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王都へ  作者: 待宵月
10/73

10.大切な家族

*2021年8月11日、加筆訂正しております。

 クロウ達が助けた商人はナデイロ・エルバハルという名で、内海に面した交易都市アルバトロスで大きな船を数隻持つ豪商だった。

 彼に案内されるままクロウ達が到着した邸宅は、リラの町の中心部よりやや北へ上がったところにあった。このあたりは裕福な層の人間が集まっているのか、かなり大きな建物が立ち並んでいる。その中でも一番大きく、立派な邸宅であった。


「エルバハル様がお戻りなられたぞ!」


 先に護衛の一人を走らせていたからか、大きな門の前では大勢の使用人達が主人の帰りを待っていた。


「お帰りなさいませ、エルバハル様。よくぞご無事で」

「盗賊達に襲われたと聞いた時は、心の臓が止まったかと思いましたぞ!」

「本当に、よくご無事で……」


 使用人達はあっという間に馬車から降りて来た主人を取り囲み、怪我も無く無事な様子を確認すると、みな安堵の表情を浮かべ喜んでいる。それを見ればエルバハルという男の人柄の良さが理解出来た。


「お父様!」


 両開きの大きな扉を潜り、長い髪を揺らしながら女が一人駆けてくる。

 明るい茶色の髪の十代半ばの若い女だ。

 使用人達が道を開けると、彼女は勢いよくエルバハルに抱き付いた。目鼻立ちのはっきりとした美しい娘だった。


「アマンダ。人様の前で、よい年頃の娘が何とはしたない」


 彼女の背後からゆっくりと歩いて来た高齢の女性が、孫娘の行いを窘める。


「だって、お祖母様。お父様がご無事でお戻りになられたのよ」


 アマンダと呼ばれた娘は少し不満気な口調だが、やはり父親が無事に戻って来た事が嬉しいらしく笑顔で父親にまとわりついている。


「今、戻りました。かなりご心配をお掛けしたようですね」

「ナデイロ。本当に、よく無事に戻りましたね」


 エルバハルは自分に向け伸ばされた年老いた母親の手を優しく取り、その手の甲に唇を押し当てる。


「最近は国の中も落ち着き、盗賊に遭遇する事も無くなったので、護衛の数を減らしたのが悪かったようです。ですが、あの方達のお陰でなんとか命拾いをしましたよ」

「まあ、なんと有難い事でしょう。きっと、精霊のお導きです」


 老女は手を合わせ、この国の守護精霊に感謝の言葉を呟くと、事の成り行きを見守っていたクロウ達にも感謝の眼差しを向けた。同じように好意的な目で見つめているアマンダに対し、ルイはいつも彼を取り巻く女達にするように小さく手を振っている。それを見て、ガルロイは思わず額を押さえた。


「お父様! あの方達はどなたなのですか?」


 アマンダが弾んだ声を上げた。


「私の命を救ってくださった恩人の方々だ。王都へ行かれる途中なのだが、今夜はここに泊まっていただこうとお連れしてきたのだよ」

「まあ! ここに泊まっていただくのね?」

「アマンダ様。エルバハル様のご指示がございましたので、みなさまにお食事と泊まって頂くご用意はすでに整えてございます」


 エルバハル家の執事であろう初老の男がアマンダにそっと耳打ちした。彼女は小さく頷くと、しっかりと頭を上げ、姿勢を正した。


「では、私が皆様をご案内するわ」


 アマンダはクロウ達の前に進み出ると、スカートの端を両手でつまみ、軽く膝を折った。洗練された優雅な仕草だった。


「初めまして、アマンダ・エルバハルと申します。父を助けてくださった事、心から感謝しております」

「こちらこそ、お言葉に甘えて突然押しかけてしまい誠に申し訳ない」


 ガルロイが紳士らしく右手を胸に当て、軽く頭を下げた。ルイも彼の横で同じ仕草で挨拶をすると、ニッコリとほほ笑む。笑顔を向けられ、アマンダはルイの晴れた空のように青い瞳を見つめながら弾けるような笑みで応じた。アマンダはそのまま流れるように視線をルイの影にいたクロウへ移す。

 クロウはこの時、腕に抱くリリアに注意を向けていてアマンダを見ていなかった。

 だが、彼女はクロウを見た途端、大きく目を見開き、興味を示した。

 そして、彼が大切そうに誰かを抱き上げている事に気付くと、自ら近づいて行った。


「……その方は、お怪我をなさっているのですか?」


 アマンダが声を掛けると、クロウはやっと彼女へ視線を向けた。クロウの顔を直視したアマンダは息を飲んだ。


「いや、気を失っているだけだ。だが、早く寝かせてやりたい。出来るなら先に部屋へ案内してもらえないだろうか?」


「わ、分かりました。セバス! 私はこの方を先にお部屋へご案内します。他の方々をお食事が用意されているお部屋へお連れして!」

「はい。お嬢様」


 クロウは『一緒に行く』と言ったガルロイとルイの申し出を断ると、アマンダに導かれるままニ階にある客室へと向かった。突然押し掛けて来たにもかかわらず部屋は綺麗に整えてあり、良い香りまでしている。

 だが、クロウは置かれている高価な調度品や高級な家具には一切目もくれず、すぐに柔らかな寝台へと直行する。


「……綺麗な男の子ね」


 そっと寝台の上にリリアを寝かせるクロウに、アマンダが話しかけてきた。 彼女はリリアを男の子だと思っているようだ。


「そうだな」


 寝台の上に横たわるリリアの姿をクロウは改めてじっと見つめる。

 彼女の淡い金色の髪は短く、綿のシャツの上に袖の無い胴着と膝までの長さの脚衣を身に着けていた。町でよく見かける少年と同じ姿だ。

 確かに、この恰好では女だとは思いもよらないだろう。現にクロウも初めはリリアの事を少年だと思い込んでいたのだから。

 だが今はどんな姿をしていても、リリアの事を男のだとはとうてい思えない。なぜ彼女の事を女だとまったく気付きもしなかったのか不思議でならないほどだ。

 鈴を転がすようなかわいらしい声。ずっとさわっていたくなるような柔らかな白い頬。そっと触れたくなるよう花びらのような唇。吸い寄せられるような優しい眼差し。髪が短かろうが少年のような服を着ていようが彼女には男の子と見間違える要素はどこにもないのだ。


「よかった。女の子なのかと思ったわ。とても大切にされているのだもの。まるで高価な宝石に触れているみたいだわ」


 アマンダがどこか安心したように呟く。

 どういう意味なのかと、クロウは初めて彼女を真っ直ぐに見た。その視線をアマンダは少し恥ずかしそうに受け止め、熱を帯びた眼差しでクロウを見つめ返してきた。


「王都へはお仕事で行かれるのですか?」

「ああ」

「王都へ着かれてからの予定は、もう決まっているのですか?」

「いや。まだだ」

「そうですか」

「何だ?」

「いいえ、何でもありませんわ。さあ、あなたも早くお食事を召し上がってください。お仲間の方達もきっと待っておられますわ」

「すまないが、もう少ししてから行くと、あんたから言っておいてくれないか?」

「……分かりました。皆様がおられるお部屋は、入口から右側へ入ったところにあります。おそらく、賑やかな声が聞こえると思うので、迷うことはないでしょう」

「ああ、分かった。ありがとう」


 クロウはリリアが眠る寝台の横に立ったまま、アマンダに礼を述べた。アマンダは僅かに顔を曇らせ、一人で静かに部屋から出て行った。



「クロウ?」


 いつのまにか、リリアが目を覚ましていた。翠玉の輝きに似た瞳が、ぼんやりとクロウを見つめている。


「……ここは、どこ?」

「リラの町にある商人の家だ。今夜はここに泊めてくれるのだそうだ」

「……」


 黙ったままのリリアにクロウは心配そうな表情を浮かべて覗き込んだ。


「大丈夫か? 気分が悪いのか?」


 リリアの白い頬にクロウはそっと掌を添え、柔らかな頬を優しく撫でる。微熱があるのかほんの少し熱い。


「……大丈夫。クロウは?」

「ああ、まったく問題ない」

「……私は、またクロウに迷惑をかけてしまったのね。ごめんなさい……」


 リリアは頬を撫でるクロウの大きな手に自分の手を重ね、悲しそうに目を閉じた。髪と同じ色の長い睫が白い頬に影を落としている。

 

「俺はリリアの事を迷惑だと思った事は一度もない。迷惑をかけているのは俺の方だ。本来ならおまえはもう王都に着いていて、こんなに色々恐ろしい目に遭う事はなかったのだからな」


 苦い思いを吐き出すように言えば、彼女の引き込まれそうな澄んだ瞳が驚いたように見開かれた。リリアがゆっくりと身を起こす。


「本当に? ……迷惑だと思っていないの? 私はクロウに嫌われていると……」


 クロウは堪らなくなって、リリアの両肩を掴んだ。


「嫌ってなどいない! 嫌いになどなるわけがない。俺は……」


 クロウは言葉を切った。感情を抑え込むようにリリアから視線を外す。


「クロウ?」


 リリアが不安そうにクロウの名前を呼ぶ。


『おまえの事が好きだ。ずっとこれからも傍に居て、おまえを守りたい!』


 閉じ込めた想いが身の内で暴れまわり、心の内をすべて打ち明けてしまいたい衝動に駆られる。リリアの事を知れば知るほど、惹かれていく。止められない。

 だが、一方でクロウはリリアの側にいてはいけにように感じ始めてもいた。


「……俺は、おまえの事を大切にしたい。だがどうも上手くいかなくて、戸惑っている」

「え?! ……私達、同じことを思って悩んでいたってこと?」

「ああ、そういう事になるな」


 クロウが苦笑しながら視線を戻せは、リリアがほっとした表情に微笑みを浮かべ見つめてきた。この笑顔をずっと見ていたいとクロウは思った。


「……明日、いよいよ王都だ。よければ、何をしに王都へ行くのか話してくれないか?」

「え? 私はクロウに話していなかったのね? ごめんなさい。……実は、亡くなったお祖父さんの大切な友人の方が王都にいらっしゃるの。その方にお祖父さんが亡くなった事を伝えに行こうとしているの」

「それは、手紙で伝えてはいけなかったのか?」

「名前は分かるのだけれど、王都に居る事以外何も分からないの。……でも、一番の理由は私がお会いしたかったから」


 困惑した表情を浮かべてクロウはリリアを見た。


「……王都は広い。名前だけでは、探しても会えないかもしれないぞ」

「え? ええ? そうなの……? 名前さえ知っていれば会えると思っていたのに……」


 リリアは見ていて可哀そうなほどしゅんと肩を落とした。


「リリア?」


 クロウがリリアの名前を呼べば、リリアは胸の上で両手を重ね、真剣な眼差しでクロウを見てきた。

 だが、上目づかいに見上げてくるその顔は酷く頼りなげで、何とかしてやりたいとクロウに強く思わせるほど可愛らしい姿だった。


「とりあえず、ここまで来たのだもの。私、頑張って探してみるわ!」

「……探してやるよ」

「え?」

「王都で、そのお祖父さんのお友達とやらを一緒に探してやるよ」

「本当に……? 一緒に探してくれるの?」

「ああ」

「! うれしい!」


 寝台の端に腰を下ろしていたクロウの胸に、リリアは子供のように笑顔を弾けさせて飛び込んできた。クロウはその小さな体を両腕で抱き留める。まるで腕の中に閉じ込めるようにそのまま抱きしめるクロウの顔には、リリアへの想いが溢れ出ていた。


「それを許可する事は出来ないわ」


 突然、声と共に扉が開き、赤髪の男が姿を現した。クロウを人攫いと間違えた男だ。男はおもむろに長い髪をかき上げ、吊り気味の目を優しく和ませながらリリアに微笑みかける。剣を交えた時とは仕草も声音も違っている。まるで別人のようだ。


「シャイル!」

「え?」


 驚くクロウの腕の中から、リリアがするりと抜け出した。まだ足に力がはいらないのか、覚束ない足取りで男の元へ駆け寄る。『シャイル!』と男の名を呼び、手を伸ばした。シャイルは大きく両手を広げると、リリアの華奢な身体を抱き寄せる。


(この男がリリアが夢の中で何度も名を呼んでいた『シャイル』だというのか……?!)


 クロウの目の前でシャイルは両腕の中にリリアを優しく包み込んでいた。おそらく泣いているのであろう彼女の小さな頭を抱えるように腕をまわし、シャイルは淡く輝く金色の髪に愛おしそうに唇を押し当てている。

 クロウはその様子をただ呆然と見つめる事しか出来なかった。己でさえ驚くほど衝撃を受けていた。


(胸が痛い。……この胸の奥に渦巻くのは失望か、いや嫉妬だ)


「どれだけ心配したと思っているの? 帰ったらお説教だから覚悟してなさい」

「シャイル! シャイル! どうしてここに?!」

「精霊のお導きかしらね。仕事を終えて帰る途中だったのよ。まさかこんなとこにリリアがいるなんてね」

「クロウ! シャイルよ。私の大切な家族なの!」


 リリアが歓喜の声を上げながらクロウを振り返った。


「……大切な、家族? 兄、なのか?」


 無意識に期待する質問がクロウの口から零れる。


「違う」


 クロウの心を見透かすように、シャイルが答えた。


「でも、兄妹のように育ってきたのよ」


 リリアの無邪気な返答にシャイルは苦笑するとクロウにひたっと視線を止めた。


「私とリリアは一緒に暮らしているの。だから、明日、この子を連れて帰るわ」

「! ……待て! 王都は目の前だ。リリアはやっとの思いでここまで来たんだ。人探しが終わればちゃんと家まで俺が送り届ける。だから、それまで俺にリリアを預からせてほしい。必ずリリアの身は守ると約束する!」

「守る、ですって?」


 シャイルの瞳が冷たく光った。


「シャイル、お願いよ。おじいさんのお友達の方にお会いしたらすぐに帰るわ。それに、クロウはとても強いのよ。だから安心して」


 シャイルは縋り付くリリアをまるでクロウから隠すように自分の背後へ押しやり、クロウに対し眼差しを鋭くした。


「ええ、知ってる。一撃必殺だったわね。この男の剣は、人を守るためのものではなかった。人の命を奪うための剣技だった。そんな男に大切なリリアを任すわけにはいかないのよ」


 シャイルの言葉はクロウの心に暗い影を落とした。



10話まで書き続けて来ることが出来ました。今まで読んでくださった方々に感謝です。ありがとうございます。まだまだ続きますので、どうぞお付き合いの程よろしくお願い致します。

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