13.雨の夜
新たな年が始まりました。どうぞこれからも、宜しく願いします。
「リリア!」
固く閉じられてしまった扉の外からリリアの名を呼び続けるクロウの肩を、ルイが軽く叩いた。
「まあ、言われたとおり待っていようよ」
「ルイ!」
クロウが非難する眼差しを向けると、ルイは軽く両肩をすぼめた。
「そんな怖い顔で見ないでよ。仕方ないじゃないか。男は入っちゃダメだって言ってるんだからさ。それに、連れて行かれちゃったのは、クロウがおチビさんをもっとしっかり抱き留めていなかったからでしょ。まあ、相手が女の子だったしね~。強く出られなかったのも分かるけどさ」
「……」
言い返せないクロウの姿を見て、ルイが楽しそうに笑う。
「普通の若者らしい反応を返せるようになったね!」
「……俺は、はじめから普通だ」
クロウが応じると、ルイが腹を抱えて笑い出した。ルイの上機嫌な理由がクロウには分からなかった。
楽しそうなルイとリリアのことが心配で仕方がないクロウを横目に、使用人の娘が大きめの箱を持ち込んでいく。クロウが彼女達にリリアの事を尋ねても『大丈夫ですよ』とにっこり微笑まれるだけで、中で何が行われているのかはまったく分からない状況が続いていた。
苛立ちを募らせるクロウのそばで、ルイは呑気に頭の後ろで腕を組み、扉近くの壁を背に座り込んでいる。
「ねえ、クロウも立っていないで座ったら?」
「何を呑気な!」
「大丈夫だって言ってたじゃないか。それに、アマンダはいい娘だよ」
「……分かっている。だが、リリアが不安がっていたんだ」
立ったまま扉を睨んでいるクロウをルイは感心するように見上げた。
「クロウって、過保護だったんだね~」
「からかうな」
「からかってないって。……でも、よかったね。クロウ」
「何がだ?」
「クロウもおチビさんのことが好きだったんだろ?」
クロウは弾かれたようにルイを見た。
だが、すぐに扉へ視線を戻す。ルイに今の自分の顔を見られたくなかったのだ。それでも、否定も誤魔化しもしないクロウに、ルイは優しい笑みを浮かべながら覗き込んで来る。
「クロウも自分の気持ちをあの子にちゃんと言葉にして伝えないとダメだよ」
「……分かっている。だが、一度心の内をさらけ出してしまうと、歯止めがきかなくなりそうで、怖いんだ」
口をぽっかり開けたまま驚いているルイの様子に気付き、クロウはじろりと睨んだ。
「怒らない。怒らない。でも、なんだか今日は、やけに素直だね」
「からかうなと言っている」
「からかっているつもりはないんだけど……。やっぱりさ、クロウはおチビさんのことを、初めて会った時から気に入ってたんじゃない? ずっと見ていたよね」
「あいかわらず、人の事をよく観察しているな」
呆れたように呟くクロウに、ルイは真剣な顔を向けてきた。
「そんなことより! クロウはシャイルが反対しているからおチビさんのことを諦めてここでお別れするつもりなの?」
クロウは立ったまま扉に背を預け、自分の右手に視線を向ける。その手には先ほどリリアを抱きしめた時に感じた温かな感触がまだ残っていた。
「俺は、まだ自分のことをなにひとつ話していない」
「でも、話すつもりになったんだ?」
クロウは開いていた手をぐっと強く握りしめた。
「ああ。……リリアが俺を受け入れてくれるのなら、俺は彼女を諦めたくない」
まるで誓うように拳を強く握りながら答えれば、黙って見つめていたルイが何かを決心したかのように立ち上がった。
「うん。分かった。それなら俺はクロウを応援するよ」
クロウは黒曜石のように美しく澄んだ瞳を大きく見開いた。クロウが驚く姿を見せる事はとても珍しい。そんな姿を見て、ルイは「今度はクロウが笑う姿が見たいな」とまるで弟を見守る兄のような顔でほほ笑んだのだった。
と、その時、室内からガラスが割れる音と共に女達の悲鳴が響いた。
「え? な、何だ?!」
「リリアッ!」
クロウはすぐさま扉の取っ手に飛びつきガタガタと音を立てて開けようとした。
だが、扉は固く閉じられたまままったく開く気配はなく、大声で呼びかけでも中からは何の返答もない。
嫌な予感にクロウとルイは視線を合わせると、二人で同時に体を扉にぶつける。
「くそっ!」
苛立ちと焦りを露わに、二人で何度か体当たりを繰り返す。
すると、突然酷い音を立てて扉が壊れ、その勢いのまま部屋の中に二人して飛び込む。
「!」
正面に見える吐き出し窓が壊され、室内には二人の使用人の娘とアマンダが倒れていた。
ルイは倒れているアマンダに駆け寄り抱き起こす。
「アマンダ! 大丈夫か?」
「………うっ───」
「クロウ! アマンダの意識はある! 他の二人も目立った外傷は無いみたいだ!」
だが、クロウはルイの声に応えず、険しい顔で室内を一瞥すると、すぐさま壊れた窓からバルコニーへ飛び出して行った。いつのまにか雨は上がっていたが、月明かりが無いため外は暗い。
だが、クロウの目は窓から漏れるわずかな明かりの中を馬に乗った黒ずくめの男が走り去ろうとする姿を捉えていた。男が抱えていたのは、美しい衣装に身を包んだ女。
リリアだ。
見間違えるはずがない。
「リリアッ!」
意識が無いのだろう。何の反応も示さないままぐったりとしたその姿にまるで血が逆流するような怒りがクロウの体を駆け巡る。
「くそっ!」
クロウは二階のバルコニーから手摺を軽々と乗り越え、階下へ飛び降りた。
ぱしゃっ!
足の下でぬかるんだ大地が泥水を跳ね上げるのと同時に、クロウは一陣の風のように一気に男へ向かって駆け出す。
しかし、クロウの行く手を阻むように、すぐに彼の前に走り去った男と同じ黒ずくめの男達が現れた。
「どけっ!」
地を這うような低い声を上げるクロウの手にはすでに剣が握られている。
「クロウ⁈」
不審な男達と対峙するクロウの耳にルイの焦った声が聞こえてきた。クロウはルイに背を向けたまま大声で叫ぶ。
「来るな! リリアが攫われた! 早く団長に知らせろ!」
「! わ、分かった!」
ルイの気配が遠ざかっていく。クロウはすでに二人の男を斬り捨てていた。さらに、刃を合わせていた相手を一刀で濡れた大地に沈め、馬に乗って逃げようとしていた男から馬を奪うとすぐさま門を飛び出していく。
だが、すでにリリアを攫た男の姿はどこにもなかった。
「どっちだ?」
焦るクロウの目に、雨でぬかるんだ道に続く馬の蹄の跡が映る。幸運なことに、立派な邸宅が並ぶこの町は、どの門の前にも明かりが灯され、彼の行く道を照らしていた。
クロウは並みの腕前では落馬しそうな勢いで馬を駆けさせる。
「リリア、すぐに助けてやる! 待っていろ────」
ぐったりとしたリリアの姿が、クロウの目に焼き付いていた。
(なぜリリアが攫われたのだろうか? アマンダと一緒にいたために間違われたのか?)
だが、リリアを攫った男達と実際に剣を交えたクロウには、そんな初歩的な間違いを犯す連中には見えなかった。
(では、奴らの狙いは初めからリリアだったのか?)
ふとクロウの脳裏を過ったのはオアシスにいた不審な男達の姿だった。もしかすると、あの時からすでにリリアは狙われていたのかもしれない。
嫌な予感が胸をじりじりと焦がし、クロウは思わず胸元を強く握り緊めていた。
いつも読んでくださり、ありがとうございます。なんとか今月中にアップ出来てよかったです。




