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 我々の婚約を破棄出来ない理由。それは我々の婚約が成立した経緯にある。


「レオン様は私達の仲人が誰か覚えてますか?」

「皇帝陛下だ」

「そう! 皇帝陛下ですのよ皇・帝・陛・下!!」


 それが分かっていて何故分からない。


「いいですこと、私たちが婚約破棄なんてした日には、陛下の顔に泥を塗ることになるんですのよ? あの残虐皇帝の機嫌を損ねることになりますのよ?」


 残虐皇帝とは我が国の皇帝陛下のあだ名である。自分の思い通りに物事が運ばないと気が済まず、気に入らない臣下を罰すること数知れず、ちょっとの事でも逆らうと物理的に首が飛ぶと専らの評判である。

 その皇帝が、我々の婚約を決めたのだ。


「我々の婚約が皇帝陛下の発案であるに加え、婚約式は陛下直々に立ち会われて婚約証書のサインまでいただいているのですよ。それで婚約破棄なんてした日には貴方も私もただじゃ済まないわよ」


 実質的に皇帝の命に逆らうことになるわけで、下手をすれば反逆罪だ。

 レオン一人が罪を問われるならばまだいい。この場合、婚約者を繋ぎ止められなかった私の方にも被害が来る可能性が高い。そうなると累は公爵家と侯爵家全体に及ぶ。両家揃ってお取り潰しコースである。


  ここら辺でやっと状況が呑み込めてきたのか、婚約者殿の顔が青ざめる


 隣のルーチェ嬢はキョトンとした顔をしている。皇帝陛下は気性が激しいが政策自体はマトモなことが多いので民衆には人気が高い。市井の生まれのルーチェ嬢には恐ろしさがピンと来ないのだろう。


「ど、どうすればいいんだ」

「どうもこうもないわよ。今の話はなかった事にしてあげるから、ルーチェさんともう一度良く話し合いなさい。結婚した後に愛人一人囲うくらいなら私は何も言いませんから」

「貴様、ルーチェを日陰者にしろというのか?!」

「じゃあ他にどうすれば良いのか代案を出してごらんなさいませ! 貴方達だけの問題ではないんですのよ?!」

「……、か」

「駆け落ちしても結果は同じですからね」


 寧ろ被害はそちらの方が大きくなる。

 この国の優秀な魔術師は、戦力として百人の軍隊に匹敵すると言われる。そしてルーチェ嬢の魔力保有量は、平均的な魔術師の二十倍近いと聞く。ルーチェ嬢を連れて国外に逃亡なんてすれば、国の一個連隊率いて造反するに等しい。国家反逆罪待った無しである。

更に二人の逃げた先によっては、他国を巻き込んだ戦争にもなりかねない。


「……」


 レオンが黙り込む。愛があってもどうしようもないことがあると分かってくれただろう。


「……、アリシア」

「何ですか?」

「今の話は無かったことに、」

「そんなのおかしいです!」


 隣からの叫び声。ルーチェ嬢の説得がまだだった。


「おかしいです! 私もレオン様も国に反逆するつもりなんてないのに、何でそんな話になるんですか!?」

「ルーチェ……」

「私とレオン様の仲を裂きたいのならハッキリとそう言ってください!」


 残念ながらそういう問題ではないのだ。


「ルーチェ嬢、私は別にあなた方に嫉妬したり嫌がらせをしたい訳じゃないのよ?」


 そこだけは誤解しないで欲しい。


「……本当ですか?」

「誓って本当よ。寧ろ状況さえ許すならばこんな脳筋男リボン付けて進呈するわよ」

「おい」

「でも、私とレオン様の結婚を認めてはくださらないんしょう?」

「私が認めた認めないで変えられる事じゃないのよ。お願いだから分かって頂戴」

「……」


 まだルーチェ嬢は納得出来ない雰囲気だ。

 ルーチェ嬢、目に涙を溜めて私を睨み付けてくる。そこまでレオンのことを好いてくれているのなら、幼馴染としては嬉しい限りなんだがな。


 今は体も鍛えて精悍とした美丈夫といった感じだが、小さい頃のレオンは華奢で、見た目天使のような可愛さだった。そんな見た目だったから、小さい頃から年齢問わず女性にモテた。公爵家長男という立場もあり、水面下でかなり露骨な女の争いがあったらしい。執拗につけ回したり、中には露骨な性的イタズラを仕掛けてくることもあったらしい。そんなこんなで、十歳を越えた頃にはスッカリ女性不信になってしまった。


 それでも私とは辛うじて話したり喧嘩したりはしていたのだが、婚約した辺りから私を女だと認識したらしく、露骨に避け始めた。


 それが今、可愛らしい女の子と仲睦まじく手を繋いでいるのだから分からない。これで自分の婚約者でなければ応援してやるんだが。


「そもそもどうして皇帝陛下はお二人の婚約を決めたのですか?」


 ふと思い付いたようにルーチェ嬢が呟く。


「それがよくわからないのよね」


 昔、私とレオンは一緒に王宮に招かれることが良くあった。私は同い年の皇太子の婚約者候補として、レオンは同じく皇太子の遊び相手としてである。皇太子を交えて三人で遊んだことも何度かある。


 それを偶然見かけた皇帝が、何故か私とレオンを婚約させようと言い出したのである。


 未来の皇帝の外戚を狙っていた両親としては青天の霹靂だったらしいが、残虐皇帝に逆らうほどの度胸も無かったらしい。公爵家の方では特に反対する理由もなく、私達の婚約はすんなり決まった。


 元々レーゼバルト公爵家とアミュレット侯爵家には姻戚関係があったので、旨味はないけどマイナスでもないといったところ。


「じゃあ、お二人は当時は仲が良かったと言うことですか?」

「冗談じゃない」

「王宮でも、会うと必ず喧嘩になりましたわ」


 我々の喧嘩を皇太子が仲裁していた位である。正直、皇帝は我々の何をみて仲が良いと思ったのか甚だ疑問である。


「そもそもが皇帝陛下の勘違いだったなら、そう言えばいいんじゃないですか?」

「お、恐ろしい事簡単に言ってくれるわね」


 残虐皇帝の残虐っぷりの逸話には事欠かない。皇帝の政策のちょっとした欠点を指摘した文官が罷免されたとか、皇帝が王宮の改装を命じた時に、予算面から難色を示した財務長官がその場で首を跳ねられた上に財産の一切を没収されたとか。


 一番有名なのは我々の生まれる前、即位から間もない皇帝の嫁取りに関する話だ。


 今は亡き皇妃は元々、我が国と国境を接しているある小国の第一王女だった。美しいと評判だった王女を、皇帝が妃にしたいと要求した。


 その時、第一王女には既に婚約者がいた。小国の王は代わりに、第一王女ではなく、同じく美人と評判だった第二王女の方ではどうかと提案した。

それが皇帝の逆鱗に触れた。皇帝は小国に攻め込み、小国は瞬く間に王都陥落一歩手前まで追い込まれた。


 結局小国は帝国に併合され、第一王女を皇帝に差し出すことになった。残虐皇帝の傍若ぶりと戦上手を伝えるエピソードである。


 しかし王女の方もなかなか肝が据わっている。王都に迫る帝国軍を前にして、彼女はこう言い放った。


私を妃に望むのなら条件が三つある。


一つは、王族の命を保証する事。

一つは、私を正妃とすること。

もう一つは、私の産んだ子供を次の皇帝にすること。

 それを皇帝が誓わなければ私はこの場で自害する。


 完全に追い詰められた状況で、喉に短剣を突きつけながら皇帝の前で一歩も引かなかったというのだから、相当に剛胆である。


 皇帝もかえって毒気を抜かれたのか、それともよっぽど惚れていたのか、その場で条件を呑むことを宣誓したという。


 誓い通り王女は正妃になり、彼女の産んだ第一皇子が皇太子になった。小国の王は領地を与えられ、この国の貴族になった。


 そんな出会いの二人だが、仲は悪くなかった。皇太子が十歳の時に正妃が病死すると、皇帝はまる一週間後宮から出てこなかったという。思えば我々の婚約を皇帝が言い出したのはその直後である。愛妻を失ってどうかしたのだろうか。


「と言うわけで、直接説得するとか絶対無理。噂話でも陛下の耳に入った時点で終わりですわ」

「すまん、分かってくれルーチェ」


 生まれたときから貴族世界にどっぷり浸かってる私とレオンは既に諦めの境地である。しかし、ルーチェ嬢にはそんなこと関係ない。


「レオン様は私のことが嫌いになったのですか?」

「違う! 俺が愛しているのはルーチェだけだ。ルーチェの居ない人生など考えられない」

「あの、私の前でノロケるの止めていただけます?」

「じゃあどうして私と結婚してくれないのですか?!」

「それは」

「ルーチェさん、結婚だけが愛情を示す手段では無いと思いません?」

「そんなのおかしいです!」


 ルーチェ嬢が叫ぶ。


「おかしいですよ。どうして好きな人と結婚出来ないんですか!?」




「全く同感だね」




 背後から声がした。


 瞬間、ルーチェ嬢以外の時間が止まった。背中を嫌な汗が伝う。興奮して大声で話していたが、今までの我々の会話を誰かに聞かれたらかなりヤバイ。


 しかも、よりによって一番聞かれたら不味い人の声がした気がする。


 振り向いて確認したい所だが、なかなか勇気が出ない。思わず助けを求めるように目だけで周囲を見回したら、レオンと目が合った。酷く情けない顔をしていて、こんな時でなければ指差して笑ってやりたい。多分私も似たような顔をしているだろうけど。


「あ、マティアス様!」


 おいルーチェ嬢。心の準備が出来てない内に現実を突き付けないでくれ。


「やあルーチェ、今日も元気だね」


 覚悟を決めて振り向くと、四阿のすぐ外、緑の茂みに隠れるようにして青年が立っていた。


 癖のない黒髪に鋭い目つきの青年は、マティアス・マルクス第一皇子。我々の同学年で幼馴染、紛れもなく我が国の皇太子殿下が其処にいた。


「で、ででで殿下。いつから其処にいまして?」

「馬鹿か貴様は、の辺りからかな」


 殆ど最初からじゃないですか。

 我々の動揺とは裏腹に、マティアスはニコニコと人懐こい笑みを浮かべる。この笑みが曲者なのだ。



「アリシア。最近の君はすっかり大人しくなってしまったと思っていたけど、レオンの前だと素の君がでるんだねえ」

「お、お見苦しい所をお見せしマシタ」

「レオンも、そんなに思い詰めていたなら僕に相談してくれたら良かったのに」

「イエ、殿下のお手を煩わせるようなことでは」

「心配しなくても、告げ口などしないさ。僕が父に嫌われている事は二人とも知っているだろう?」


 相槌打ちにくいです、殿下。

 確かに、皇帝と皇太子の不仲は王宮では暗黙の了解である。皇帝は妻を大事にしていたが、その子供にはあまり関心が無いようである。長じては無関心が嫌いの方に振りきれたらしい。皇太子であるマティアスがこの学園に通っているのも、皇太子を政治から遠ざけたい皇帝の意向だという噂だ。


 そんな調子だから、皇太子から皇帝に話が漏れるということはまず無いだろう。

 しかし、とんでもない人に弱味を握られてしまったという事実は変わらない。皇帝も怖いが、この幼馴染も同じくらい怖い。

 彼の腹黒さは確実に父親の血を色濃く受け継いでいる。

 しかも、ルーチェ嬢に関する噂が事実であれば、レオンは彼にとって恋敵になるのではないか。


「仲間外れは酷いなぁ、幼馴染だろう?」


 笑顔が怖い。

  小さい頃はちょっと人見知り気味だったけど、はにかんだ笑顔の可愛い優しい子だったのに、どうしてこんな地の底のような威圧感のある腹黒皇子に育ってしまったのだろう。


「話は大体聞いたけど、つまりレオンはアリシアとの婚約破棄をして、ルーチェと結婚をしたいんだけど、僕の父が許可を出してくれるか不安なんだね」

「そうなんです!」


 飛びつかんばかりに肯定するルーチェ嬢。君は皇太子の本性に気付いてはいないのか、この笑顔を前にしてよく平気でいられるな。


「心配しなくても良いよルーチェ。僕が君らの結婚を後押しして上げよう」


 思いがけない事をマティアスが口にした。


「本当ですか! ありがとうございます!」

「殿下、それは」

「僕も父上のやり方には困っていたんだ。僕が何とかしてあげよう」

「お父様と仲が悪いのに大丈夫なんですか?」


 すごい踏み込むなルーチェ嬢。その肝の太さどっから来てるの?


「いつかはやろうと思ってずっと準備していたんだ。卒業してからにしようと思っていたけど、早いに越したことはないしね」


 マティアスがニヤリと笑う。


 この瞬間、私はマティアスがしようとしている事を理解した。


ーー革命が起こる。


「その代わりルーチェ、僕に協力してくれるかい?」

「はい! 何でもします!」

「ま、待てルーチェ」


 ルーチェ嬢、内容を良く聞かずに返事するんじゃない。この瞬間にマティアスは最強のカードを手に入れたぞ。

 ルーチェ嬢に向けて微笑んでいたマティアスがこちらを向く。


「勿論、アリシアとレオンも手伝ってくれるよね?」


 逃げられない。



『二人とも仲直りしようね?』


 ふと、幼い頃の光景を思い出した。私とレオンが喧嘩をすると必ず、いつの間にか間に立ったマティアスが、我々の腕を取って笑顔でこう言うのだ。そして、ちゃんと我々が仲直りするまで絶対に離してくれない。

 昔から、自分の主張は必ず通す子供だった。


 その頃から私もレオンも、彼の笑顔に勝てたことがない。

 にっこりと笑う皇太子殿下。我々は覚悟を決めた。


「「仰せのままに」」


 そういうことになってしまった。






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