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大分乗り遅れたけど、ちょっと流行りに乗ってみたかった乙女ゲームに良くある話。
予想していた事とはいえ、予想通りの最悪の結果が来るとダメージがある。と言うか脱力する。
アリシア・アミュレット。侯爵家に生を受けて17年、人生最大の脱力を感じている。
婚約者に話があると言われ、呼び出された先が学園の裏庭の人気のない四阿。この時点で既に嫌な予感がビンビンしたものの、此処に来るまでは曲がりなりにも侯爵家令嬢としての体裁を保っていた。しかし待ち合わせ場所に来てみれば、どうやら婚約者殿は一人ではないようで、しかも一緒にいるのが最近学園の話題の中心になっている平民出身の少女である。視界に入った瞬間に頭を抱えたくなった。それでも一応話を聞いてみようと思ったが、開口一番に予想通りの台詞を吐かれて思わずベンチに突っ伏した。
「おい、大丈夫かアリシア」
私の脱力の元凶が何か言っているが、相手をする気力が湧かない。
しかしいつまでも寝てるわけにも行かないので、顔だけ上げて相手を見る。
レオン・レーゼバルト。公爵家の長男で、私の婚約者である。輝くような金髪と美しい容姿、鍛え抜かれた身体。人を寄せ付けない硬派な雰囲気が痺れると憧れている女性も多いそう。幼馴染の立場から言わせてもらえば、ただの女嫌いの脳筋馬鹿である。
その隣、レオンの腕にしがみつくようにして、一人の少女が立っている。チェリーブラウンの艶々した髪に琥珀のような大きな瞳の小動物系。怯えたようにこちらを見つめる様子はいかにも庇護欲をそそる。
正直、こんな時でなければ撫で回してやりたいほど可愛い。
「レオン様」
「何だ」
「ちょっと今の言葉を理解出来なかったので、差し支えなければもう一回言っていただけます? レーゼバルト公爵家長男としてはっきり丁寧に!」
「お前との婚約を破棄したい!」
「馬鹿か貴様は!」
脱力通り越して腹が立ってきた。
「馬鹿とは何だ馬鹿とは!」
「馬鹿としか言いようがないですわよこの馬鹿!」
「馬鹿馬鹿言うなこの馬鹿!」
「じゃあ聞きますけど、何故婚約破棄したいと思ったのです?」
「ルーチェと結婚するためだ!」
「やっぱり馬鹿ですわ!」
おっといけない。淑女たるもの、無闇に声を荒げてはいけない。
「ちょっと冷静になりなさいな貴方」
「お前こそ落ち着け。猫が剥がれ落ちてるぞアミュレット侯爵家令嬢」
「思春期にひねくれて女嫌い拗らせてた貴方が、思いがけなく恋に落ちて浮かれてるのは分かりますけど」
「う、浮かれてなどない!」
「浮かれてなければこんな考え無しの行動とりませんわ」
「よく考えた上でのことだ」
「なお悪いですわ。騎士を目指すのは結構ですけど身体の鍛えすぎでおつむの容量が減ったのでなくて?」
「貴様……」
レオンが言葉に詰まる。生まれる前から付き合いのある幼馴染だが、レオンが口喧嘩で私に勝てた試しはない。肉体言語でも昔は五分の勝負であった。私も昔はやんちゃだったのだ。
女の子に負けてよほど悔しかったのか、馬鹿みたいに体を鍛えだしたので、今物理的な喧嘩をしたら流石に勝てないだろうなと思う。剣の腕をメキメキと上げたレオンは、今や学園の騎士クラスのトップである。騎士クラスを上位で卒業した者は、ほぼ無条件で近衛騎士団への入団が認められるので、恐らくレオンも来年には近衛入りであろう。
我々が現在所属している学園は、貴族の子女のための高等教育機関である。教養、政治、経営、騎士、魔法の五つのクラスに分かれていて、今まで家庭教師などから包括的な知識を学んできた貴族の子弟が、より自分の将来に特化した専門知識を三年かけて身につけると共に、社交性も学ぶ。
ちなみに私の所属する経営クラスは、領地を治めなくてはならない家の跡取りが選ぶ一般的なクラスである。私は公爵家に嫁ぐ事が決定している身だが、肝心の婚約者が剣振り回すしか能が無さそうなので成り行きである。
「レオン様を責めないでください!」
突然の大声に現実逃避から引き戻される。そうだ彼女がいたのだ。
「レオン様は私の為を思って言っている事なのです! 責めるなら私を責めてください!」
「ルーチェ……」
レオンが感極まった顔で少女を見つめている。貴方そんなキャラでしたっけ?
「貴女の為?」
「そうです! レオン様はお優しい方です!」
「馬鹿は否定しなくて良ろしいの?」
「レオンさまはばかなんかじゃないです」
「もう一度、私の目を見て言ってご覧なさい?」
「レ、レオン様は馬鹿なんかじゃ……、ないです」
「ルーチェ?」
素直な子だ。
「こうしてお話するのは初めてよね、ルーチェさん?」
「はい! 魔法科一年のルーチェ・ルミナです!」
元気な子だ。
紹介されるまでもなく知っている。この学園で一、二を争う有名人だ。平民出身ながら我が国建国以来最大の魔力保有者で、貴族の子弟しか入れないこの学園に特別に入学を許可された。
あまりに魔力が桁違い過ぎて一般の魔術学校では扱いきれないとの判断らしい。この学園の魔術クラスの上位者はほぼ強制的に国立の魔術研究機関所属になるので、それを見越しての囲い込みでもあるだろう。
入学理由からして注目されるルーチェ嬢だが、最近は別の所で目立っている。
何故か彼女、異性の取り巻きが多いのだ。
噂ではそこの公爵家長男を始め、女たらしで有名な子爵家次男とか、天才の呼び声高い伯爵家三男とか、美形と評判の経営クラスの教授とか、魔法で二百年以上生きていると噂の理事長とか、果ては皇太子殿下までもが揃って、ルーチェ嬢を構い倒しているらしい。
騎士クラスと魔術クラスは実技の授業がある関係上、他のクラスと校舎が離れていて、学園で私がレオン達と顔を会わせる機会はあまりない。噂の真偽を確める事を怠った過去の自分が悔やまれる。
それにしても噂を聞いて、ルーチェ嬢とは一体どんな小悪魔なんだと思っていたが、実際に本人を目の前にしてみると何となく分かる気がする。
何かこう、凄く構ってあげたいような感じ。
「学園生活はどうかしら?」
「はい! 色々勉強出来て毎日楽しいです!」
「身分を理由に嫌がらせなどされていない?」
「はい! 皆さん良くしてくださいます!」
「友達は出来た?」
「はい!同じクラスのリーゼちゃんと友達になりました」
「魔法科一年のリーゼというと……、ああリュミエール伯爵家の次女ね。お姉さまの方は私と同級だけど、とても可愛らしい方だわ」
「はい! 毎日癒されます!」
「レオンとはいつ知り合ったの?」
「入学式の日です! 校舎の裏庭で道に迷っている所を助けてもらいました!」
「あのレオンが初対面の女子をマトモに相手するとは想像できないわ」
「他に誰にも会わなくてすっごく不安だったので、追いすがってすっごく頼んだら案内してくれました!」
「押し勝ちしたのね。告白されたのはいつ?」
「昨日の夜です!」
とすると、両想いになって直ぐに私の所に来たわけか。
ちなみに今は六月の頭である。四月の入学式から二ヶ月経ってない。展開早いな貴様ら。
「プロポーズの言葉は?」
「俺はお前と出逢って初めて愛を知った。最早お前無しでは生きてはいけな……」
「うわあああぁ!!」
今度はレオンが叫んだ。
「何故そんなことを聞く!?」
「上級生として、特殊な事情の下級生を気にかけるのは当然の事でしょう」
「それに俺のプロポーズは関係ないだろ!?」
「小さい頃から知っている貴方の恋愛話って、何ですかこう、鳥肌が立ちますわね」
「じゃあ聞かなければいいだろう?!」
「そこは個人的な興味ですわ」
段々楽しくなってきたが、婚約者で遊んでる場合じゃない。
「つまり、お二人は愛し合っていて、なおかつ正式に結婚したいと」
「はい!」
「その為にレオンは私との婚約を破棄したいと」
「そうだ」
「ご実家にはもう話したのかしら?」
「まだだ。お前が了承してくれたら、両親と侯爵には俺から話す」
「では、まだこの事は誰にも話してませんわよね?」
「ああ」
「良しセーフ!」
「は?」
何とか最悪の事態は回避できそうだ。
二人を正面に見据えてハッキリと伝える。
「残念ですけど、婚約を破棄することは出来ませんわ」
途端に絶望的な顔をする二人。
「やっぱりアリシア様はレオン様が好きなんですか?!」
「やっぱりお前は俺が憎いんだな!? だからそんな嫌がらせを」
「馬鹿言わないで。レオンは良いわ、馬鹿だから」
「お前はどれだけ俺を馬鹿にしたいんだ」
瞬間的に正反対の結論を出す二人。残念ながらどっちも外れだ。
「言っておきますけど、私が婚約破棄したくないという意味じゃありませんのよ」
寧ろ気分的には積極的にお願いしたい。結婚は自分の思い通りにならないとは言え、夢くらいは見たい。
プライドの高い他の令嬢であれば、婚約者を奪われること自体を自分への侮辱と捉える子もいるだろうが、私はそういうことにあまり関心がない。奪われたって言ってもなあ。モノがレオンじゃなあ。もとより大して惜しくもないって言うか、寧ろ欲しいならどんどん持ってっちゃってと言うか。
「心の声がだだ漏れだぞ侯爵令嬢」
「あら失礼」
だから正直なところ、婚約者が別の女とイチャイチャしようがキャッキャウフフしようがイヤンバカ〜ンしようが私に特にダメージはない。
「し、してないぞそんな事!」
「あら! 具体的にはどんな事かしら?」
「ぐ」
「そうですよ! そういう事は結婚しなきゃしちゃいけないんですよ!」
「だから結婚したいと」
「そ、そういう問題じゃない!」
婚約者で遊んでいる場合ではないんだってば。
「仮に、私が頷いたとしても、私達の婚約を破棄することは状況的に難しいって事ですよ」
「何故だ?」
「どういうことですか?」
ルーチェ嬢は兎も角、レオンが分かっていないのは問題だと思う。
「レオン様は覚えてらっしゃいませんか? 私達の婚約がどの様に決まったのかを」