた。
「ラファル!早くこっちへ来い!」
シュティルは出せる限りの声で叫ぶ。
だが、ラファルは動こうとはしなかった。その顔には彼がアルフレッドのそばにいた頃によく目にした穏やかな表情を浮かべている。
焦るシュティルに対し、ラファルは燃え盛る炎の向こうで、真っ赤に染まっていく胸を押さえながら、深く頭を垂れた。その姿には謝罪と深い敬愛の念が感じられた。
「……陛下、あなた様は本当に良い王になられた。この国が度重なる災いを乗り越えられたのは、あなた様の力量です。……この国を、お願いいたします」
「危ない!ラファル!」
突如耳をつんざくような音と共に天井の梁がが崩れ落ち、舞い上がった火の粉の中で、もうラファルの姿はどこにも見えなくなってしまった。
「陛下、ここは危険です!」
ガルロイは火の粉からシュティルを庇いながらルイの姿を探した。そして、見つけたルイの姿にほっとしながらも、大声でルイを呼ぶ。
「ルイ!シャイルの後を追え!後で俺も追う!」
ガルロイの声に大きく頷いたルイは黒装束の男達を追って出て行ったシャイルの後を追い、彼も窓枠を越える。
「陛下!」
護衛とガルロイに支えられながらシュティルが建物の外へ出てくると、エルバハルが駆け寄ってきた。
「陛下。申し訳ございません」
「なぜ、おまえが謝らねばならないのだ?」
シュティルは煤で汚れた顔に驚きの表情を浮かべ、エルバハルを見た。
「私の使用人の中に、陛下のお命を狙う者達を手引きした者がいたようなのです」
「そうだったのか。だが、私は無事だ。だから、気にするな。それより、おまえの屋敷がこのようなことになり、すまなかった」
「頭を上げてください、陛下。私の屋敷の者達も全員無事なのです。それに、焼けたのはほんの一角。家はまた建てればよいのですから」
シュティルとエルバハルは火を消そうと慌ただしく駆け回っている使用人達の姿に目を向ける。
「陛下。侵入した男達の向かった先が分かりました」
駆け戻って来た護衛の男の報告に、シュティルは一つ頷くと、視線をガルロイに向けた。
「ガルロイ。リリティシアを助けに行ってくれ。そして、あの子を城へ連れてきてくれ。今、城はエーリックが私の留守を守ってくれているのだが、私はこれ以上城を空けるわけにはいかないのだ。その代り、急ぎ城へ戻り、救助の部隊をこちらへ向かわせるつもりだ」
「分かりました。私の命にかえても、リリティシア王女殿下を陛下の元へ必ずお連れいたします」
「頼んだぞ。私は王都で待つ」
「はっ!」
ガルロイは朝日を背にし、駆け出した。
引き続きお話を読んでくださり、ありがとうございます。本当は6月中にアップしたかったのですが、7月になってしまいました。もし、楽しみにして待っていてくださっていたのでしたら、本当にもうしわけなかったです。一カ月以上アップ出来なくてごめんなさい。さて、次はリリアとクロウの話に戻ります。また、是非読みに来てくださいね。よろしくお願いします。




