15.亡き王妃のペンダント
お待たせいたしました。ガルロイ達には長い夜になりそうです。
落ち着いた色調で整えられた部屋の中では、四人の男達がそれぞれ異なった表情を浮かべて向き合っていた。時が止まったかのような静けさの中、暖炉で薪が爆ぜる音がやけに大きく響く。ガルロイにはこの状況が揺れる暖炉の炎が見せる幻影のようにさえ思えた。
「ガルロイ、元気そうでなによりだ。随分長い間会っていなかったが、おまえは変わらないね」
沈黙を破ったのは、シュティル国王の深みのある静かな声だった。ガルロイは雷に打たれたかのようにその場に片膝を付き、深く頭を垂れる。背後でシャイルも膝を付く気配がした。
「シュティル国王陛下、ご無沙汰しております………」
十四年も前に城を出た一兵士のことを覚えておられたことにガルロイはひどく感動していて、やっとの思いで発したガルロイの挨拶は、あまりにも短く、ありふれた言葉になってしまった。
一方のシュティルは、優しい笑みを浮かべて頷いている。おそらく、次に続くガルロイの報告をまっているようだった。
しかし、彼が放つ圧倒的な存在感にガルロイはそれ以上言葉が続けられなかった。ガルロイの記憶の中では、シュティルは線が細く、性別をあまり感じさせない、物静かで、美しい若者だったのだ。この十四年の間、彼はどれほどの重圧に耐えてきたのだろうか。
いつの間にか、彼は王としての揺るぎない風格を身につけていた。
「私がここに居ることを、不思議に思っているのだろ?」
押し黙ってしまったガルロイに、再びシュティルから声を掛けてきた。それはまるで緊張しているガルロイを解きほぐそうとするかのような声だった。
だが、その表情は悪戯に成功した子供のように、動揺を隠せないガルロイのようすを楽しんでいるようにも見える。その目は今は亡き彼の兄であったアルフレッド陛下にとてもよく似ていた。
しかし、感傷に浸っている暇はなかった。確かに、ガルロイは不思議に思っている。この屋敷へ来たのは本当に偶然だったからだ。
「エルバハルは私が信頼を置いている商人だ。この国が食料難を乗り切れたのは彼の手腕の賜物だと言っていいだろう」
シュティルは近くの椅子にゆっくりと腰を下した。その傍らで、宰相であるラファルは立ったまま国王とガルロイの会話を静かに聞いている。
「彼は仕事柄いろんな所へ赴くからね。それ故、情報を掴むのも早い。だから、彼には緑色の瞳を持つ者を見つけたらすぐに知らせるよう頼んでおいたのだ。さすがに、王女を探せとは言えなかったがね」
シュティルは苦い笑みを浮かべた。彼が行方不明の王女を秘かに探していることは宰相の口から聞いていた。
だが、それがエルバハルだったとは、偶然のこととはいえ驚きを隠せない。
宰相のラファルは今も自分が仕える国王のシュティルを疑い続けているのだろうか?
今共にこの場にいるこの状態を、この男はどう思っているのだろうか?
亡きアルフレッド国王の弟であるシュティルに兄暗殺の疑惑を向けていたラファルは、シュティルが手配した者達より早く王女を探すように言っていたのだ。
「数時間前に、エルバハルから自分の屋敷に緑色の瞳を持つ者が身をよせているという急の知らせが届いたからね。すぐに、皆の反対を押し切って馬を走らせて来てしまった。到着してすぐにおまえがいると報告を受けた時は、さすがに私も驚いた。………おまえが付き添って王都へ向かっているということは、やはりその子は本物のリリティシアなのだね?」
シュティルの期待に満ちた眼差しは、行方不明だった王女がここに居ると確信しているようだった。
「………本物かどうかまでは私には判断がつきかねますが、亡き王妃様にとてもよく似ておられます」
「そうか、エレーネに………」
まるで昔を懐かしむようにシュティルは目を閉じ、天を仰いだ。そんな彼の様子を見る限り、やはりガルロイには彼が兄一家を殺してまで王位を奪うような暗い影を感じることはできなかった。
「ああ、やっとリリティシアに会える! さあ、早くその娘に合わせてくれないか………」
ふと、シュティルの眼差しが鋭くなった。視線が扉に向けられる。にわかに扉の外が騒がしくなっていた。
「何事でしょうか?」
ラファルが扉へ足先を向けたとたん、突然扉が勢いよく開いた。戸口で二人の男がもみ合いになっていた。エルバハルの護衛の中にいた藁色の髪の男と扉の前でガルロイ達から剣を取り上げた男だ。
「団長! 団長!!!」
姿は見えないが、ルイの声がする。それも珍しく切羽つまった声だ。
「今だ。行け!」
藁色の髪の男が叫ぶと、一人の男が部屋の中に飛び込んできた。
「ルイ!」
驚いたことに、飛び込んできたのはルイだ。どうしたのか聞く前に、彼を追うように一緒になだれ込んで来た国王側の護衛達が三人がかりでルイを床に押さえ付ける。
「痛っ! くっ……くそっ! 離せよ!」
「失礼をいたしました。すぐに、この者をつまみ出します」
ルイの体にのしかかりながら、扉を守っていた男達が国王達へ謝罪を口にする。彼らの体の下で、ルイがもがいていた。
「ルイ! おまえは何をやっているんだ?」
驚くガルロイの声に、押さえつけられていたルイが必死で顔を向けてくる。
「団長! それはこっちの台詞だよ! こんなところで何をやっているのさ! 大変なんだよ!」
「ルイ!少し黙っていろ!………陛下、閣下、申し訳ございません。彼は私の仲間なのです。どうか許していただけませんか?」
ガルロイは慌てて国王と宰相へ改めて深々と頭を下げた。
「離してやれ」
国王の声で、ルイを取り押さえていた男達が彼の体の上から退く。すると、今まで黙っていたシャイルがルイの左手に握りしめられていたペンダントを目ざとく見つけ、ルイの左手に飛びついた。
「ルイ殿! そのペンダントをどこで?」
「おチビさんが部屋に落としていったんだよ! それより、本当に大変なんだよ!」
ルイはシャイルにペンダントを押し付け、彼の両腕を掴んで立ち上がらせようとしていたガルロイのたくましい腕にしがみ付いた。
「団長! おチビさんが攫われたんだ!」
「何だと?!」
「すぐに、クロウが後を追いかけている。おチビさんはアマンダと一緒にいたんだけど、なぜだかおチビさんだけが攫われたんだ。早く俺達も追いかけないと!」
ガルロイはすぐに国王と宰相の方向へ顔を向け、言葉を失った。なんと、シャイルが剣を抜き、あろうことか国王と宰相の前に立ちはだかっていた。先ほどのどさくさに紛れて自分の剣を取り戻していたのだ。
「シャイル!」
剣を構えるシャイルの姿に、さらに眉間の皺を深くしたラファルが彼を睨んでいる。
「何の真似だ?」
「リリアが…………リリティシア王女が攫われたようです」
国王と宰相の顔色が変わった。
「動かないでください。攫ったのは誰ですか?」
「………おまえは、何者だ?」
ラファルには珍しく、緊迫した声だ。一方のシャイルの目は完璧に座っている。
「ウォルター・バーラントを師と仰ぐ者です」
「!」
ラファルの目が見開かれた。そして、まるでそこに答えがあるかのように、目の前に立つ若い男を凝視している。
「ウォルターだと? ………彼は、今どこにいる?」
「先月、亡くなられました」
「………そうか、あの者も死んだのか………。それで、これは何の真似だ?」
「先生から聞いていたからですよ。誰が西の隣国リコスの兵士達を城へ引き入れたのかを」
「そんなことは誰もが知っている。西の砦を守っていた将軍クラード・フクスだ。彼はすでにアルフレッド陛下と同じ日に死んでいる」
「全ての黒幕のことですよ」
誰かが、息を飲む音が聞こえた。穏やかだったシュティルの表情が険しいものになっている。
「………誰だというのだ?」
「このペンダントに見覚えはありませんか?」
シャイルはルイから受け取ったペンダントを国王と宰相の目の前にかざした。
「! それは、エレーネの………」
「この中には王妃様の字で黒幕の名が記されています」
「貸せ!」
ラファルがまるで掴みかかるようにシャイルの手からペンダントを奪った。シャイルの剣先がラファルの手をかすめたために、血がにじんでいく。
だが、彼はそんなことに気に止めることなく、慌てたようにペンダントを開けた。
「くくくっ。陛下、見てください。ペンダントの中は空っぽです。こんな若造に、侮られたものです」
シュティルはラファルに歩みよると、無言でラファルから亡き王妃エレーネのペンダントを受け取った。確かにペンダントの中には何も入ってはいなかった。
だが、彼はペンダントの表に刻まれた花を愛おしむように撫でる。
「ラファル。これに刻まれている花の名を知っているか?『プリムラ シネンシス』。春一番に、白い五弁の花が輪状に咲くかわいらしい花だ。花言葉は『永遠の愛』」
怪訝な顔でシュティルを見つめるラファルには視線を向けず、彼は指先をペンダントの側面にゆっくりと這わせながらじっとその繊細な模様を確かめていく。そして、おもむろに自分の外套を脱ぐと、留め金の先をペンダントの側面に施された美しい模様の一部に差し込んだ。
カランッ
中蓋が外れ、音をたててシュティルの足元に落ちた。
「このペンダントは、兄上に頼まれて私が職人に作らせたものだ。二重底になっているから、薄い紙なら隠すことができる」
シュティルの手には折りたたまれた小さな紙切れが乗っていた。彼はその紙を開く。
そこには、アルフレッドの字で『私のエレーネ 愛している』と書かれていた。
だが、その裏側には今は亡き王妃の字で、小さな字が書き込まれていた。
『シュティル殿下、ラファル伯父様へリリティシアを渡してはなりません。すべては彼が画策したことです』と。
いつも待っていて下さる方々に感謝しています。読んでくださるお陰でくじけずに物語を紡いでいけます。ありがとうございます。まだまだお話は続きますので、これからも温かい目で読んでくださいね。




