2 きっかけ
ウルフさんを倒してから家に帰りつくと、そこには珍しく我が父君があたしを待ち構えていた。普段は村のみんなに頼まれて警備だったり力仕事だったりを手伝っているのだが、何やら今日はわざわざ早く家に帰ってきたらしい。
「父様? こんなに早く帰ってきてるなんて珍しいですね」
「ああ、まあ、話があってだな」
とか何とか言いつつなんだか歯切れの悪い様子である。父様がちらりちらりと視線を向ける先にはいつも通り……いや、いつもよりかなりニコニコとした笑顔を浮かべている母様がいた。
「お帰りなさい、ユリア、リリア」
「ただいま戻りました、母様」
背中に若干の冷や汗を感じながら帰宅の挨拶をする。おっとりとした見た目からは想像できないほどの圧力を感じる。……さすがはあの元副団長の奥方である。
「あのね、今日はユリアちゃんにお話があってお父さんには早く帰って来てもらったの」
母様の言葉に視線を父様のほうへと移せば、なんだか重々しく頷く父様。
「ユリアは兄のレオンを覚えているか? たぶんリリアは小さすぎて覚えていないと思うんだが」
こくりと頷く。レオン兄様がこの家を出て王都へと学びに行ったのはあたしがまだ五歳のころ。リリアなんかまだ二歳のころだ。剣術のセンスも素晴らしく、頭も良かったレオン兄様は父様の勧めを受け入れて王都へと旅立ったらしい。あれから十二年、時々文は送ってくるが未だに王都に留まって何やら学んでいるらしい。
「まだ王都にいるんでしょ? そのレオン兄様がどうかしたんですか?」
「うん、いい加減お嫁さんを連れてきてもらうおうかと思って」
「へぇ、レオン兄様に奥さんが出来たんですか」
小さいころから別れて暮らしてきたのであまり思い出のない兄だが、家族が増えるとなればそれなりに嬉しい気持ちになる。そうか、兄様だってもうすぐ二十四になるしな。
「いえ、まだよ」
はい?
「だってレオちゃんももう二十四になるのよ! お嫁さんの一人くらい連れてきたっていいじゃない!」
ああ、そうですか。ようするに母様は兄様に一度帰ってきてもらいたいんですね。でもそれとあたしといったい何の関係が……。
「そこで、ユリアちゃんにはレオちゃんにお嫁さんを見つけてなおかつ連れ帰ってきてほしいの」
あたしは見合いの仲介か! 何が悲しくて自分の兄貴の彼女を見つけなきゃならないんだ。レオン兄様に奥さんが出来るのは嬉しい。だがそれをあたしが見つけなければいけないとなると話は別だ。
「ついでにユリアちゃんも王都でお婿さん見つけてきてね」
そっちが本命か!
「ちょっと待ってください、母様。あたしはまだ十七です。結婚するにはまだ早……」
「何言ってるの! 私が十七のときにはもうランバートさんとお付き合いしていて、十九のときにはもうレオちゃんが生まれてたのよ!」
ふん、と息巻く母様。まあ、たしかにあたしの周りの同い年たちはぽつぽつとお付き合いだの結婚だのしているけどさ。
「でもこの村には父様が言うようにあたしのお婿さんになれるような強い人なんていないです!」
「だ・か・ら! 王都に行くのです! 出発は来週ですからね!」
それだけ言うと、母様はもう言うことはないとさっさと席を立ってしまった。仕方なく父様のほうへと視線を移せばあからさまに逸らされる視線。……父よ、そこまで頼りないとは思わなかったぞ。
「ユリア姉さま? 母様はあんな風に言ってたけど、これはある意味チャンスなのではないですか? 正直この村には大事な私のユリア姉さまを任せられるような男は居ませんし、この機会に王都へと目を向けるのもいいのではないかと!」
何やら妹から重い愛の告白を受けたような気もするが、たしかにその言葉には一理ある。何も結婚相手をこの村にこだわる必要はない。父様だって王都にはもっと強い人が集まってるって前にも言ってた!
「たしかにリリアの言う通りね。分かったわ。あたし、王都に行く!」
そうと決まれば話は早い。母様は来週には出発だと言っていたし、さっさと荷物をまとめてしまわないと。
「……ふふ。王都にはどんな強者が待ってるのかしらね。楽しみだわ」
「ユリア姉さま? それはもちろんお付き合いさせていただく候補の方を楽しみにしているのですわよね……?」
王都へと想いを馳せるあたしには若干不安そうな妹の呟きなど耳に届かない。あたしはいそいそと居間を後にすると荷物の選別をするために部屋へと向かうのであった。