1 プロローグ
お久しぶりの新連載です。
今回のテーマは『力』です。よろしくお願いします。
「いいか、ユリア。弱い男を旦那になんかしちゃだめだぞ。せめて自分より強い男にしろ」
そう言って十年前、七歳のあたしに練習用の剣を握らせたのは他でもない実の父親でした。
ここまではいい。まだ親ばかで済まされるレベルだ。だがしかし話はここで終わらない。これは後々分かったことなのだがこの父親、あたしが生まれ育ったこのロクサ村で一番どころか国でも五本の指に入る実力をもっていやがった。そりゃそうだ、元王国近衛騎士団副団長様でしたもの。
それを村の人から聞いてこのまま鍛えられ続けたら婿候補がいなくなるのではないかと慌てて父親に詰め寄ってみれば、
「大丈夫、王都にはもっとこの村のやつらよりももっと強い連中が集まってきてる」
と、なんとかかんとか丸めこまれて安心したのがまずかった。
父娘共々危機感を抱く頃にはあたしは立派な女剣士になっていました。もちろん、このロクサ村では敵なしである。
ちなみに三つ年下の妹、リリアはあたしたちの稽古に危機感を覚えた母親が守り通したおかげでふんわりとした可愛らしいお嬢さんになっている。うちの妹超可愛い。
そして今のこの状況。何がどうしてこうなった。
「……あんたねぇ、腰のその剣は飾りか!」
「だって俺がやるよりユリアがやった方が確実じゃないか!」
あたしの目の前には涎を垂らしたウルフさんが三匹、対して後ろには我が愛しの妹リリアとどうでもいい幼馴染のジャン(男)である。
「……リリアに傷一つでもつけてみろ、潰してやる」
どこを、とは言わない。しかしあたしの真意はジャンが顔を真っ青にして頷いていることからちゃんと伝わっているだろう。あたしの踵落としは非常に痛い。(ジャン談)
溜め息一つ吐いて前に向き直る。期待してはいなかったがこちらの会話中も逃げ帰ることなく待っていてくれたらしい。
「さて、と。お相手願いますか」
あたしが構え直したのは一般的なものよりやや細身のショートソード。あたしの成長途中かつ女性の筋肉でも片手で扱えるように作られた特別製である。まあ、いくら女性用に軽く作ってあると言ってもリリアとか普通の女の子には持ち上げるのも厳しいと思うけどね!
あたしの気配が変ったことに気がついたのか、じりじりと間合いを詰め始めるウルフさん。あたしが一度瞬きをした刹那、三匹が一斉に飛びかかってくる。さすが狩猟を生業とする種族というべきか、この辺りのコンビネーションはばっちりだ。
なんてことを考えつつあたしは無意識のうちに最も効率の良い剣筋を脳内でシミュレーション、確定と同時にそこを寸分も違えずなぞるように剣を滑らせる。
なめらかな線を描き終えた剣は一瞬ピタリと動きを止め、ひゅんと振られてから元の鞘へと収まる。そのカチン、という音に止まっていたかのような時が動き出す。
「……あー、まー、なんというか、相変わらずすげえな、ユリア」
ぴくりとも動かないウルフさんたちを横目にジャンの一言。
「さすがは副団長の娘、でしょ」
ふふん、と得意げに鼻を鳴らせば呆れたように溜め息を吐くジャン。
「もう、ジャン! 本来なら私たちを守るのはジャンの役目でしょ!」
それなのに溜め息つくなんて、とジャンに詰め寄る我が愛しの妹君。
「やっぱり男なんて頼りになりませんわ。ユリア姉さま、リリアは一生姉さまについていきます!」
「いや、嬉しいけどね、可愛いけどね、それはやめておこうか」
ええー、と頬膨らませる妹。いくら可愛くてもそれはダメだろう。可愛い妹に道を踏み間違えさせるわけにはいかない。
「さてと、家に帰るわよ。母様が首長くして待ってるわ」
少し村から離れれば魔物に襲われる。そしてそれを撃退するのはお供の男たちではなくあたしの役目。まあ、あたしが男たちより強いんだから仕方ないっちゃ仕方ないんだけど。
それがあたし、ユリア・ノーマンの日常だったりする。