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俗説シリーズ 「狐の嫁入り」

作者: 西崎 彦

狐の嫁入り



「なあ!どうして晴れた日の雨を狐の嫁入りって言うんだろうな?」

 学校からの下校時、恭一きょういち優芽香ゆめかは小雨の中、晴れた空を見ながら肩を並べて歩いていた時に、恭一が何かを思い出すように言った。

「私、誰かにその由来を聞いたことがある。確か・・・ 天気雨のときには狐の嫁入りがあるという俗信に由来していて、「狐の祝言」とも呼ばれたんじゃなかったかな?」

「それはどうしてって言う答えになっていないような気がするけど」

「・・・そうだね。誰が最初に狐の嫁入りって言葉を使ったのかしらね?」

「江戸時代の葛飾北斎の絵にもそんな絵があったと言うことはそれ以前に誰かが言ったんだろうな」

 江戸時代の浮世絵師・葛飾北斎による『狐の嫁入図』ではこの俗信に基き、狐の嫁入り行列と、突然の天気雨に驚いて農作物を取り込む人々の様子が描かれている。

一般には夜の山中や川原などで、無数の狐火が一列に連なって提灯行列のように見えることをいい、狐が婚礼のために提灯を灯しているといって「狐の嫁入り」と呼んだ。

 そんなことを知るよしもない二人は考えても無駄だと思ったのか、その話題はそこで終わってしまった。

 しばらく歩くと、T字路に差し掛かり、この道を左の曲がると恭一の家、右に曲がると優芽香の家になるのだが、ちょうどそのT字路の真ん中当たりに、小さな生き物が横たわっていた。二人は恐る恐るその物体に近づき、立ったまま上から覗き込むように見た。

 その小さな生き物は、全長一〇センチ程しかなく、見た感じは尖った顔に大きな耳そして膨らんだ尻尾。俗に言う狐のようにも見えたが、ここの地域柄狐と言うことはあり得なかった。

「まだ生きてるみたいだな?」

「このままにしておくのもかわいそうだから、何とかしてあげたいね」

 恭一はその生き物を手の平にすくうように優しく乗せた。まだ温かく小さな鼓動が手の平に伝わってきた。

「別に何処か怪我をしているようでもいないし、どうしたんだろうな?」

 そう言いながら近くにあった小さな水たまりにいき、その生き物を右の手の平で受け、左手で水たまりの水をすくい上げ小さな口元に垂らすように落としてやると、それは細長い下をペロペロと出し、懸命に水を飲もうとしている。その姿を見た恭一は今度はその水たまりに顔を近づけてやった。するとその生き物は光二の手から滑るように降りると猛烈な勢いで水を飲み始めた。一頻り飲み終えると頭を上げ恭一と優芽香の顔を見たかと思うと草むらの方へよたよたしながら隠れてしまった。

「取りあえず動けるみたいだけど大丈夫かな?」

 その狐に似た生き物が歩いていった方を見ながら心配そうに呟いた。その先に小さな怪火を見たような気がしたが気のせいだと思ったのか、二人は各々の家路についた。




 その夜午後十時。恭一がパソコンの前で何気なく狐の嫁入りについて調べていた。その記事には、江戸時代の随筆『古今妖談集』に実際に嫁入りに遭ったという話があり、寛保5年(1745年)に、本所竹町の渡し場に現れた男が、自分の仕える主人の家で婚礼があるために渡し船を多数寄せるよう依頼し、渡し場の亭主に祝儀として金子一両を渡した。亭主が喜んで多くの船を準備して待っていると、立派な嫁入り行列がやって来たので、亭主は丁重に一行を送り届けた。しかし翌朝には、祝儀の金はおろか、渡し賃まですべての金が木の葉に変わっていた。人々は葛西金町(現・東京都葛飾区)の半田稲荷から浅草の安左衛門稲荷への婚礼があったと噂したということが書かれていた。

 恭一は食い入るように画面を見ていたとき、携帯電話がバイブの震動と共に鳴った。ふと我に返るように携帯を取る、優芽香からだった。

「ねえ!今から出てこられる?」

 少し沈みがちな声だ。

「どうしたんだこんな時間に?それに少し元気ないみたいだけど」

 返事が返ってくるまでに少しの時間があった。

「叔父さんが。恭一もよく知ってる孝明叔父さんが、突然倒れてさっきまで病院に行ってたんだけど」

「容体が悪いのか?」

「今は落ち着いてるみたい。先生も疲労による一時的なものだと言ってるから大丈夫だと思う」

 優芽香の叔父に当たる孝明さんはまだ四十五才で個人で木工細工屋を営んでいる。恭一も手先を使うことが好きなのでよく作り方を教えてもらったり、材料を分けてもらったりお世話になっている。気さくでとてもいい人だ。

「今家に帰ってるんだけど、何だか急に恭一に会いたくなって・・・・。どうしたんだろう私」

 電話越しに涙ぐんでいるのが判った。

「今から行くから、あそこのT字路で待ち合わせしよう」

 恭一は電話を切ると、両親に事情を説明して家を出た。T字路まで走っていくと十分程で着く。恭一が息を切らしてその場所に着いた時、既に優芽香は来ていた。

「孝明さん、どんな状態?」

 呼吸を整えながら、俯き加減に立っていた優芽香に近づきながら声を掛けた。優芽香は恭一の姿を確認すると、飛びつくように恭一の胸に顔を埋めると、嗚咽を漏らしながら泣いた。

 恭一は為す術もなく、優芽香の身体を受け止めていたが、しばらくすると落ち着いてきたのか、優芽香は恭一からゆっくりと離れて行った。

「少しは落ち着いた?」

 優しく声を掛け、優芽香の顔を見る。優芽香は大きく深呼吸して、

「もう大丈夫」

 はにかんだような笑顔を見せた。

 その時二人の周りがぼんやりと明るくなってきた。何事かと草むらの方に目を向ける。何か小さな明かりが横一列に無数に並んでいる。大きさは三センチ程度だろうか、その明かりは少しずつ移動しているように見えた。まるで明かりを灯した蟻の行列のようだった。

「なっ!何だ?」

 その恭一の声に明かりが一瞬止まった。しかし再び動き出す。優芽香が恭一の腕にしがみつくように密着してきた。二人はその奇妙な光景から目を離すことが出来ない。その明かりの行列は少しずつ光度を増していき、うっすらと全体像が見えてきた。

 小さな何かが灯籠のようなものを持って移動しているように見える。しかしはっきりとは見えなかった。

 突然明かりの行列が消えた。二人は突然の出来事に周りをキョロキョロ見回し、お互いの顔を見合わせると、

「今の、何だったの?」

 優芽香が恭一から腕を離しながら言った。その時優芽香の携帯電話が小さなメロディー音を奏で、少し驚いたように電話を取り出し耳にあてた。

「えっ!叔父さんが!うんわかったすぐ帰る」

 雰囲気からすると良くない内容のようだ。

「叔父さんの心臓が止まったんだって。私行かなくっちゃ」

 優芽香はそう言うと、自宅の方に走っていった。恭一は気にはなったもののどうすることも出来ず、仕方なしに自宅に帰ろうとしたとき、再び明かりの行列が点灯した。今度は先程とは逆の方向に動いている。そしてその光と光の間に、奇妙な影が映った。その影は下校時に助けた狐のような生き物の影にも見えた。


 翌日の朝、優芽香は何事もなかったかのように登校してきた。後で話を聞いてみたところ。昨晩叔父は急変して心肺停止状態になり、医師達が懸命に甦生を試みたにもかかわらずどうにもならならず。優芽香が病院に駆けつけたときには既に臨終状態だったらしい。

 医師が臨終時間を告げ部屋から引き上げようとしたとき、叔父の指が何かを掴むように動き出し、医師も慌てて再度甦生行為を行ったところ心臓が動き出し脈拍、血圧共に正常になったそうだ。医師達もこんなケースは珍しいと言っていたらしい。

「昨日見たのは狐の嫁入りだったのかしら?」

 ここ徳島県では狐の嫁入りのことをを嫁入りではなく狐の葬式とし、死者の出る予兆としている。

 昨夜怪火が逆に動いたとき、魂を引き戻したのだろうか。きっとあの時助けた狐のような生き物が、叔父さんを助けてくれたに違いない。





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